9.
「ふぁ……起こしてくれたら良かったのに」
「気持ちよさそうに寝てたから」
結局カレーが出来上がっても気持ちよさそうに寝ていたからそのまま起こさず時間が経ってしまった。時刻は八時半、夜ご飯には少し遅い時間だ。
「ん、美味しい。チキンカレー好きなんだよね」
「口に合ったなら良かった」
いつもは黙々と食べ進める夕食が今日は会話がある。
「
「出来なさそうに見える?」
「見える。たまにご飯抜いてそう」
「……」
図星だ。お昼は食べないし、夜もめんどくさい時は食べずに寝てしまう。
「黙ってるってことは当たり?」
「たまに、ね」
「よくそれで生きていけるなー。お腹空かないの?」
「空くけど食べなくても死なないし……」
「死にはしないだろうけどさぁ……」
文句を言いたげな目で見つめられる。一食生活を毎日しているわけじゃないし生きていける、死にはしない。
だから大丈夫と言おうとしたけど——
「今度私が夜ご飯作ろっか?」
「えっ?」
「得意なんだよね、料理。何が食べたい?」
自分より歳下、しかも高校生に作ってもらうなんて。遠慮と羞恥が頭の中でぐるぐると巡る。
「……ハンバーグ」
「分かった、ハンバーグね。材料は私が買ってくるから何も準備しないでね」
気づいたら本音が漏れてしまった。
私は料理が得意なわけじゃないからカレーとか親子丼とか簡単なものばかり食べていた。たまには手の込んだものが食べたい。
「ソースは何が良い? 和風、デミグラス、ジンジャー、どれが良い?」
食べ終えた二人分の食器を洗っているといつの間にか隣に彩織がいて、当たり前のように食器を拭いていた。
「デミグラスかな。というか和風ソースって家でも作れるの?」
「作れるよ? 学校の調理実習で作ったことあるからバッチリだよ」
「今の家庭科ってハンバーグとかも作るんだ」
「羚さんの時は何作ったの?」
「鮭のムニエルとか、シチューとか。牛乳プリンも作ったことあったかも」
「牛乳プリン私も作ったよ! 教科書にはないけど先生が食べたいからって」
「そうそう、教科書にないから先生がレシピ手書きしてきたりね」
「私が教わってる先生と同じ人なのかな、その先生。羚さんって何歳?」
「二十二歳。今年誕生日きたら二十三になる」
「えっと、私が十七歳だから……五個年上ってこと?」
「そう、だね」
最初から分かっていたことだけど彩織は若い。高校生なんだから当たり前だ。今のところジェネレーションギャップなるものは感じていないが……。
食器を洗い終え、部屋に戻る。
ベッドにもたれかかって座ると、彩織も隣に座った。
「お姉さんだ」
「えっ?」
「羚さんはお姉さんだなって」
「そりゃ五個離れてたらね……」
近所の年上のお姉さん。そういう意味で言ったんだろうと思った。でも彩織の顔を見てそれは違うんじゃないかと思った。
私を見つめる彩織の目が明らかに——
「お姉ちゃーん」
「うわっ」
肌が触れ合うどころか私の膝に頭を乗せ、両腕はがっちりと私の腰に抱き着いている。
「ちょっと、なに」
「お姉ちゃんに甘えてる」
「……彩織のお姉ちゃんじゃないよ、私」
そうは言いつつも突き放すことは出来なかった。
少しばかりくすぐったい腰回りも、ふわりと香る甘い匂いも。自分の部屋なのにそうじゃないように思えてしまう。それでも突き放せなかった。
「……」
「……」
会話がなくなり部屋に静寂が訪れる。
こちらから彩織の顔は見えないが寝ているということは無さそうだ。
いつまでこうしているの、もうすぐ帰る時間だよ。言いたいことはあるのに声に出せない。
私は彩織が、この子が何を考えているのか全く分からない。
明らかに母親から暴力を受けているのに明るいし、初対面の、見知らぬ
目の前で無邪気に私に甘えるこの子がひどく
歪んでいる。神田 彩織は著しく歪んでいる。
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