8.

 昨日と同じように神田さんを部屋に入れた。

 ベッドにもたれかかり、私の隣に座るセーラー服の少女。昨日の焼き直しのような光景が広がっている。


「ねえ、れいさん。何も聞かないの?」

「何もって?」

「私のこと。二日連続で家に転がり込んで、私の家の事情とか気にならないわけ?」

「……別に」


 気にならないと言えば噓になる。でもわざわざ聞き出すほどじゃないとも思っている。神田さんの様子から見るに言いにくいということは無さそうだが、赤の他人の私がずかずかと踏み込むべきじゃない。


「ふぅん。やっぱり全然人に興味ないんだね」

「やっぱりって……」

「だって高校生の女の子が家に入れず外で座り込んでたらどうしたの?って聞くか無視するかでしょ、普通は。羚さん無視もしないし、私の事情も全然聞いてこないじゃん」

「いや、だって……聞いてほしいの?」

「きっ……き、いてほしいわけじゃないし」


 ぷいっと顔を反らしてしまった。聞いてほしいのか、ほしくないのかよく分からない。

 どんな事情があって私の家に上がり込んでるのか知らないけど昨日の私はそれを良しとした。うるさくないし、手がかかるわけでもなし。部屋に入れて何も不都合が無いなら良いかな、と。


「怪我は……増えてないね」

「んん、くすぐったい」


 くいっとこちらを向かせ、ぺたぺたと神田さんの頬に触れる。昨日は痛々しかった唇も、充血していた目も幾分いくぶんかマシになっている。


「神田さんは」

「ねえ、彩織いおりって呼んでよ」


 私の言葉を遮って神田さんは促す。

 

「……いおり」

「はぁい」


 何がそんなに嬉しいのかにっこり笑って返事をする。


「やっと名前で呼んでくれた。昨日ちゃんと下の名前も名乗ったのに羚さん呼ばないんだもん。ずっと私だけ下の名前で呼んでるなんて不公平だし」

「そうなの?」

「そうなの!」


 勢いよく言い切って彩織は私との距離を詰める。さっきまではこぶし二つ分隙間があったのに、今はぴったりとくっついている。少し窮屈きゅうくつだ。


「……近くない?」

「そう? 普通だよ」


 肌が触れ合うくらいぴったりくっついて座るのは普通なんだろうか。私にとっては心拍数が上がるくらい緊張する距離感だ。

 もしかしたら最近の高校生はこれくらいパーソナルスペースが狭いのかもしれない。そうと思うと強くは言えない。


「……そうだ、夜ご飯。もう食べた?」

「まだだけど。お母さんが仕事行ったら家でなんか食べるし、私のことは気にしなくて良いよ?」

「今日カレーだから。一人も二人も変わらないし、食べてく?」

「羚さんが良いなら……」


 近くなりすぎた彩織から逃げるように話題を逸らす。

 この部屋に来て初めて控えめな彩織を見た。別にご飯くらい気にしないのにな。

 ぴったりとくっつく彩織に一声かけて立ち上がる。元々カレーを作るつもりで材料は揃えてある。あとは切って煮込むだけだ。

 部屋に彩織を残してキッチンに向かう。冷蔵庫を開け野菜室からニンジンを取り出す。玉ねぎとじゃがいもは床下収納から取り出した。

 トントンと小気味良く包丁の音が鳴る。手早く切ってボールに入れ、次に冷蔵庫から鶏肉を取り出した。これも一口サイズに切り分ける。

 大きめのフライパンを出し、オリーブオイルを引いた。

 鶏肉を炒め、火が取ったら残りの野菜も一緒に炒める。だいたい火が通ったら水を加え煮詰めていく。途中で灰汁あくを取るのも忘れずに。あとは良いタイミングでルーを入れるだけ。

 きりが良いところまで終えて、冷蔵庫に入っているペットボトルのミネラルウォーターで喉を潤す。

 そういえば彩織に飲み物を出していなかった。ふと気づいてもう一度冷蔵庫を覗いたが私が今飲んでいるものと同じものしかない。

 高校生って水とか飲むのかな。今度はジュースかお茶を用意しておこう。

 両手に同じペットボトルを抱えて彩織が待つ部屋に戻る。


「彩織、飲み物……」

「……」


 言いかけて口を閉じる。彩織は私のベッドに背を預け寝息を立てていた。

 起こしちゃいけないから出来るだけ静かに近づく。彩織の顔にかかった髪を指でかき分けるとあどけない寝顔が。やっぱり彩織も子供なんだと今さらながらに実感した。

 目の下にクマがあったからあまり眠れていないのだろうとは思っていた。私の家で寝られるのなら少しでも寝たほうが良い。

 起こさないようにそっとブランケットをかけ、キッチンに戻った。

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