48.
「
「何とか終わったよ。緊張した……」
「
「そうなんだ。本当に一日かけて、なんだね」
「ね。ちゃんといろんな人から意見とかコメントとか吸い上げてくれるって。会社に寄り添ったパンフレットを作ってくれるから、かなり評判良いみたい」
ベンチに座って水筒を傾けていると
「双葉さんって水色が好きなの?」
「え。ああ、これ? これはお互いの好きな色を使ってるの。私は若葉ちゃんが好きな色を。若葉ちゃんは私が好きな色を。きっと今頃、これと色違いの、黄色の水筒を使ってると思うよ」
「好きな色を交換……? 何のために?」
「えっと……」
双葉さんは恥ずかしそうに、歯切れの悪い声で答えた。
「こうしてお互いの好きな色を持ち歩いてたら、いつも一緒にいるみたいで良いなって……」
「……」
「言わなくても分かるよ……バカップルって言いたいんでしょ……」
「違う違う、微笑ましいなって思っただけ」
「本当にー? めっちゃ笑い堪えてない?」
「ないない。ないから怒らないで。あ、そうだ。これ良かったら……」
すっかり不貞腐れてしまった双葉さんに謝りつつ、持ってきたお菓子を手渡す。
どこにでも売っているお菓子だが、私はかなり気に入っている。細長い楕円形の煎餅に甘じょっぱい粉がかかっていて美味しい。
「ありがとう。後で食べるね」
水色のバッグに仕舞いこむと、再びお弁当を食べ進める。
「双葉さんはお弁当派なんだね。毎日作ってるの?」
「毎日作ってるよぉ。早起きしなきゃだから結構大変。見て、今日の卵焼きはだし巻きなんだよ。結構上手に出来たつもり。一口、食べない?」
「いいの?」
「煎餅貰ったからお返し」
……昨日のお礼のつもりで渡したんだけどな。これを言うとお礼合戦が始まりそうだから、黙って卵焼きを貰った。美味しい。
「美味しいよ。料理上手なんだ」
「何度も練習したからね。好きな人の好きな食べ物は真っ先に練習したいじゃん?」
「そうなの?」
「胃袋を掴むというか、何というか……。って、私たちのことは良いんだよ、高校の時の話をしようよ」
「そうだね。ずっとその話を聞きたかった」
ようやく本題に入る。昨日聞けなかった、私たちの高校時代の話。心なしか双葉さんの声は震えていた。
「確かに私と双葉さんは同じ茶華道部だったけど、喋ったことあったっけ?」
「喋ったことは……ないかも」
それは変だ。喋ったこともないのに私のことをよく知っているなんて。
それに私が高校を卒業してから、もう五年も経っている。その五年間ずっと私のことを覚えてくれていたなんておかしな話だ。
特段、目立つ生徒ではなかった。
スカート丈だって規定通りだったし、校則違反もしたことがなかった。素行が悪いわけでも、成績が良いわけでもない。ごく普通の生徒だった。
そんな私をなんで双葉さんは覚えていたんだろう。
「私ね、女の子ウケが悪いんだ」
「……え?」
「女に嫌われる女っているでしょ? それが私」
「……」
……一体、何の話をしているんだろう。
双葉さんへ視線を向けたものの、返事はない。
「あの、これって何の——」
「覚えて、ない?」
「……何を?」
「私がいつも茶華道部の先輩から嫌がらせを受けていたの、覚えてない……?」
「……ッ!」
思い、出した……!
同級生が話していたのを聞いた。自分の好きな人があの子に告白しただの、男子からモテて調子に乗っているだの。本当にくだらない、子供じみた嫉妬だった。
聞きたくない話だったから耳を塞いでいたけど、耐え切れなくて結局注意したんだっけ……。
でもそれは双葉さんがいないところで起きた話だ。もちろん当時の私はこのことを双葉さんに話していない。なのに、なんで注意したのが私だって知っているんだろう……。
「……やっぱり、覚えてなかった?」
双葉さんは今にも泣きだしそうな痛々しい表情を浮かべる。
「ごめん。今、思い出した。確かに一年生の子に嫌がらせをしていた同級生がいた。あの一年生は双葉さんだったのか……。ごめん……ごめんね」
「ううん、謝らないで。悪いのは嫌がらせをしてきたあの先輩たちで、藤代先輩じゃない。それに、藤代先輩は助けてくれた。先輩たちを止めてくれた……!」
瞳に涙を浮かべ、双葉さんは感情的に吠える。
「私は別に……」
「私、知ってるんだよ……藤代先輩が嫌がらせをする先輩たちを注意して、そのまま退部したって……! ずっとお礼を言いたかった。藤代先輩のおかげでちゃんと部活に行けるようになったよって、ずっと言いたかった……!」
「……部活に行けるようになったのは双葉さんの、自分自身の頑張りだよ。私は関係ないよ」
「またそうやって……! なんで藤代先輩は自分を蔑ろにするの! そんなんだから、先輩は……うう……」
「……」
溢れる涙を何度も拭う。何度も何度も。そんなに袖で拭ったら赤くなっちゃうのに。
双葉さんってこんなに感情的になる人だったんだ……。
「これ使って」
「……ありがとう」
ハンカチを手渡すと、双葉さんは申し訳なさそうに目に押し当てた。
ここが家だったら濡れタオルを用意できたのに。乾いたハンカチで申し訳ない。
「……先輩がいなくなってから、私は嫌がらせを受けることはなくなった」
「良かったね」
「……良くない、よ。何も良くない……! 嫌がらせの標的が私から先輩に移っただけで何も解決していなかった……! それに気づかず私は……ううう……」
「……私は大丈夫だよ。茶華道部もそんなに興味があったわけじゃなかったし。どうせあの後は引退するだけだった。だから、大丈夫」
双葉さんが泣いている。あの時の後悔を引きずって。もう五年も前のことなのに。
……そんなこと、気にしなくて良いのに。私はあんなの、どうってことなかったのに。
悪口を言われても、胸倉を掴まれても。そんなのどうってことなかった。
卒業すれば縁が切れる、その程度のどうでもいい人に何をされても心が痛まなかったから。
だから双葉さんが気に病む必要なんて、ない。
「ずっと……ずっと、お礼を言いたくて。でも恨まれてるかもしれないって思ったら怖くて。だから今日は朝から緊張してたんだよ。高校の時の話をしなきゃ、ちゃんと藤代先輩と向き合わなきゃって……」
「そっか……。安心して、恨んでないよ。今の今まで忘れてたくらいだから」
「なんで先輩はそんなに——」
「興味が無いから、かな」
恐怖。恐ろしいものを、理解の出来ないものを見るかのような目。呆然と双葉さんは私を見つめた。
「他人にも、自分にも。興味が無かったから」
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