第50話 対面
五人が潜むのは秘密基地からは見えにくいが、こちらからは秘密基地がよく見える、そんな場所だ。
五人の姿を見つけると、大野真凛は計画を延期してしまうかもしれない。中止ではなく延期。大野真凛は、必ず首吊りを実行するからだ。
根拠は、リンの野生の勘だったが、達哉がそれを明確に支持した。
「大野真凛に首を吊らせてはいけない」
それは達哉が言い出したことだった。
見殺しにするとか、助けるとか、そういう次元の話ではない。そもそも、首を吊らせてはいけない、と達哉は言った。そうしなければ、結果は変わらない——、と。
五人は、なるべく見つかりにくい場所から、息をひそめて秘密基地を見張る。
見張り始めてから数日間は、秘密基地を訪れる者はなく、何事もない日が続いた。それでも全員が、大野真凛は近いうちに必ず現れると確信していた。
その日も、五人は秘密基地近くの藪に隠れていた。
全員が集中して藪の隙間から秘密基地を見つめていると、大きなリュックサックがひらりと動くのが見える。
リンが野生の勘で感じ取ったとおり、大野真凛は現れた。首を吊るために——。その証拠に、大野真凛は、リンがかつて見たあの日と同じリュックサックを背負っている。
あの時は、縄がリュックサックから飛び出ていたっけ、と何故かどうでもいいことを思い出す。
様子をうかがっていると、大野真凛は五人に気が付くことなく、おもむろに秘密基地に入っていった。五人はそれを見届けると顔を見合わせて、声を発することなく一斉に大野真凛の後を追った。
基地に入るなり、五人は大野真凛の名前を大声で叫んだ。返事はなかったが、秘密基地の中央でたたずむ人影がゆっくりと振り返る。
「どうして……?」
大野真凛は、驚いて目を見開いたあと、リンの姿を見つけると納得したようにすぐに目を細めた。
「やっぱり、またやるつもりだったんだね?」
リンの問いかけに、大野真凛は唇を真一文字に結んで、無表情のまま黙っていた。そんなことにはお構いなしに、リンは大野真凛に尋ね続ける。
「あなたが首を吊るのは、中学一年生でしょ? どうしたの? 予定より二年も早いじゃない」
大野真凛は無表情をくずして、「ふっ」と薄く笑うと、ゆっくりとリュックサックを下した。そして、五人の存在など気にも留めずに、縄を取り出すと、一番太い梁に向かって縄の先端を投げ始めた。
何回か投擲を繰り返すと、縄は梁の上を通って向こう側から落ちてきた。その縄をつかむと、ほどけないように固く結ぶ。何をしているのかは誰の目にも明らかだった。
「おいっ!! 大野!! 何してんだよ!!」
たまらず達哉が、再び叫ぶ。
「なぁにぃ? 浅川くぅん」
大野真凛は、達哉の声に反応して再び振り返ると、ひときわ甘ったるい声で答えた。
「何してるんだ? って聞いてんだよ」
「何ってぇ? もう知ってるんでしょ~? 浅川くんはぁ、そんなお馬鹿さんじゃないもんねぇ~。あ、もしかして、私の口から聞きたいの? 浅川くんも結構好きものなのかなぁ~? でもぉ、私はどんな浅川くんだって大丈夫だから、安心してね」
「お前、何言って……」
呆気にとられる達哉をよそに、大野真凛は甘ったるい声を発し続けた。
「もぅ、しょうがないなぁ。じゃあ、教えてあげるね。私、今からここで首を吊るの? 覚えてなぁい? リンが言ったとおりだよ。中学一年生の夏休み初日。少し早いけど、あれと同じことを今ここでするの」
「なんの、ために……?」
「それは浅川くんに私が死ぬところを見てもらうためだよぉ。浅川くんに看取ってもらうの。前はそこの三人が余計なことをしたせいで、死にきれなかったから。私、浅川くんのことなら、なぁんでも分かるんだよぉ。ねぇ? あのときのことも分かるよ。見捨てようとしたんでしょう? そうだよねぇ?」
達哉は身動きが取れなくなっていた。呼吸が荒く、明らかに動揺している。自分が見捨ててしまったその本人から言われたのだから、当然のことなのかもしれない。
「ふふふ。あ、私のこと気にしてる? なら気にしなくてもいいよぉ? 私も望んでたことなんだから。私と浅川くんの考えは一緒だったの。それなのに、そこの三人——、いえ、リンも含めた四人が邪魔したの。だから、今度はみんなの体がもっと小さくて、助けるに助けられない今にしようと思って——、」
「もう……やめろ……」
達哉の低い声が、大野真凛の甘ったるい声を遮る。
「えっ……?」
達哉の反応が予想外だったのか、大野真凛は目をぱちくりさせて達哉を見つめている。
「そんなことをする必要は、ない」
「どういうことぉ? する必要があるかないかは、私が決めることじゃない?」
「本当は、お前自身もこんなこと、望んでないんだろ?」
「なんでそんなこと浅川くんに分かるのぉ。おっかしい~。あははははは」
大野真凛は、心底愉快だとばかりに大声で笑う。しかし、達哉の表情は変わらない。
「分かるよ。お前、俺が憎いんだろ?」
それまで大きな口から放たれていた笑い声が、ピタリと止まる。少し遅れて表情が消えた。
「どういうこと?」
それまでの甘ったるい声からは想像もつかないような低い声が、大野真凛の口から発せられた。
「そのまんまの意味だよ。お前は俺が憎くて仕方がないんだ」
「なんで私が浅川くんを憎まないといけないの?」
「それは、俺がお前を拒絶したから——、だろ?」
達哉の答えに大野真凛は、一転して不気味にニヤリと笑った。
長い沈黙が秘密基地を包む。秘密基地の外ではひぐらしが静かに、そして涼やかに一日の終わりを告げるように鳴いていた。
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