14.
「すごい、こんな場所あったんだ……」
「ここはあんまり人が来なくて落ち着くよ。私のおすすめの休憩場所」
ちょうど日陰になっていて風通りも良い。ここなら快適に休憩できそうだ。
「良いの? 私に教えちゃって」
「良いよ
双葉さんは右手でぽんっとベンチを触る。ここに座れということだろう。
「で? さっき
「そんな双葉さんが気にすることじゃないよ」
私が隣に座るや否や、双葉さんは私にさっきのことを尋ねる。
「でも私の名前聞こえたよ。私に関係すること、でしょ?」
そこまで聞こえていたのなら誤魔化すのは困難だ。黒部さんには悪いが内緒にしておくのは無理がある。
「……同期の話でもされた?」
「……え」
「黒部さん、私の同期のこと何か話してた?」
「……同期と色々あってとしか聞いてない。詳しくは何も話さなかったよ」
「やっぱり……。私と仲良くしてくれ、とか言われた?」
「……うん。でも別に私はそういうつもりで話してるわけじゃ——」
「分かってる。藤代さん、関わりたくなかったらとことん距離を取るでしょ。黒部さんに言われて嫌々私と関わってるわけじゃないのは、ちゃんと分かっているから」
双葉さんは深く息を吐いて目を閉じた。眉間に
話すべきか、話さないべきか。そんな迷いが見える。
そして迷いを断ち切るように目を開いた。
「……藤代さんさえ良ければ聞いてくれる? 私の話」
「聞くよ。聞くけど……」
休憩の終わりを知らせるチャイムが鳴り響いた。十分なんてあっという間だ。
「休憩終わり、だね。行こう、これから
頷き、双葉さんの後を追う。さっきまでの不安そうな顔じゃなく、頼もしい仕事の顔になっていた。
「集合ありがとうございます。次の動きについて説明します」
休憩が明け、再びホワイトボード前に集合した。
「さっき出してもらった問題点に優先順をつけてください。効果が大きいもの、すぐできるもの、優先順のつけ方は各チームにお任せします。あ、もし被りがあった場合は言ってください。話し合ってどっちのチームがやるか決めましょう。目標是正件数はチームで十件。来週の真ん中らへんで報告会あるので間に合うように是正と資料の作成をお願いします。この後は報告会前まで全体で集合かけないので各チームでお願いします。じゃあ、解散」
言い切って多井田さんは大きく息を吐く。緊張がとけたみたいでほっとした顔を見せる。
「野中チーム集合!」
すぐに野中さんの下に集まり今後の計画を練る。
「俺が一旦みんなが出してくれた問題点をまとめるわ。まとまったらもう一回集まって優先順位を決めよう。それでいい?」
「はい」
「おう。まとめは野中に任せるわ」
野中さんにメモを手渡す。こんなことならもっときれいな字で書けば良かったな……。
「あの、野中さんがデータまとめしてる間って何したら良いですか?」
「自分の仕事ある人は戻っても良いよ? もし余裕あればさっきの問題点が突発なのか
「なら俺は一旦品質戻るわ。明日、別件で会議があるからそれの資料まとめしてくる。双葉はどうする?」
「私は急ぎの仕事がないので残ろうかな、と。藤代さんは?」
「私も残ります」
ちらりと野中さんを見たが頷いていたからきっと大丈夫だ。
「じゃあ二人に任せようかな。このメモ印刷してくるからちょっと待ってて」
「お願いします」
野中さんは急ぎ足で事務所に向かって行った。
じゃあ、と言った感じで黒部さんも去って行く。
双葉さんと二人残された。でも初対面の時のような気まずさはない。
「はぁ、あと二時間くらいで定時だね。早く帰りたい」
「……双葉さんも早く帰りたいって思うんだ」
「当たり前じゃん。仕事大好き、楽しいって思う人そうそういないでしょ」
言い切って私を見る。
バリバリ仕事をこなす双葉さんをてっきり仕事大好きな人かと思っていた。だって私より年下なのにしっかりしているし、実践研究に参加しているし。
「藤代さんも仕事大好き、なタイプじゃないでしょ? どっちかと言えばやるしかないからやっているみたいな」
「大体合ってる」
私の場合はここで働きたい、この仕事が好きなんて
ただ、働いて稼がないといけないから。稼ぎが無いと実家を出られないから。それだけの理由で働いている。きっと仕事へのモチベーションはこの会社の中でも底辺だと思う。
「だと思った。でもみんなそんなもんじゃない?」
「そう、かな」
「そうだよ。私もお金を稼がないといけないから働いているだけだし。働かずにお金貰えるなら働かないよ」
それもそうだ。私だって働かなくてもお金を貰えるのなら働いていない。きっとみんなそうなんだろう。
でも同じ改善チームの野中さんや多井田さん、
会社のために、働くみんなのために。口癖のようにそう言うから。
私にはそんな高尚な想いは、ない。
「おまたせ! この四枚と現場の作業を見比べて突発か慢性かを見極めてほしい。あらかじめチーム内でかぶったやつは二重線で消しといたから」
「ありがとうございます。藤代さん、行こ」
「野中さん、ありがとうございます」
「はいよー。藤代さん、分からなかったら双葉さんに聞けば大丈夫だから。よろしくね」
みんなのメモのコピーを受け取った。野中さんにお礼を言い、再びラインの中へ。
「突発か慢性ってのは同じ作業を繰り返し見て、五回に三回同じことが起きれば慢性、それ以下なら突発。この
「分かった」
双葉さんからコピーを半分受け取る。黒部さんと自分の書いたメモだった。
「じゃあ、それぞれ見てみようか。分からなかったら聞いてね」
「うん」
そう言うと双葉さんは背を向け、自分の担当の工程に向かって行った。私も行かないと。
「あ、待って」
何かを思い出したかのように声を掛けられる。作業台を挟んだ向こう側に双葉さんがこちらを見て立っている。
「今日って仕事の後なにか予定、ある?」
「……えっと」
予定と言われて
「ないよ」
「じゃあ今日飲みに行こうよ」
「えっ」
「私の話、聞いてくれるんでしょ?」
先輩、とにっこり笑って双葉さんは言う。確かに聞くと言ったのは私だ。私だけど。飲みに行くことになるとは思わなかった。
「……分かった。行く」
「やった! 後でお店とか決めよ。今日はもちろん定時だよね?」
双葉さんと飲みに行く。急に決まったがそんなに嫌なわけでもない。
会社の飲み会は苦手だ。大人数でお店に押しかけて騒いで。
でも二人なら静かに飲めるし。何より今日は本当に用事がない。家に帰っても適当にご飯を作って食べて寝るだけだ。それなら双葉さんと出かけるのも悪くない。
そこまで考えてふと思い出す。
ああ、そうか。今日は金曜日だったっけ。
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