第24話 手紙

 達哉たつやが秘密基地にたどり着くと、すでに全員が揃っていた。


「たっちゃん、遅かったね」


 気遣うように声をかけたのは弘大こうだいだった。

 どこか心配そうな顔をしている。それは遅れてきたことに対するものではない。

 リンを除く全員に浮かぶ、どこか罪悪感に似たものを含む表情を達哉たつやは見逃さなかった。


「あぁ。ごめん。途中でちょっとさ」


 達哉はそれには触れず、約束の時間に遅れたことを詫びた。


「何かあったの?」


「うん。ちょっと……。大野真凛おおのまりんに遭った」


「えっ……!?」


 紗雪さゆきが悲鳴のような声を上げる。紗雪の脳裏には首を吊った大野真凛の姿が浮かんでいた。苦しそうにもがく手足とは対照的に、不釣り合いなほど幸せそうな大野真凛の顔。その顔が正しい記憶に基づくものなのか、自らが作り上げた記憶に基づくものなのか、紗雪には分からなかった。


「大野さんと? 遭ったって、それで……なにか話したの?」


 仲良し四人組のリーダーは達哉だが、最も冷静なのは雅臣まさおみだ。

 大野真凛が首を吊った時も、真っ先に駆け寄って、縄から下ろし始めたのは雅臣だった。雅臣とて、内心では取り乱していたし、動転していたのだが、一歩も動こうとしない達哉を見て、自分が何とかしなければならないと即座に判断しての行動だった。


 今もそうだ。

 達哉の記憶が戻らない以上、自分がみんなを引っ張らなければならない。雅臣はそう考えていた。

 仲良し四人組のリーダーはあくまでも達哉だが、それは申し合わせてそう決まったわけではない。ただ何となく、幼いころから、考えるまでもなくそうだった。

 

 あのとき——。一度は拒絶した達哉の言葉に、全員が従った。達哉の言葉に従って、大野真凛を置き去りにした。

 全員が、心のどこかで達哉のにしていた。


 雅臣は、そのことを誰よりも後悔していた。雅臣は、仲良し四人組が疎遠になってしまった最大の原因は、大きすぎる責任を達哉に背負わせてしまったことにあると考えていた。


「大したことは話してないよ。なんか気持ち悪いことを一方的に言われただけ」


「気持ち悪いこと……?」


「うん。まぁ、それは本当に大したことじゃないんだけど……」


「けど……?」


 リンが達哉の顔を覗き込む。


「……これをもらった。受け取れって、有無言わさない感じで。半ば強引に手にねじ込まれたよ」


 達哉はわざとらしく肩をすくめて苦笑いを浮かべ、大野真凛から受け取った封筒を全員に見えるように差し出した。


「それって……」


 十年ぶりに秘密基地を訪れるきっかけとなった封筒。見覚えのある封筒に全員が息を呑んだ。


「そう。みんな、見覚えあるでしょ? リンは……分からないかな?」


 リンは、大きく首を振った。チリンと鈴が鳴る。


「リンちゃんも知ってるの?」


「……うん。知ってる」


「……そっか」


 どこか悲しげで、わずかに苦しそうなリンの表情を見て、紗雪はそれ以上、尋ねるのをやめた。リンの反応はもちろん気になったが、それと同じくらい目の前の封筒が気になった。

 なぜそれを大野真凛が持っていたのか。単なる偶然なのか。それとも――。


「その封筒……。秘密基地ここに集まろうって書いてよこした封筒と同じ……だよね? ねぇ、たっちゃん。それを大野さんから受け取ったの?」


「そうだよ。待ち伏せしてたみたいに現れて、渡したい物があるって……」


「そうか……」


 雅臣は顎に人差し指を当てて何やら考え込む。


「たっちゃん。その封筒、開けて中を見たの?」


 黙ってしまった雅臣に代わって尋ねたのは弘大だ。


「いや……。まだ……。なんか、怖くってさ」


 達哉は恥ずかしそうに汗で湿った頭を掻く。

 実際、見た目こそ小学生だが、中身は大人だ。そんな大の大人が一封の封筒に怯えているなど、恥以外のなにものでもない。

 だが、だれもそれを茶化すことはなかった。みんな達哉と同じように封筒に、そして、大野真凛に、はっきりと恐怖を覚えている。


「俺たち、これと同じ封筒で秘密基地ここに呼び出されて、それで……。タイムスリップしちゃったわけでしょ?」


 達哉はチラリと横目でリンを見る。リンは達哉の持つ封筒を無表情で見つめていた。


「一人で開けて、俺だけまたタイムスリップなんてことになったら嫌だしさ。俺一人だけなんて……そんなのないじゃん」


 達哉の言葉に、リンを除く三人は「なるほど」とうなずいてみせた。それぞれが自分がもし達哉の立場だったら、やっぱり一人では開けられないなと思っていた。


「悪いんだけど、これ開けるの、みんなも付き合ってくれる? もし、またタイムスリップしちゃったら、そのときはごめん」


 達哉は冗談のつもりで言ったが、誰も笑わない。

 みんな、どこかで手紙がタイムスリップに関係していると思っている。その手紙が入っていた封筒と同じものを、達哉はその手に持っていた。それを達哉に渡したのは、二年後に秘密基地で首を吊る大野真凛だという。

 そんな曰く付きの封筒を開けて、その結果またタイムスリップするかもしれないと言う達哉の言葉は、まったく冗談になっていなかった。


「あぁ……。ごめん。笑えないよね」


 また、湿った頭を掻く。達哉の頭は、さっきよりもいくらか湿り気が増していた。


「えっと……。それじゃあ、これ。開けてみようか」


 気まずいものを感じながら提案すると、全員が黙ってうなずいた。

 それを確認した達哉は、ゆっくりと封筒の端っこに切れ込みを入れる。切れ込みがある程度深くなったところで一気に引き裂いた。引き裂いたところに息を吹き込んで中を確認すると、一枚の手紙が入っていた。


「それ……手紙?」


 隣で見ていたリンは、まじまじと見つめながら独り言のように言った。


「なんて……書いてあるんだろう……」


 紗雪が恐る恐る尋ねる。


「ちょっと待って。みんなで一緒に見よう」


 達哉はそう言って、みんなが見やすい場所まで移動してから、三つに折りたたまれた手紙を開いた。


 そこには短く乱雑な文字で『絶対に許さない』とだけ書かれていた。

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