第46話 元猫の少女
リンは、目の前で起きた出来事に驚いていた。けれども、死んだと思って以降、いくらか不思議な出来事に対する免疫ができているらしい。すぐに「そんなこともあるか」と受け入れてしまっていた。
対して、そんな免疫がない四人は、戸惑った様子で狼狽えている。四人が狼狽えれば狼狽えるほど、リンは落ち着くことができた。
落ち着いて考えてみると、これまでに起こった不思議な出来事の理由がなんとなく分かった気がした。
これはリンが望んだことなのだ。そして、大野真凛が望んだことでもある。
四人の姿が子供になったのは、時間が巻き戻ったからに違いない。リンも大野真凛もそれを望んでいた。あの頃にもう一度もどりたいと望んでいた。
そして、リンは人間になって四人の輪に加わりたいとも願った。
大野真凛は——。
きっと、
リンと大野真凛。そして、仲良し四人組はタイムスリップしたのだ。リンを除く五人は、その当時の姿になった。リンは人間になった。
大野真凛は、きっとまた首を吊る。この場所で、四人に――、特に達哉に見せつけるために。
そこで、リンはある考えに思い至った。
――四人は、大野真凛を殺さなければならない。
大野真凛は、また首を吊る。
それならば、今度は助けなければいい。今度は、達哉一人にその罪を背負わせてはいけない。四人でその罪を共有すればいい。
そうすれば、壊れるのは大野真凛だけだ。大野真凛が壊れるのは、ある意味で本人が望んだことなのだから仕方がない。
リンはそう考え、そして、決意した。
決意が固まると自然と顔が上がる。視線の先で、曇った窓ガラスに映る達哉と目があった。
リンはガラス越しの達哉に、にっこりと微笑みかけると、口を開いた。
もう声が届かないとは思わなかった。ここはリンが望んだ世界なのだから。
「ちょっと、ちょっと!! みんな、急にどうしちゃったの!? そんなに驚いちゃって」
「君は……。いったい、誰?」
予想どおりだった。リンの声は、四人にしっかり届く。
リンは、生まれて初めて自分の名前を名乗った。達哉が付けてくれた大切な名前。
「あたし? あたしはリンだよ。どうしちゃったの? みんなして記憶喪失? それとも、幽霊か何かに憑依されちゃった? そっか!! お盆だもんね」
もしかしたら、猫のリンだと気づいてもらえるかもしれないと期待したが、その期待は叶わなかった。
口調は自然と早口になる。リンは少しだけ緊張していた。達哉と言葉を交わすのは初めてのことだった。
気づいてもらえなかったからといって、自分からみんなに可愛がってもらっていた猫のリンだと言うことはなかった。それを言ってしまうと偽物になってしまう気がした。
リンが四人のフルネームを告げると、四人の表情はみるみるうちに変わっていった。幽霊にでも遭遇したような顔でリンを見つめている。驚きと少しの恐怖が浮かんだ顔が並ぶ。
「どうして自分たちのことを知っているのか」という疑問には「友達だから」と答えた。嘘はついていない。
けれど、本物の人間であるフリをするために嘘をつく必要もあった。例えば、人間の子供は学校に通っているはずだ。達哉たちはそうだった。
学校に通ったことがないリンは、学校がどんなところであるかは分からなかったが、ここがリンの望んだ世界であるならばどうにでもなると思った。
だから、リンが知る限りの本当のことを交えて、リンと達哉たちは仲良し五人組だと言った。クラス分けは、達哉と同じクラス。弘大だけが別のクラスだと答えた。
質問が手紙のことに及ぶと、リンはまた少しだけ緊張した。あの事件を忘れてしまったように見える四人の前で、大野真凛の名前を出すことに抵抗があった。
四人の質問に答える中で、一つだけリンを悲しくさせることがあった。それは四人とも「リン」という名前に反応を示さなかったことだ。
リンはどこかで「あの猫の!?」というような反応を期待していた。そんな反応があれば、嬉しさのあまり思わず答えてしまったかもしれない。「そうだよ! あたし!! あの猫のリンだよ」と。
試しに達哉から貰った鈴を掲げてみた。それでもやはり反応はない。落ち込んでしまう心を誤魔化すように言葉をつなぎ続けた。
よくよく見てみると達哉だけは、なにやら様子がおかしいことに気がついた。そして、達哉の口から出た言葉にリンは躍り上がりそうになった。
「リン……。俺とお前は、どこかで会ってないか?」
会っている。会っているに決まってる。冗談めかして「今、会っている」と言っても、達哉は真剣なままだった。
もしかしたら、思い出してくれたのではないかと思ったが、それっきりだった。
それでも、わずかにではあるが、達哉の中にリンの記憶があることが分かった。それだけで悲しみは和らいでいた。
今はこれだけで充分だ。リンはそう思って、「また明日ここに集まろうね」と言って、その日は四人を秘密基地から送り出した。
四人が秘密基地を去ってからしばらくして、リンはふいに、何の前触れもなく
さっきまで目の前にいた弘大は、いつも必ず身につけていたはずの指輪を身につけていなかった。だからどうしたというわけでもないのだが、リンは妙な胸騒ぎを覚えていた。
猫だったころの野生の勘が僅かに残っているらしい。その野生の勘が、リンに告げる。
——その胸騒ぎを無視してはいけない。
猫だったころは——、その勘に何度も救われている。だから、迷わなかった。
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