54.

 ちょうどさっき作ったペン立ての写真を撮ろうとして、ふと気づいた。


「ねえ、これって是正ぜせい前の写真と同じ構図のほうが良いよね? 資料にする時に比べやすいし」

「確かに……。黒部くろべさんが撮ってたよね、是正前の写真。どこか共有フォルダにでも入れてあるのかな。ちょっとパソコン取ってくる」


 そう言って双葉ふたばさんは足取り軽く管理棟へと歩いて行った。


「……」


 是正前の写真を見ていない以上、後の写真は撮れないし、手持無沙汰になってしまった。きっと双葉さんが管理棟に行って帰ってくるには五分程度かかる。うん、どうしようかな……。

 このままラインの中で立ち竦んでいるのも邪魔になると思い、一旦ラインの外に出ようと——。


「……あの、すみません。ちょっと良いですか?」


 ネジセットラインの…………杉山さんに声をかけられた。私が名札を凝視していたのが分かったのか、少し恥ずかしそうな表情を浮かべている。


「えっと、なんでしょうか。杉山さん」

「今ってこのラインの改善をしてるんですよね? 僕の工程で直して欲しいところがあって……」


 話すより見たほうが早い。そう判断した私は杉山さんの工程へと案内してもらった。

 彼の担当の工程はネジを必要数ピッキングする、言わば第一工程だった。

 彼だけじゃなく、何人かの作業者が同じ作業をしているみたいだ。管理板を見ると日当たりの生産量がかなり多い。人海戦術というヤツだろう。


「これなんですけど……」

「これは……」


 杉山さんたちの作業台はアルミフレームで組み立てられた、内作された作業台だった。天板と脚の繋ぎが甘く、手前のボルトが緩んでいる。


「奥もボルトが……」


 言われて奥の脚を見てみると、天板を固定しているはずのボルトが外れ、グラグラと今にも倒れそうになっていた。


「作業台に少しでも体重をかけると倒れそうになるんです。なんとか出来ませんか……?」

「えっと、たぶん大丈夫だと——」

藤代ふじしろさん! 是正前の写真見つけたよ!」


 もう五分経ったのか、双葉さんが戻ってきた。肩を上下させているから、かなり急ぎ足で戻ってきてくれたのかもしれない。


「あ、ごめん、お話し中?」

「えっと……」

「す、すみません。……僕、作業に戻ります」


 忙しそうと思ったのか、慌ただしく杉山さんは戻って行った。


「何か頼まれごと?」

「うん、作業台なんだけど……」


 脚と天板を固定するボルトが緩んでいて危ないと双葉さんに説明した。私としてはすぐに直したい、と。


「うん、直すのは良いと思う……。でも、これは品質の課題じゃないから自主研究のネタにはならないね」

「あ、そうか……」


 私たちが明日報告するのはあくまで品質向上について。さっき杉山さんに頼まれたのは品質じゃない、安全面での話だ。

 確かに自主研究では報告できない、何にもならない改善だ。

 でも。それでも私は…………何とかしたいと思う。


「そんなに時間かからないし、やっぱり不安全な状態で作業するのは良くないから。すぐ直そうと思う。だから悪いんだけど、写真を双葉さんにお願いしても良い? こっちも午前中にやらなきゃいけないのは分かるんだけど、やっぱり不安全状態は放っておけない」


 納期が迫っているのは分かっている。それに野中さんに写真を頼まれたのは私だ。双葉さんじゃない。

 それを分かった上で私は杉山さんのお願いを優先したい……!


「良いよ、写真撮るだけだし。お昼休憩までに撮り終われば良いよね? 終わったらパソコンに取り込んでみんなに送るね」

「ありがとう、双葉さん……!」


 ずっと握りしめていたカメラを手渡し、もう一度杉山さんのいる作業台へと向かう。


「杉山さん。さっきの作業台の話、これから直そうと思います」

「え……でも……良いんですか? 忙しいんだったら、後でも——」

「やっぱり不安全状態なまま仕事するのは良くないし、杉山さんが怪我したら大変だから。あっちの仕事は双葉さんが手伝ってくれるので大丈夫です」

「それなら……お願いします」


 杉山さんが不安そうに私の表情を窺っていたから、全く問題ないと強く伝えた。遠慮して要望を言えないのは良くない。改善してほしいことがあるのなら、なるべく叶えてあげたいから。



 ……私が裏板ラインで作業をしていた時、要望は班長に出していたけどなかなか改善されなかった。

 良いよ、俺がやるよ。そういう言葉は何度も聞いたが、待っても待っても私の作業は改善されなかった。

 きっと忙しかったんだと思う。班長ともなればラインの生産管理、課内の打ち合わせ。一社員いちしゃいんである私が知らないところでたくさんの仕事をこなしていたんだろう。それに文句を言うつもりは無い。

 だけど、やっぱり。要望を出して何もしてくれないのは寂しい。

 だから私は何か頼まれごとをされたら、全部聞いてあげたいと思うのだ。

 そこに内容の大きい、小さいは関係ない。安全だろうと、品質だろうと、何か問題が生じているのなら何とかしてあげたい。



「じゃあ今から道具取ってきますね。杉山さんの周りで作業するので邪魔になっていたら遠慮なく言ってください」

「分かりました。ありがとうございます。……僕はこのまま作業していて良いんですよね?」

「はい、良いですよ」



 道具を取りに行くために杉山さんに背を向けた。……でも、さっきから気になっていたことを確かめたくてもう一度振り返る。



「…………」



 身体を曲げ、猫背になりながら杉山さんは作業している。最初に作業台を見た時からずっと思っていたけど、この作業台は杉山さんの身長に合っていない。このまま作業をしていたらいつか腰を痛める。

 それが見えてしまったから、私は見過ごせなかった。




「……あの。もう一つ直したいところがあって。杉山さんの背丈に作業台の高さを合わせようと思うんですけど、やっても良いですか?」

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