47.

「もうちょっとしたらお昼かぁ。早かったねー」

「そうですね……」


 結論から言うとかえでさんは仕事が出来る人だった。効率的、と言ったほうが良いのかもしれない。

 十時の休憩明けからお昼休憩まで二時間弱。正直、三つもラインを回るのは時間が押すんじゃないかと思っていたから驚いた。まさかチャイムが終わる前に全て終わってしまうとは思わなかった。


「……やっぱり仕事早いですね、楓さんは」

「手も早いし仕事も早いからね、私は」


 たまに楓さんは笑えないことを言うから返事に困る。そんな胸を張られても、なんて返したら良いのか分からないよ。


「あ、チャイム鳴ったね」


 上手く言い返すことも出来ず黙り込んでいると、一度目のお昼休憩のチャイムが鳴った。


「お昼休憩ですね。楓さんは社食ですか?」

「うん、そのつもり。本当はれいと一緒に食べたかったけど、仕事だからね。工場長たちとご一緒することになってる。待たせちゃまずいし、もう行くね」

「はい。ありがとうございました。また改めてお礼のメール送りますね」

「こちらこそ。仕事ではあったけど、羚に久々に会えて嬉しかったよ。また連絡する」


 絶対だよ、と言い残して楓さんは去って行った。



「…………ふぅ」


 今日一番の仕事が終わった。自然とため息が漏れる。

 急遽、野中さんの代わりとしてだったけど、上手く出来たと思う。頼まれた時はどうなるかと思ったけど、無事に終わって安心した。

 正直、相手が楓さんで良かった。知らない人だったらもっとテンパっていただろうから。

 悔しいから本人には言わないけど楓さんの仕事は信頼できる。

 今日撮った写真とコメントを使って会社のホームページの内容を更新してくれる。それを確認出来るのは来月かな。楽しみだ。


「……よし」


 頭を切り替えて事務所へ戻る。楓さんはお昼休憩に向かったけど、私は休憩時間じゃない。

 工場ではお昼休憩は三交代制を取っている。

 今月の一番目は総務課と経理課。二番目は製造課と品質保証課。三番目は管理課といった具合に決められている。月が替わると一つずつずれる。来月のお昼休憩は私たち製造課が三番目になるわけだ。

 だからまだ、私の休憩時間じゃない。



「お。藤代ふじしろさん、案内終わった?」

「はい。たった今、ですけど」

「緊張した?」

「……少し」

「お疲れ様!」

「ありがとうございます……」


 隣の席の松野まつのさんが労いの言葉をかけてくれる。自分の席の腰かけながらそれに応えた。

 

「一応、野中さんにメール出しといてもらえる? 終わりましたよーって。あの人なんだかんだ心配してたから」

「分かりました」


 パソコンを開き、野中さん宛のメールを作成する。


『件名:来客ご案内の件 本文:お疲れ様です。先ほど案内が終わりました。今日撮った写真やコメントはデータにして一度送付してもらえるそうです。その際は確認を——』


 すらすらと文字を打ちこんでいく。もうメールを送るのも慣れたものだ。

 最初は本文を考えるのすら億劫だったけど、今では考えなくても手が動く。それに相手は野中さんだから気が楽だ。ちょっとくらい言葉遣いが変でも怒らない。きっと優しく教えてくれる。


「野中さんにメール送りました。三ノ宮さんへのお礼メールも今送ったほうが良いですか?」

「そうだなぁ……。午後は管理棟で写真撮影とコメント取りをするみたいだから、夕方に送ったら?」

「分かりました。そうします」

「……あ、昼休憩だ」


 チャイムが鳴り響き、製造課のお昼休憩が始まる。ガタガタと席を立ち、一斉に食堂に向かって歩いていく。

 その見慣れた光景を流し見しつつ、事務所の電気を消した。省エネ推進のために休憩時間は消灯することになっている。

 もう一度席に座り、パソコンを閉じたところで思い出す。

 そうだ、双葉さんと一緒に休憩しようって約束してたんだ。行かないと。

 引出しを開け、水筒と小袋のお菓子を取り出した。昨日、チョコレートのお菓子を貰ったからそのお返しだ。口に合うと良いけど。

 事務所を出て、木の下のベンチへ急ぐ。お昼休憩は四十分間。高校時代を振り返るには少し心許ない。だからせめて早く向かおう。

 焦る気持ちを抑えきれず、早歩きで約束の場所へと向かった。

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