55.
私の提案に杉山さんは嬉しそうに頷いた。そんな顔をされると、早く改善しようと前向きな気持ちになれる。
走らず、あくまで早歩きで事務所へ戻る。工具箱を野中さんに借りるためだ。
事務所の扉を開け、ハッと気づく。
……なんてタイミングの悪さ。
打ち合わせの真っ最中のようで、野中さんは離席していた。机の上には”打ち合わせルーム”と野中さんの居場所が書かれたプレートが置かれている。
「
私が誰もいない野中さんの席を見つめているのを見かねて、
「工具を借りに来たんですけど、野中さんって打ち合わせ中ですか?」
「隣の部屋で打ち合わせしてるよ。工具だったら野中さんの机の引き出しに入ってるから持ってって良いよ」
「勝手に開けて大丈夫でしょうか……?」
「良いよ。俺が開けて藤代さんに渡したって言っとくから好きなの持ってきなー」
「ありがとうございます」
おそるおそる野中さんの引き出しを開けた。お目当ての工具箱はすぐに見つかり、急いで引き出しを閉める。
その様子が可笑しかったのか、多井田さんはくすりと笑う。
「野中さんは引き出し開けたくらいで怒らないから大丈夫だよ。なんならあの人、いつも俺の引き出し開けて勝手にお菓子持ってくし」
「そうなんですか?」
「甘いもんが好きだから、チョコレートとか入れとくとすぐに食べられる。あ、藤代さんも食べたいのあったら好きに持ってって良いからね」
ほら、と多井田さんは自分の引き出しを開ける。
チョコレート、マシュマロ、クッキー、煎餅、のど飴……シフォンケーキ? パーティーでも開かれるのかと錯覚するほど、たくさんのお菓子が所狭しと並んでいた。
むしろ仕事の道具は一つも入ってないくらいだ。
「ちゃんと一段目と二段目は仕事関係の物だよ? ほら」
私の心が読めたのか、多井田さんは一段目と二段目の引き出しも見せてくれた。
確かに引き出しの中には書類や文房具など仕事で使う道具ばかりが敷き詰められている。
「やっぱ集中してると疲れちゃうからお菓子が必要なわけよ。藤代さんも俺の引き出しのお菓子は自由に食べて良いから。順次買い足すし」
「え。いえ、それは……」
「良いって良いって。こいつ、いつも業務用スーパーで大量買いして食べきれずに会社に持ち込んでるから」
「そうそう……って、それは俺が言うセリフですよ」
後ろの扉が開き、野中さんが戻ってきた。打ち合わせは終わったみたいだ。一緒に打ち合わせに参加していたのか、野中さんの背後には
「多井田さんはいつも一気にお菓子を買いすぎなんすよ。一人暮らしなんだからもっと賞味期限考えて買わないと」
「しょうがねぇよ、まとめ買いしかしないんだから。あ。松野の嫁、シフォンケーキ好きだったよな、持ってくか?」
「あざっす!」
「じゃあ俺、チョコな」
「…………ふふ」
微塵の遠慮も無く二人はごっそりとお菓子を貰っていく。その光景を見ていたらなんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。
「藤代さんが笑ってる……!」
松野さんが驚いたように私を見る。……そんなに珍しいのかな、私が笑うところ。
「藤代さんはこの中に好きなお菓子ある?」
「えっと、チョコレート……」
「持ってって!」
「ありがとう、ございます」
両手から零れ落ちるほどのチョコレートを受け取り、なんとかお礼を言う。貰ったのは私なのに、多井田さんのほうが嬉しそうだ。
「おー、藤代さんはチョコが好きなんだ。なら、ちょうど良いな。出張のお土産にチョコ系のお菓子買ってきたから。昼礼でみんなに配るわ」
「あれ、俺の和菓子は?」
「俺のしょっぱい系のお菓子は?」
「レディーファーストだっつーの」
「……ふふ」
息の合った会話の流れにまた笑ってしまった。
いつも思うけど、三人は本当に仲が良い。
野中さんと松野さんなんてひとまわりも歳が離れているのに。それを感じさせないくらい親しげに話している。
「……ずっと思ってたんですけど、改善チームってみんな仲が良いんですね。去年新設されたチームなのに。チームで一緒になる前から仲良かったんですか?」
だから聞いてみたくなった。なんでこんなに仲が良くて、チーム内の風通しが良いのか。
「いや? 俺は野中さんも多井田さんも話したことなかったよ。同じ課だし、名前は知ってたけど」
「俺は野中さんとは面識あったかな。品証時代に何度か打ち合わせしたことあったし」
「じゃあ、なんで……」
「そりゃあ、もちろん……なぁ?」
首を傾げる私を見て、三人は笑う。もちろんと言われてピンと来ていないは私だけらしい。
「もちろん……なんですか?」
野中さんはなかなか続きを言わない。気になった私は続きを急かす。
「飲み会さ!」
「飲み会?」
飲みにケーションというヤツだろうか。野中さんはジョッキを傾ける仕草をしながら笑っている。
「今週の金曜日、藤代さんの歓迎会をやりたいと思ってるんだけど。予定空いてる?」
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