第49話 間違い
「うん。あたしだよ。あたし……元々猫だったの」
ようやく言えたという安堵感と、拒絶されたらどうしようという緊張感が、同時にリンの身体を包んだ。
「リンちゃんが……猫……?」
しかし、
「やっぱり、そうだったのか」
達哉の言葉にリンは耳を疑った。リンまで紗雪たちと同じように、信じられないという顔になる。
「たっちゃん……? 信じてくれるの?」
リンは、確かめずにはいられなかった。
脳裏をかすめるのは、
「信じるも何も……。俺の中にずっとあったモヤモヤの正体が分かって、スッキリしてるよ」
「それじゃあ、たっちゃん。全部思い出したの?」
リンの問いかけに、達哉はゆっくりとぎこちなく首を振った。
蓋をした野生の勘は、もう何も告げてこなかった。リンは、ついさっき感じた相反する違和感を気のせいだと思うことにした。
「お前があの猫のリンだってことしか分からない。それだって、思い出したっていうよりは、自然とそう思えるっていう程度だしな」
そう言いながらも、達哉の表情はそれまでもよりいくらか晴れやかだった。蓋をしているにもかかわらず、再び微かな違和感がリンを包む。
「本当に、リンちゃんがあの猫ちゃんなの?」
紗雪は、まだ半信半疑な様子でリンに尋ねる。リンの代わりに、達哉が「間違いない」と応えた。
「そっか。たっちゃんがそこまで言うなら、間違いないね」
紗雪は微笑みながら、弘大と雅臣を見やる。紗雪に同意を求められた二人は、深くうなずいた。
それを確認した紗雪は「ねぇ、リンちゃん」と改まってリンに問いかける。
「さっきリンちゃんは、リンちゃんのせいだって言ったよね? リンちゃんが、あの日私たちを
リンは、静かにうなずく。
「それが、どうしてリンちゃんのせいなの?」
紗雪は、淀みなく核心を突いた。その目を見ると、誤魔化しは通用しないことが分かる。
もっとも、リンはもう誤魔化したり、隠し事をしたりするつもりはなかった。今こうしてみんなと会話ができている。猫だったことを信じてもらえている。それは本当の意味で、リンが仲間に加わることができた
その仲間に対して、嘘や隠し事はしたくなかった。
「それはね。あの日、マリンが
一息に告げる。短い沈黙の中で、後ろめたさからリンはみんなの目を見ることができずに下を向いていた。
リンにとっては、懺悔のつもりだった。無理矢理にでもしようと思った懺悔だが、四人はそう受け取らなかった。
「ごめん……それのどこがリンちゃんのせいなの?」
ややのんびりした弘大の声に、リンは思わず顔を上げる。
「えっ!?」
こぼした声に、弘大は首をわずかにかしげながら、きょとんとした顔を向ける。
「俺、頭あんまりよくないから分からないだけかもしれないけど、それってリンちゃんのせいなの?」
弘大は、雅臣に意見を仰いだ。暗に「頭のいい、まさくんはどう思うの?」と水を向けられた雅臣は、小さく「ふっ」と息を吐く。そして、いたって冷静に言った。
「僕も別にリンちゃんのせいだとは思わないな」
雅臣に紗雪も続く。そして、達哉もうなずいた。
「リンは、大野を助けようとしたんじゃないのか?」
「それは……」
達哉に尋ねられて、リンは言いよどむ。
確かにあの時は、大切な秘密基地で死なれては困ると思っていたはずだった。そんな思いから出た行動のはずだ。
遠い昔のことのように思える。
「それなら、お前は悪くないじゃん。悪いのは……」
そこで達哉は、言葉を切った。短い沈黙の後、続けた。
「悪いのは、俺だよ」
みんなの視線が一斉に達哉に集まる。
「それは違うよ!! たっちゃん」
リンは、すぐさま達哉の言葉を否定した。脳裏を掠めるのは、仲良し四人組が壊れてしまった日のことだ。
しかし、達哉はなおも続ける。
「いや、悪いのは俺だ」
「違う、違う。違うんだよ!! たっちゃん。悪いのはあたし。あの日、あたしがみんなを
リンは必死で食い下がった。リンの言葉の途中で紗雪が口をはさむ。
「でも、それじゃあマリンちゃんが……」
「うん。死んじゃうと思う。でも、それでよかったんだよ。だって、あの子が勝手に始めたことだもん。本当はみんなには関係ないことなんだよ」
「さっき言ってた、見殺しにするっていうことだね? そうすれば、僕たちは元に戻れるってリンちゃんはそう言ったよね?」
雅臣が
リンは、「そうだよ」と即答した。
「それじゃあ、仕方な——、」
「ダメだ!!」
雅臣の言葉を遮るように達哉が叫んだ。
「たっちゃん……?」
その場の全員が驚いて達哉を見る。
「それじゃ、ダメなんだ」
みんなの視線を集めてなお、達哉は言った。
「それじゃあ、元通りにはならない」
その眼は哀しそうだった。何かを諦めたような、それでいて覚悟を決めたような悲哀に満ちた目を達哉は四人に向けていた。
「じゃあ……どうするの? リンちゃんはそうしないと戻れないって言ってるよ? ね?」
勘以外に何か明確な根拠をもっていたわけではないリンは、曖昧にうなずく。
「ほら。それでもたっちゃんは、リンちゃんが間違ってるっていうの?」
「間違ってるのは、リンじゃない。俺だ。そもそも、俺は大野に首を吊らせちゃいけなかったんだよ」
達哉は四人の顔を代わる代わる見ながら、諭すように言った。
その強い言葉とは裏腹に、表情にはやはりなんとも言えない深い影が浮かんでいた。
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