第54話 期待と光
「俺に任せてくれ」
「任せるって?」
真っ先に疑問を口にしたのは、
達哉への疑念から出た言葉ではない。むしろ、達哉ならこの状況をなんとかできてしまうのではないかという期待から出た言葉だった。
かつての達哉には、自然とそんな期待を抱かせるような雰囲気があった。それは、あの日を境に失ってしまったものだったが、目の前に立つ達哉は、それを取り戻しているように思えた。
「全部、俺に任せてくれれば大丈夫だから」
具体的なことは何も言っていないのに、雅臣は納得し、安心した。それはリンや
「大野」
全員から無言の信任を得て、達哉が初めて口にしたのは大野真凛の名前だった。
大野真凛は、少しだけ面食らったように体を震わせたが、すぐに平常心を取り戻して「なに?」と短く答える。
「俺たちの仲間にならないか? ——いや、仲間になってくれないか?」
目の前に差し出された手を、大野真凛はしばらくの間黙って見つめていた。奇妙な緊張感が秘密基地を覆う。
仲良し四人組の中で、もっとも大野真凛を毛嫌いしていたのは達哉だった。
その達哉がとった行動に、他のメンバーは少なからず驚いていた。一度は死んでもかまわないとさえ言って、見捨てたことのある達哉が、大野真凛に仲間になってくれと頼んでいる。
それが自分たちが置かれた状況をどうにかして解決したいという打算から生まれたものではないことは、誰もが分かっていた。間違いなく達哉の本心から出た言葉だった。
大野真凛の反応はどうだろうか——、と誰もが息を呑んだ。拒否することもできる。むしろ、達哉に拒絶されたと思っている彼女なら、復讐の意味も込めて拒絶することも十分考えられた。
しかし、大野真凛は拒絶しなかった。
ゆっくりとおそるおそる達哉の手に自らの手を重ね、両手で包むように握る。そして、「ありがとう」と満面の笑みを浮かべて礼を言った。
その瞬間、秘密基地が揺れ始める。
最初は小刻みに震えるような揺れだったものが、だんだんと大きくなる。立っていられないほど揺れが大きくなった時、秘密基地全体が白く光り始めた。
「ちょっと、これって——、」
まぶしくて、お互いが見えなくなる。
白く光る身体に目をやると、少しずつ大きくなっているのが分かった。きっと全員の身に同じことが起こっているのだろうと思うと、不思議と不安はなかった。
各自の身体に起きている現象と秘密基地の揺れは、不思議な夏休みの始まりを告げたあの揺れと全く同じものだった。
しばらくして揺れが治まると、白い光だけが残った。
目が慣れたのか、お互いのことが見えるようになると、全員が白い光に包まれた空間に浮いているのが分かった。
その中で、大野真凛は幸せそうに笑っていた。本当はこんな風に笑えるのかと本人ですら驚くほど、自然な笑顔だった。
白い光の中で、五人は大野真凛を正式に迎え入れた。それは暖かく穏やかな時間だった。
大野真凛にされたことや、大野真凛にしたことはなかったことにはならない。
達哉がリンにしたことだってなかったことにはならない。
けれど、立ち止まったままではいられないこと、立ち止まったままではいけないことを誰もが理解していた。
「リン。大野。それにまさくん、こうちゃん、さっちゃんも。本当に……、本当にごめんな」
達哉は五人に向けて、深々と頭を下げた。五人はもう謝る必要などない、むしろ謝るべきは自分の方だと思っていたし、五人がそう思っていることを達哉も理解していたが、それでも謝らずにはいられなかった。
「僕も、みんなごめん」
達哉につられるようにして、雅臣が頭を下げる。それから、紗雪と弘大も続けて同じように丁寧に謝罪の言葉を口にしながら頭を下げた。
「あたしも。あたしにしかできないことはたくさんあったのに、あたしにしかできない方法でみんなを壊しちゃった。本当にごめんね」
リンの言葉に全員が首を振る。
「違うよ。リンちゃんのおかげで私たち、こうして関係を修復できて、真凛ちゃんを仲間に加えることができたんだよ。だから、私は感謝してるよ」
紗雪が全員を代表して言った。
「それから、リン。お前だって正式なメンバーなんだぞ? 俺たちは、今この瞬間から仲良し《六》人組だ。いいな?」
達哉は、わざと大げさにリーダーらしく振舞った。わざとらしいその姿がおかしくて、自然と笑いが起こる。
「みんな、ごめんね。それから、ありがとう」
リンは、嬉しそうに頭を下げる。
白い光は徐々になくなり始めていた。遠くの方からゆっくりと消えていく。気がつくと、六人をかろうじて包めるくらいの大きさになっていた。
光の外には、何も見えない真っ暗な闇が広がっている。
闇の侵食は緩むことなく、六人を覆っていく。完全に光が失われる瞬間、「本当にありがとう。それから、ごめんね」という大野真凛の声が達哉の耳に届いた。そこで達也の意識は途絶えた。
途切れた意識の中で、チリンと乾いた鈴の音とともに「たっちゃん、大好きだよ。さようなら」という声が聞こえたような気がした。
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