第48話 告白

『絶対に許さない』と書かれた手紙を見て、リンは背筋が凍る思いだった。

 リンを除く四人は、それを仲良し四人組に宛てられた手紙だと思っているようだが、リンは違うと断言できる。

 大野真凛おおのまりん達哉たつやに渡した手紙は、リンに宛てたものだ。「私の計画に協力しろ」と念を押しているのだ。


 引っかかったのは、達哉を通して意思を表示してきたことだった。


「——まさか直接接触するなんて」


 思わず声が漏れる。


 もう、観念しなければいけないのだろうか。リンは、ふるふると頭を振った。

 四人には「大野真凛は、厄介な存在だからどうにかしなければならない」とだけ伝えていた。具体的にどうすべきなのかを伝えるのは憚られていたが、いよいよ伝えるときがきたのかもしれない。


「リンちゃん……?」


 気遣うように遠慮がちな紗雪さゆきの声で我に帰る。気が付くと四人の目は、真っ直ぐリンに向けられていた。


「そういえば……」


 弘大こうだいが、おずおずと口を開く。


「リンちゃん。大野をどうにかしなきゃいけないって言ってたよね?」


「言ってた!」


 紗雪がすかさず同意する。


「どうにかするっていうのはさ、具体的にどういう意味なの?」


 弘大の目を真正面から受け止め、リンは微笑んだ。

 ひとまず、大野真凛を具体的にどうするべきかを伝えることにする。しかし、自分が何者であるか——を告げるのは、まだ決心がつかなかった。


「殺さなきゃならない……って言ったらどうする?」


 四人がそろって息をのむ。リンの答えがよほど予想外だったのか、誰一人として言葉を発しない。


「……なんてね。そんなことは言わないから安心してよ」


 四人の反応に、リンは少しばかりひるんでしまった。いきなり強い言葉を使いすぎたかもしれないとすぐに後悔する。

 しかし、過程はどうあれ、四人は——、いや、リンを含む五人は、大野真凛をのだ。


「リンちゃん……。こんなときに……変なこと言うのはやめてよ」


 沈黙を破ったのは、弘大だった。

 リンは形の上では一応謝ったが、すでに自分が発した強い言葉を取り消すことはしなかった。


「でもね……。結果としては、そういうことになるかもしれない。直接誰かが手を下すわけではないけど……。そうしないと、みんな永遠に秘密基地ここに囚われることになるの。元の生活に戻りたかったら、結局は大野真凛を……殺すことになるんだよ」


 根拠はなかった。

 けれど、ここがリンと大野真凛が作った世界であるならば、きっとそうなるだろうと思った。大野真凛は、目的を果たすためならば、何度失敗してもめげずに首吊りを繰り返す。あの狂った目は、そんな未来を約束していた。

 誰も望まないはずの未来。


『あなた望んだんでしょう!?』


 大野真凛の言葉がよみがえる。

 そうなのかもしれない、と今更ながら思った。大野真凛の言うとおりだ。リンは、大野真凛と同じことをどこかで確かに望んでいた。


 四人に動揺が広がる。

 お互いに顔を見合わせ、やがてリンの真意を探るように視線を戻す。

 中でも一番取り乱していたのは、雅臣まさおみだった。その雅臣がリンに尋ねる。


「僕たち元に戻れるの? それで? そのためには大野さんを殺さないといけない? ……ごめん。色々と情報がありすぎてすぐには飲み込めないよ」


 リンは、雅臣の疑問に応える。


「たぶん……ううん、間違いなく大野真凛は秘密基地ここで首を吊るよ。そのとき、みんなは何もしちゃダメ。あのときみたいに助けちゃいけない。発見もしちゃいけないの」


 再び四人が息を呑んだ。時間が止まったように誰一人として動かない。しばしの沈黙のあと、リンの言葉を引き出した責任を取るように雅臣が、結論を促す。


「うん。大野真凛を完全に見殺しにしなくちゃいけない。そうすれば、みんなは元の世界に帰れるよ」


 リンは、四人の顔を順番に見回してから断言した。

 四人が元の世界に戻れるかどうか、本当のところは、リンにも分からない。けれど、それを餌にすれば、四人は渋々ながらもリンの言うことを聞くのではないかという打算があった。


 だから、達哉の「元の世界に帰れなくてもいい」という言葉は、少し意外だった。そして、その後の、達哉が四人に向けた敵意には、心底驚かされた。

 敵意の源となったのは、仲間だと思っていた三人に罪を背負わされたという後ろ暗い思いの残滓。完全に記憶が戻ったわけではないようだった。それが余計に厄介だった。

 達哉は、雅臣や弘大、紗雪が見せた優しさを一切覚えていない。その口ぶりから、ただ、三人に罪を着せられ、見捨てられたものだと思っているようだった。


「たっちゃん……。それは、違うよ……」


 リンは、それだけ言うのが精一杯だった。しかし、それでは達哉は納得しない。

 また、仲良し四人組が壊れていく。二度と見たくないと思っていた光景が、リンの目の前で再び繰り返されようとしていた。


「リンちゃん……。いつから……いつの間に……?」


 絶望の淵に立たされたリンの耳に、紗雪の声が届く。その真意が分からず、リンは紗雪に尋ね返した。


「さっちゃん? 何が?」


「いつの間に、私たち……。いつから、どうして、こんなことになっちゃったの?」


 紗雪の顔は、それまでの遠慮がちに尋ねる紗雪とは明らかに違って見えた。

 紗雪の質問は、今の四人の状況を問うているのではないとリンは直感的に判断した。

 きっと、仲良し四人組が壊れてしまったあの日のことを問うているのだ。本当はそう思いたかっただけなのかもしれないが、リンには、幾度となく窮地を救われた野生の勘があった。


「分からない。でも、きっかけは大野真凛の首吊りだよ。みんなを取り巻くことの元凶は、すべてあの事件がその中心にあるの」


 リンは静かに答えた。答えながら、「分からない」とはこの期に及んで卑怯だと自嘲した。

 そして、全て話してしまおうと思った。自分が猫であったことも、一度死んで今の姿になっていることも、死ぬ間際に起こした不思議な力でみんなを巻き込んでしまったであろうことも——、全て話してしまおう。自分のしてしまったことも、その責任もすべて――。

 紗雪は「どうしてこうなった?」と言った。そんなの決まっている。大野真凛とリンのせいなのだ。


「ごめん、分からないって言うのは嘘。実は……あたしのせいなの」


「リンちゃんの……せい?」


「うん。あたしがね、みんなを大野真凛が首吊りをしているその瞬間の秘密基地ここまで連れてきたの」


「それって……」


 四人の声が揃う。四人の目が、信じられないとリンを見た。


「つまり、俺のキーホルダーを盗んで秘密基地ここまで走ってきた猫が、お前だって言うのか?」


 達哉の声は、心なしか震えていた。リンは、達哉のその表情に少なくない違和感を覚えた。

 

 野生の勘が告げる。


 たっちゃんは、本当はもう思い出している——?


 そう告げる一方で、野生の勘は『目を塞げ』とも告げる。

 相反する思考の中で、リンは堪らず自らの野生の勘に蓋をした。リンの人生の中で二回目のことだった。

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