7.

「お集まりいただきありがとうございます。時間なので打ち合わせを始めていきます。まずこのプロジェクトの概要なんですが——」


 昼礼を終え、朝礼の時に多井田おいださんが言っていた打ち合わせが始まった。

 メールで開催案内が来ており、場所は小会議室Aを指定されている。

 工場の中で会議室が集まる棟がある。経営会議が行われる大会議室、大きなプロジェクトの会議や講習に使われる中会議室。少人数での打ち合わせに使われる小会議室。

 この三種類の会議室が一つの棟に入っている。会議室しかないこの棟は会議棟と呼ばれている。


「で、品質保証課と合同で品質実践を開催しようということになりました。ここまでで質問ありますか?」


 多井田さんはプロジェクターに映したパソコンの画面の操作を止め、私たち三人をぐるっと見渡した。


「品証と合同なのは良いけど何人くらい参加してくれるんだ? 製造課は今のところ改善チームの四人しか出ないから、あっちばっか大人数出てもらうのは申し訳ねぇなぁ」

「人数はこちらと合わせて四人出てくれるので気にしなくて大丈夫ですよ。他に質問ありますか?」


 多井田さんはテーブルをぐるりと見渡した。松野さんも私も特に質問はないので黙ったままだ。


「大丈夫、そうですね。じゃあ次に詳しい内容を。藤代さんは初めて聞く話だし、順を追って最初から話します。まず内容としては——」



 多井田さんの話すプロジェクトの概要はこうだ。品質保証課と合同でラインの品質向上に向けた活動をする。そしてそれを最終的には報告会を開いて工場長に報告する。

 そのための第一段階として現状を把握する必要があるから一度集まって現場を見てみよう、とのことだ。


「品質保証課の人と俺らでごちゃまぜチームを二つ作ろう。それでそれぞれの目線で見るのはどうかな?」

「それ良いですね。うちだったら俺と松野、野中さんと藤代さん、とか?」

「そうそう、そんな感じのバランスで組んだらちょうど良さそう。品質にも同じようにチーム分けといてもらって」

「分かりました。依頼しときます。他には……あ、そうだ。肝心な日時なんですけど、明日の昼イチはどうかなって」

「俺はいいよ。藤代さんも」

「俺も良いっすよ」

「また予定表に入れとくんで参画お願いします。こんなもんですかね、もう質問とか意見ないですか? なければこのまま打ち合わせを終わりますが……」

「……はい」


 打ち合わせが終わりそうなタイミングで手を上げるのは大変気が引けたが聞かずにはいられない。


「お。藤代さん何かな?」

「その、今回の対象ラインはどこですか?」


 この工場にはたくさんの生産ラインがある。その中で私が作業をしたことがあるのは裏板ラインだけ。つまりそれ以外のラインの人は関わった事がない。ノセさんのラインは行ったことはあるものの知っていると言えるほどじゃない。


「何個か候補があるんだけど、一番濃厚なのはネジセットかな」

「そう、ですか」


 ネジセットラインとは文字通り決まった本数のネジを袋に詰めて出荷するラインだ。もちろん私は行ったことがないし、作業をしたこともない。

 ノセさんのラインと一緒で知らない人ばかりだ。また自分から話しかけられずに立ちすくんでしまう気がする。

 別に仕事をするだけなら他の人と喋る必要なんてないと思っていた。実際今までラインで作業していた時はほとんど会話なんてしてこなかった。

 それが急に改善チームになって、聞き込みに行くだなんて。向いてない、間違いなく私には向いてない。


「藤代さん、緊張する? 知らない人ばっかのラインに行くの」

「……緊張、しますね」


 隣で座る松野さんが話しかけてきた。

 咄嗟に緊張すると答えたがそれは嘘だ。緊張じゃない、不特定多数の人と話すのが苦手だし疲れるから嫌なだけだ。


「大丈夫、大丈夫。藤代さんは現場作業をよく知ってるし、話も嚙み合うはずだよ」

「野中さんと同じチームにするから大丈夫だよ、ちゃんとフォローしてくれるはずだから」

「頑張ります……」


 嫌でもやらなければならない。それが仕事だから。そう自分に言い聞かせて返事をした。

 その日の午後はずっと憂鬱な気持ちが続いた。




 あっという間に定時になり残業することなく帰路に就く。

 決められた駐車場に車を停め、階段を上る。


「……」

「おかえり」


 扉を背に座り込む少女が一人。


「入れてよ、羚さんの部屋」

「……良いけど、ちゃんと十時には帰る?」

「もちろん」


 小さく溜息を吐いて手を差し出した。

 神田さんは私の手を握り、すっと立ち上がる。やっぱり軽い。


「今日も帰れないの?」

「今日は特に機嫌が悪いから殴られる前に避難したいだけ。自己防衛ってやつだよ」


 昨日に引き続き神田さんを部屋に入れる。

 部屋が隣同士だという事を覗けば何の接点もない二人。でも今日も私は部屋に迎え入れる。この奇妙な縁は一体いつまで続くんだろう。

 

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