第44話 封された意志
侵入者が
真っ先に思い出されるのは、
ここで飛び出したら、紗雪は驚くだろう。そして、夏菜子のように逃げ出してしまうかもしれない。突き飛ばされるかもしれない。拒絶されるかもしれない。
それは、自分が偽物の人間だから——、と思い至って頭を二、三度ブンブンと振る。
紗雪は、飛び出してきた少女がリンだとは思わないだろう。紗雪にとって、リンはただの野良猫だと自虐的に思う。
今すぐにでも、紗雪に頭を撫でてもらいたい。そんな思いを抱えながら、リンは静かに紗雪の様子を伺っていた。
そして、ふいに、紗雪が大人であることに気がついた。
おかしい——、と思った。
けれど、目の前の紗雪はどう見ても大人だ。ほんの数日の間に大人の紗雪と子供の夏菜子が存在していたことになる。
時間の感覚が狂っているのだろうか。ほんの数日だと思っていたが、知らぬうちに長い時間を秘密基地で過ごしていたのだろうか。
混乱する頭にふと、別の疑問が湧く。
大人の紗雪は、なぜ秘密基地にやってきたのだろう。
子供の頃ならいざ知らず、大人になってから仲良し四人組の誰かが秘密基地を訪れるのを、リンは見たことがない。毎日見張っていたわけではないから、リンの知らないところで秘密基地を訪れることもあったのかもしれない。
そうだとしても、なにか理由があるはずだ。子供の頃のように、ただなんとなくみんなで集まれるからという理由ではないことは明らかだ。
しばらく観察していると、紗雪の手に封筒が握られていることに気がついた。
可愛らしい黒猫のキャラクターがあしらわれた封筒。
見覚えがある。病室で見た封筒。
思い至って「あっ」と小さく声を漏らす。それとほぼ同時に、再び入口が音を立てて開いた。
そこには、
雅臣は、秘密基地に入るなり、「あ、さっちゃん。さっちゃんも手紙で?」と言って、紗雪が持っていた封筒と同じものを顔の前でひらひらと振った。
「まさくん!! 久しぶりだね」
紗雪は一瞬驚いた顔をしたが、雅臣だと分かると一気に顔を綻ばせた。
「そうだっけ? 最近、時間が経つのが早いから。もう歳かな?」
「あはは。やめてよ。まさくんは歳でも、私はまだまだ若いもん!! それ。まさくんのところにも手紙、来てたんだね」
「いやいや、同い年でしょ。ていうか、これ出したのさっちゃんじゃないの?」
「えぇっ!? 違う違う!!」
「そうか。可愛らしい封筒だし、僕はてっきりさっちゃんかと……。てことは、たっちゃんかこうちゃんの趣味ってこと……? う〜ん、想像つかないな」
紗雪が久しぶりだと言った割には、二人の会話からは久しぶりのよそよそしさは感じられない。リンは、それが心底羨ましかった。
それと同時に、さっきまで必死で押さえつけていた衝動が消えていることに気がついた。いつのまにかリンは、出て行くのが怖くなっていた。
紗雪は、雅臣は、二人がお互いにそうしたようには自分を受け入れてくれないのではないか。猫だったから優しくしてくれていただけなのではないだろうか。
現にあれだけ優しかった夏菜子は、リンを容赦なく突き飛ばした。そして、尻餅をつくリンを見ることもなく駆け出してしまった。
自分が猫ではないから。人間らしくないから。偽物の人間だから——。
もしかしたら——、いや、きっと、紗雪も雅臣も
そう思うと怖くて仕方がなかった。
「たっちゃんとこうちゃんは、まだ? ……って来るのかもわからないけど……」
「うん。でも、絶対来ると思うよ」
紗雪は、にっこりと笑う。根拠などないはずなのに、確信しているようだ。
「自信満々だね。それじゃあ来なかったらジュース一本ね?」
「望むところだよ! 来たらまさくんがジュースだからね」
紗雪と雅臣はお互いに冗談めかして笑い合った。来ない方にベットした雅臣も、達哉と弘大が来ないと本気で思っているわけではなさそうだった。
リンも、弘大と達哉はやってくると確信していた。
仲良し四人組をここに集める強い意志をリンは知っている。
大野真凛の病室で見たあの封筒。そして、手紙。手紙に書かれていた読めなかったはずの文字が、今になってリンの脳内に意味を持って浮かびあがってくる。
大野真凛は首を吊って自殺しようと決めたとき、自分の死後、秘密基地に四人を集めようと思っていた。
実際には、自殺は未遂に終わってしまったが、皮肉なことに自らが四人を集めようと望んだ十年後に大野真凛は死んでしまった。リンとともに——。
四人を集めて何をしようとしているのかまでは、リンには分からない。しかし、紗雪や雅臣の手に握られた封筒に、大野真凛の強烈な意志が封されているのは間違いない。そして、その意志は、必ずしも歓迎できるものではないことをリンは知っていた。
漠然とした仲間の危機にリンの体は自然と動いていた。もう怖いなんて言っていられなかった。
「さっちゃん!! まさくん!!」
大きな声で二人に呼びかける。しかし、二人からは何も反応がなかった。
リンは、聞こえなかったのかな? と思い、もう一度大きな声をあげる。それでも、やはり二人から反応はない。
意図的に無視されていると言うよりは、初めからリンの声が聞こえていないようだった。
今度は二人の目の前に立って、大きく手を振ってみる。しかし、二人の視線がリンを捉えることはなかった。
見えてもいないし、聞こえてもいない。どういうことだろうと不安に思っていると
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます