第52話 リーダーのかたち
「たっちゃん……どうして、そんなことを……?」
何も言葉を発することができないでいたリンに代わって、尋ねたのは
「むしゃくしゃしてたんだ。家のこととか、学校のこととか……色々。全部嫌になって、それで八つ当たりというか……。自分より弱いものを見つけては、嫌がらせをしてたんだ。最初は、アリの巣に水を流し込んだり、小さな虫を対象にしてたんだけどそれが、だんだん……」
「でも、たっちゃん。そんなこと僕たちには一言も言ってなかったよね?」
「言えるわけないだろ? 実はお前らのリーダーは、誰も知らないところで虫とか小動物をいじめて喜んでる、そんなくそ野郎だって告白しろっていうのか? できるわけないだろ……。言ったら、きっとお前らは幻滅したはずだよ」
「そんなことはない」と即答できないのは、達哉の告白を聞いて幻滅したからではない。達哉は様々なことが原因であるように語ったが、達哉をそこまで追い詰めたのは、雅臣たち三人に他ならないと思ったからだ。
それは、紗雪と
三人は、学校でも比較的目立たない存在だった。
しかし達哉は違った。活発で発言力があり運動神経もいい達哉は、どこに行っても目立つ存在だった。
「浅川くんは、どうしてあの子たちといつも一緒にいるの?」と揶揄されることもあった。そんな声が聞こえると、達哉は決まって「俺が好きであいつらといるんだ。悪いか?」と真正面から戦った。
そんな事情を三人は知らない。
小さなことから大きなことまで、三人はすべて達哉に頼りきりだった。リーダーと言えば聞こえはいいが、結局のところ、三人で分け合うべき責任のすべてを一人で背負っていただけだ。
達哉がリーダーになったのは、なんとなく、自然と……と当人たちは思っていたが、つまるところ、達哉以外の三人が責任から逃げた結果だ。達哉にとっては、半強制的なものだった。民主的に選ばれたリーダーではない。
実は、達哉は三人にはっきりと頼られたことがあまりない。大きなことであればあるほど、三人ははっきりと頼るようなことはしなかった。暗に頼られるか、達哉のほうから察してのものだった。
嫌な思いや一人損をする憂き目に合うことも少なからずあったが、それでも達哉は嫌な顔一つせず、三人のリーダーであり続けた。より活発で目立つグループに誘われることもあったけれど、達哉は仲良し四人組であり続けた。
幼い達哉の胸の内には、本人も知らないうちに複雑な感情が渦巻いていた。その結果が、達哉の告白したしてしまったことだった。
そのことを三人は今になって知った。大人になった今だからこそ分かる。達哉の負担に気が付かず、多くを求めすぎていた。
もう何度目になるかも分からない重たい沈黙が秘密基地を包む。
沈黙を破ったのは、
「それだけ?」
全員の視線が一斉に大野真凛に集まる。
「浅川くんの話は、まだ終わってないよね?」
達哉は「そのとおりだ」と小さくつぶやいて、意を決したように一度咳ばらいをした。
「リンを助けたのは、大野だ」
衝撃が走る。特にリンは、薄々分かっていたこととはいえ、自らの価値観をひっくり返されるほどの衝撃を受けた。
「リンが川に落ちた後、最終的にどうなるのかを見ようと思って、ずっと追いかけてたんだ。でも、途中で見失っちゃって……。なんとなく川のそばを探してたら、リンを抱いた大野がいたんだ」
『うわぁ……。猫………………?』
リンの頭にあの時の声が蘇る。あの声は大野真凛のものだった。
「俺は、大野に「何やってんだ?」って訊いたんだ。せっかく楽しんでるのに、邪魔しやがってって思ったんだよ。今思い返せば最低だって分かる。だけど、あの時の俺は、分からなかったんだ。大野は、「遊んでたらこの子が釣れた」って、笑いながら言ってた。リンは大野の腕の中でぐったりしてて……。大野は「浅川くんがやったの?」って。全部見透かされてるみたいだった」
リンにはまるで覚えがない。気を失っていたのだから当然といえば当然だ。
「俺はなんて答えていいかわからなくて、黙ってたんだ。そしたら、大野は突然「私は浅川くんが大好きだよ」って。本当に何も脈絡なく、突然。俺、怖くって。本人の前でこういうこと言うのも悪いんだけど、あんな場面でそんなことを言う大野が薄気味悪くってさ」
大野真凛の何を考えているのか分からない態度は、確かに薄気味悪い。リンたち四人は、少しだけ達哉に同情した。
「……なんて言っていいか分からなくてさ。俺が密かにしてたことを大野に知られたんだって思うと、それも怖くって」
達哉は一度深呼吸をした。
「大野は、黙ったままの俺に特に食い下がることもなく、去り際に「その猫、死んじゃうといいね」って言ったんだ。俺が言葉を失ってると、大野は続けて「それが浅川くんの望みでしょ?」って。俺は、気がつくと大野からリンを受け取って、そのまま突っ立ってた」
「だから、リンちゃんはたっちゃんに助けてもらったって思ったんだね?」
雅臣は確認するようにリンを見る。リンは困惑して何も答えることができなかった。代わりに達哉が首を縦に振った。
「でも、たっちゃんはリンちゃんのことを誰よりも可愛がってたよ? 私はちゃんと知ってる。記憶違いなんかじゃない。たっちゃんは、リンちゃんのことが大好きだったはずだよ!!」
紗雪は目一杯に涙を浮かべていた。それを拭おうともしない。
「あれは嘘じゃなかったよ。私には、分かるもん……」
「うん。俺も。だからこそ、信じられなくて……。リンちゃんを可愛がってたあの気持ちは嘘じゃないんでしょ?」
涙こそ見せてはいないが、弘大も声をつまらせている。
「嘘じゃない。腕の中でぐったりしてるリンを見てたら、俺はとんでもないことをしたんじゃないかって気持ちが湧いてきて。散々、虫を殺したりしてたくせに、リンの体温をこの手で感じたら、心の底から申し訳ない気持ちになって……。それで目が覚めたんだと思う。……償おうと思ったんだ。あの日以来、馬鹿なことはやめたよ」
達哉は、リンに向き合うと深々と頭を下げた。
「今まで騙すようなことをして、ごめん。それに命の危険にもさらして……許されることとは思わないけど、とにかく本当に申し訳なく思ってる」
リンは何も答えることができなかった。
許すもなにも、リンの達哉に対する気持ちは、真相を聞く前と後で何も変わりがない。リンには許すものが何もなかった。
リンが困ったように笑うだけで、黙っていると、大野真凛が突然笑い出す。
「あはははははは…………。文字通り猫可愛がりしてたもんね。浅川くんは、リンのことが大好きなんだよね。自分で殺そうとしたくせに、リンのことが大好きなんだよ。可笑しいよね」
両手を広げ、天に向かって歌うように語る。
「だから、私も死にかけてるところを助けてもらったら、浅川くんに愛してもらえるんじゃないかって思ったのに。可笑しいよね? 可笑しいよ。あはははははは…………おっかしぃ……」
大野真凛は何かを吐き出すように大声で笑い続けた。
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