58.

「とりあえず、内容を決めようか。野中さんは誰の担当のものでも良いからって言ってたね。藤代ふじしろさん、どれが良い?」

「どれがって……うーん……」


 昼礼を終え、再びネジセットラインで双葉ふたばさんと合流した。報告内容を決めるためにぐるぐるとラインの中を二人で歩き回っている。

 誰の担当のものでも良い。そうは言うけど、やっぱり自分が手を加えたもののほうが喋りやすい。だから私たち二人のどちらかが担当のものから選ぼうとしている。


「巻尺の点検期限とか、作業台の養生は報告するほどじゃないから別の内容のほうが良いよね……」

「そうだね、もっと報告会で話せる内容を選ばないと。ペン置き場はどう?」

「でも、それって双葉さんの担当だけど……良いの?」

「良いよ。ほとんど藤代さんがやってくれたしね。私は……昨日、是正したやつにしようかな。業務中断カード作ったじゃん? あれは品質保証的になかなか良いと思うから」



 昨日のギクシャクとした空気の中、私たちは全作業者分の業務中断カードを作った。文字通り、作業を中断する時に付けるカードだ。

 作業途中で商品から離れると、戻ってた時にどこまで作業していたか忘れがちだ。

 トイレに行って戻ってきたら……あれ、さっきまで何してたっけ? ものすごく、ありがちだ。

 そういう時は無し間違いが起こりやすい。

 トイレに行く前にネジを袋に入れたと思って作業を続けたらネジが入っていなかった。もちろん不具合だし、大問題だ。会社の信用に関わる。不具合が原因で経営が傾くことだってありえる。



 実はこの業務中断カードを思いついたのは双葉さんだ。

 チームで集まり課題を共有した時、休憩明けに作業を忘れがちという問題点が上がった。

 どういう方向性で是正しようかみんなで話し合い、双葉さんがカードを作ることを提案したのだ。

 さっきまで作業をしていたところにカードを挟む。そうすれば次に再開する時はここからだ、と一目で分かる。


「本を読んでる時の栞的な」


 もちろんその提案を聞いて野中さんや黒部さんは賛同した。私も画期的だと思った。

 どういうデザインが良いか、どんなサイズが良いか。四人で念入りに話し合い、カードの基準を決めた。

 小さすぎず、大きすぎず。中断中と書かれた文字は目立つように赤色で。カードには洗濯ハサミを付けて、作業途中の場所に挟み込めるように。

 確かにこの是正は報告向きだ。語るべきことがたくさんあるし、何より私たちの想いがこもっている。




「じゃあ、内容はそれでいこう。次に報告の仕方なんだけど、藤代さんってどこかで報告したことある?」

「ない。全くない……」

「そっかそっか。じゃあ私、本番みたいに一度喋ってみようか?」

「良いの?」

「良いよ。もちろん後で藤代さんもやるんだけどね?」

「う。分かった……」



 実際に作った中断カードを手に双葉さんは報告のリハーサルを始めた。


「品質保証課、双葉です。よろしくお願いします!」

「……! よろしく、お願いします」


 急に大きな声をだすからびっくりした。はきはきとしていて聞き取りやすい声。どうやら報告は自己紹介から始まるらしい。


「品質向上に向けた改善事例としまして、業務中断カードを作りました。これから現場にて報告させて頂きます!」


 カードを持ったまま作業台の前へ。ちょうど作業者は不在で商品と中断カードだけが置かれていた。


「このように現場作業では途中で持ち場を離れることが多々あります。トイレに行ったり、他の人に呼ばれたり。そういった際に無し間違いが起こりやすくなります。そこで……」


 双葉さんは、作業者が持ち場を離れる時に挟んでおいた中断カードを指差した。


「このように業務中断カードを挟みます。こうすることで戻ってきた時に次はどこから作業するのか一目で分かり、無し間違いが減ります」


 双葉さんが話している最中、作業者が戻ってきた。私たちを見て怪訝な表情を浮かべたが、明日の報告会の練習だと説明すると納得して作業に戻って行った。



「……んん。続き、話すね」


 咳ばらいを一つ。気持ちを切り替え、双葉さんは報告の続きを話し出す。


「えっと。この中断カードを使うことで無し間違いが減ります。そして誰が見ても作業途中であることが分かるので誤って出荷することもなくなります」


 実際、その不具合は起きたことがある。

 他の人が中断していたネジセットを、梱包者がもう完成していると思って出荷する。もちろん作業途中だからネジは足りない。立派な無し間違いだ。


「以上二点の品質向上効果が見込めます。展開状況とましては、このネジセットラインの作業者、全員分のカードを作成済です。試しに使ってもらって問題なければ、今後は他のラインにも展開していきたいと思います。以上で報告を終わります!」


 ぱちぱち、と私は無意識に手を叩いていた。

 噛むことも詰まることもなく、双葉さんはスラスラと報告した。やっぱり慣れてるなと思う。


「っと、こんな感じかな。本当は作業者からの声がこういうの上がってますってのも入れたほうが良いから、後で聞きに行こうね」

「あ、野中さんが言ってたやつだね」

「そうそう。今日生産してみてどうでしたかって後で聞いて回ろう?」


 双葉さんは手に持っていた中断カードを仕舞い、作業台から私が作ったペン立てを持ってきた。


「はい。次は藤代さんの番ね」

「うー……。噛んでも詰まっても笑わない?」

「ないない。今は私しかいないんだし、気軽に話してよ。……明日はド緊張の中で報告することになるだろうけど」

「双葉さんは報告上手だし、余裕だろうけど……私は……」

「私だって噛むし、詰まるよ。たまに自分が何喋ってるか分かんない時もあるし。さすがに偉い人を前にしたら緊張するよ……」

「私も緊張する……」

「だから今のうちに練習しよ? 練習なんだから失敗しても大丈夫だよ。絶対笑わないし」

「……分かった」


 双葉さんからペン立てを受け取る。今日の午前中に双葉さんと一緒に作ったペン立て。これがあれば物を無くさないし、商品に混入することもない。中断カードに負けないくらい画期的な是正をしたと思っている。

 あとはそれを口にするだけ。

 私たちのこだわり、想い。それを報告会で伝えるだけだ。



「製造課、藤代です。よろしくお願いします——」

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