第45話 共鳴

 リンが目を向けると、そこには達哉たつや弘大こうだいが立っていた。達哉の姿を見た途端、リンの身体中をそれまで感じたことがないほどの喜びが駆け巡る。


 ——たっちゃんだ!! たっちゃんだ!! たっちゃんだ!!


 リンの頭の中は、達哉のことでいっぱいになった。


「たっちゃん!! たっちゃん!! たっちゃん!!」


 頭の中の言葉をそのまま口に出しても、その声は誰にも届かない。


 その場にいる全員が、リンなど初めから存在しないかのように振る舞っていた。


「あっ!! たっちゃんにこうちゃん!! やっぱり来た。だから、来るって言ったじゃん。はい、まさくんの負けね。あとでジュース一本だからねっ」


「たっちゃんあたりは、来ないかと思ったんだけど……来るか。……って、僕も来てるから人のことは言えないけど」


 嬉しそうな紗雪さゆきと冷静な雅臣まさおみの声が、達哉と弘大を出迎えた。二人の声は、リンの声と違って達哉と弘大に届いている。そんな当たり前の光景が、リンの存在を異常なもなのだと告げているようだった。


 どうして自分だけ蚊帳の外に置かれているのだろう。夢でも見ているようだった。

 不安や焦りはあったけれど、それを打ち消すくらいあの頃のように達哉が仲良し四人組として秘密基地にいることが嬉しかった。

 喜びのあまり、リンはその違和感に気がつかなかった。


「久しぶりだな! 二人とも」


「そう言うこうちゃんは、だいぶ変わっちゃったね〜。イッカついもん!! もう誰かにイジメられて、私たちに助けられる!! なんてことは、なさそうだね」


「まぁな。なんなら、俺がお前らを助ける側だな」


 四人は再会を懐かしんだ。そんな四人を見ていると、リンも懐かしくなる。もう長い間、四人が揃うところを見ていない。


「みんな!」


 ついいつもの調子で声を上げる。その声は、いつものような「にゃおん」と言う鳴き声ではなく、人の言葉となってリンの口から飛び出していった。

 しかし、やはりその声はリンの耳にしか入らない。


「そんなことよりよぉ。あの手紙。さっちゃんが、出したんだろ? さっちゃんの誘いだから来たけどよ、今更、秘密基地に集まってどうするんだ?」


 四人の話は、大野真凛おおのまりんの手紙に及ぶ。そこでリンは、大野真凛の意志を思い出した。

 そうだ。ここに四人を集めたのは、大野真凛なのだ。何か思惑があるに違いない。それも四人にとってはあまり好ましくない思惑が。

 みんなに伝えなければならないと、いくら思っても、リンの声は届かない。リンの姿は、四人には見えない。何故だか分からないが、四人とリンの間には分厚い壁があるようだった。


 どうすればその壁を破れるのか考えるうちに、不思議と冷静さを取り戻していった。冷静さを取り戻したところで、リンはようやくその違和感に気がついた。

 その違和感は初めからそこにあった。


 初めはあまり気にしていなかったが、達哉が秘密基地ここにいることがそもそもありえない——、とまではいかないが、考えにくいことなのだ。リンの知る限り、達哉が秘密基地を訪れるのは、あの事件――大野真凛の首吊り事件があって以来、初めてのことだ。


 四人がやけに楽しそうなのも気になった。

 四人はあの事件以前の四人と同じように、はしゃいでいる。まるで、あの事件自体がなかったかのように――。


 けれど、そんなこと意識してできるわけがないのだ。

 そう思うと最初は喜ばしかった四人の姿が、急に恐ろしいものに見えてくる。

 このまま、また四人が仲良く過ごしてくれるのであれば、それはリンが望んだことのはずだった。

 しかし、リンの心が告げる。


 ――このままでは、絶対にダメだ。


 そう思うリン自身、理由はよく分からなかった。けれど、何故だかあの事件を無かったことにしてはいけないと強く思った。

 あの事件はなかったことになどならない。なかったことになどできない。それは、四人のためであり、大野真凛のためでもあった。


「みんな、おかしいよ!! 絶対におかしい!! 目を覚ましてっ!!」


 気がつくとリンはまた大声で叫んでいた。

 無駄だとは分かっていても、叫ばずにはいられなかった。


「たっちゃん!! まさくん!! こうちゃん!! さっちゃん!! みんな!!」


 誰にも届かない声。それでもリンは届くと信じて叫び続けた。


「誰でもいいから、あたしをそこに連れて行ってよ!! 不思議な力でもなんでもいい!! お願いだからっ!!」


 その瞬間、リンの胸元の鈴がそれまで聞いたことがないくらい大きく、長く鳴った。

 そして、リンの願いと共鳴するように鈴が震える。続けて、大きな地震のように秘密基地がグラグラと揺れ始めた。

 揺れに呼応して、リンの瞳に映る四人の姿がブレていく。自分が揺れているからブレるのか、みんなが揺れているのか、秘密基地が揺れているのか―—、それともそのすべてなのか。リンには分からなかった。ただ、どうすることもできずその揺れに身を任せる。

 しばらくして、その揺れがひときわ激しくなったとき、また鈴が独りでにチリンと、今度は短く音を鳴らした。

 その音を合図に、揺れていた四人の姿はみるみる小さくなっていく。そのまま消えてしまったらどうしよう、などと思う間もなく、あっという間に四人はリンのよく知る、あのころの姿になっていた。

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