56.

「……明後日、ですか?」

「どうかな? やっぱ急だし、予定埋まっちゃってる?」


 歯切れの悪い私を見て、野中さんは眉尻を下げた。


「いえ、予定はないんですけど。あまり大人数の飲み会が得意じゃなくて……」

「ああ、それなら心配しないで。俺ら四人だけだから。課内の飲み会もその内あるだろうけど……まあ、自由参加だし。嫌だったら断ってくれて良いから」


 四人だけと聞いて思わず安堵のため息をついた。何十人もいる飲み会は苦手だけど、この改善チームのメンバーだけなら……。


「どうかな?」


 もう一度、野中さんは私に問いかける。多井田おいださんも松野まつのさんも静かに私の返事を待つ。


「飲み会、行かせていただきます」

「そっか。良かった。じゃあ、時間と場所はあとでメール流すから。遅刻厳禁な! 特に多井田!」

「定時ダッシュするから大丈夫ですよ!」


 名指しで言われた多井田さんは怒るというより嬉しそうに野中さんに食って掛かっている。やっぱり仲良いな。




「ん? 藤代ふじしろさん、その工具箱って俺の?」

「あ、ごめんなさい。勝手に借りちゃいました……」

「野中さんいなかったんで、俺が開けて貸しときました」

「借りるのは構わないんだけど、是正で使うの? それ」

「品質実践の課題ではないんですけど、作業台がグラついて危なかったので直そうかなって。だめ、ですか……?」


 実践研究とは何も関係ない、私の勝手な改善。そのために時間を割くことを野中さんは許してくれるだろうか……。



「おー、いいじゃん! 改善チームらしい!」

「……え?」

「実践に関係なくても見つけたらすぐ改善する。藤代さん、偉い! お前ら二人も見習えよな! これでこそ改善チームってもんよ」


 私の心配を吹き飛ばすくらい、野中さんは絶賛した。多井田さんも松野さんも感嘆の声をもらす。


「ちょうど俺も手が空いてきたし、手伝うわ。ネジセットラインの作業台?」

「は、はい。杉山さんの作業台です」

「なら俺も。ついでに他の作業台も同じようにグラついてないか点検したほうが良さそう。多井田さんも来るっすよね?」

「え、資料が……」

「当然、多井田も来るよなぁ?」


 松野さんと野中さんに圧を掛けられ、しぶしぶ多井田さんは立ちあがった。資料が、とぼやいていたがパソコンの画面を見るとほとんど完成しているように見える。やっぱり仕事早いなぁ……。



「それじゃあ、ライン行こうか!」


 四人でネジセットラインへと向かう。

 もしかして、改善チーム全員で同じ仕事をするのは初めてじゃないだろうか。品質実践研究ではチームが分かれていたから。

 これはあくまでも私の個人的な改善。それでも三人は手伝ってくれると言った。それがすごく嬉しいし、心強い。


天板てんばんと脚の固定をすれば良いんだっけ?」

「ついでに高さも調整したいです。ちょっとあの作業台は杉山さんには低すぎて腰を痛めそうだったので。アジャスターをいじれば出来ると思うんですけど、どうですか?」

「オッケーオッケー。そのくらい楽勝だよ」



 騒がしい四人が近づくと、ネジセットラインの作業者たちは不思議そうな顔でこちらを振り向く。


「どうも、改善チームです! これから作業台のグラつきを直すので、同じように直して欲しいところがあったら遠慮なく声をかけてください。他にも危ないところ、やりにくいところがあれば何でも言ってください」


 野中さんに続き、ラインの中へ足を踏み入れる。最初はきょとんとしていた作業者たちだったが、私たちが作業し始めたところを見て自分の作業台周りを見渡し始めた。


「あの、ここも良いですか!」

「すみません、こっちも」

「俺の作業台も!」


 当然、誰にでもやりにくい作業はある。この作業台も設備も、そもそもこの生産の仕組みすら完璧じゃないんだから。

 だから私たちは改善する。

 少しずつみんなが仕事しやすい環境に近づくために。一歩ずつ、地道に。改善を進めるのだ。

 この工場に入社した時、改善活動について講義を受けたことがある。その時、教壇に立っていた講師は講義の最後にこう語った。

 改善に終わりはない、と。



「順番に回るんで待っててくださいね! さ、藤代さん。改善を始めよう」

「はい。まずは杉山さんの作業台から。そのあとは端から順にいきましょう——」

 

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