第23話 遭遇
——翌日。
「くそっ。なんで俺だけ思い出せないんだよ……」
そんな言葉が思わずこぼれる。戻らない記憶は、一夜明けても変わらなかった。
達哉を除く三人の記憶が戻ったことで、ショッキングな事実が明らかとなった。それまで、なんとなくぼんやりとしか認識できなかった仲良し四人組が背負った十字架。その実体が浮き彫りになった。
達哉たち四人のせいで、
客観的に考えれば、一義的な責任は首吊りという愚かな行為に及んだ大野真凛にある。あの日、達哉たちが秘密基地を訪れたのは予定されていたものではなかったし、仮にすぐさま適切な処置を施していたとしても、結果は変わらなかったのかもしれない。
けれども、当時の達哉たちは、それを自分たちの責任だと感じた。『大野真凛がどうなってもいい』という未必の故意がその責任を重くした。
記憶が戻った三人は、あの日から約十年が経過しているにも関わらず、当時と同じようにその重責を再び負うこととなった。
記憶が戻らない達哉にしても、事の重大さは十分に認識できていたし、そこに実感が伴わないだけで、すべては自分の責任だと感じている。
そして、うっすらとだが、当時の三人は自分に責任をなすりつけたのではないか、という黒い感情が達哉の中に芽生えつつあった。いつかどこかで感じたことのある感情だった。記憶は戻らないが、感情だけが戻ったような感覚。
その黒い感情は、なぜだかリンへは向けられていないように思えた。そのことが不思議でならない。
達哉は、それまで以上にリンのことを知りたいと強く思うようになっていた。
リンは「大野真凛をどうにかしなければならない」と言った。
達哉は、ある時から漠然と自分たちがタイムスリップしてしまったことにリンが少なからず関係していると思っていた。理屈ではなく直観。何故だか間違いないという確信があった。
「大野真凛をどうにかしなければならない」というのは、リンの正体を知るためにはどうすればいいか——という文脈で出てきた言葉だ。大野真凛をどうにかすることで、リンの正体に迫ることができ、その結果タイムスリップの真相にたどり着ける。
しかし、達哉はタイムスリップの真相などどうでもよかった。元の世界になど戻りたくない。ただ、リンの正体は無性に気になった。そこに何か自分にとって大切なものがあるような気がしていた。
リンは「大野真凛はやっかいである」とも言った。そのやっかいの片鱗は首吊り事件から、十分にうかがい知ることができる。
——大野真凛とは、いったいどういう人物なのだろうか。
ふとそんな疑問が達哉の脳裏に浮かぶ。記憶にないのではなく、元から知らないのだろうと思った。
一晩中あれこれ考えたことで達哉の頭はショート寸前だった。もしかしたら、いつまでも消えない残暑のせいもあったのかもしれない。
だから、突然かけられたその声に達哉は無防備だった。
「
不意に聞こえてきた自分を呼ぶ声に足を止める。キョロキョロと辺りを見回すと、沿道に植えられた大きな木の陰から一人の少女が姿を現した。
見覚えのある少女——大野真凛だった。
「お、大野……?」
思わずこぼれた達哉の言葉に大野は一瞬、怪訝な表情を浮かべる。しかし、すぐに笑みを浮かべて、喜びの表情に変わった。
「うわぁ~。嬉しいなぁ!! 浅川くん、真凛の名前覚えててくれたんだぁ~」
妙に甘ったるく、媚びるような声の大野は、大げさに両手を広げてから、それをクロスするように巻き付けて自分の身体を抱きしめた。
「ねぇ、浅川くん。急いでるみたいだけど、どこに行くのぉ~?」
「ひみ……」
「秘密基地」と答えかけて思いとどまる。ショート寸前の頭が辛うじて、答えるべきではないと警告を発した。
目の前の少女が、約二年後、あの秘密基地で首を吊ることになるとは想像もつかない。けれども、どこか尋常ではない雰囲気をその少女から感じていた。
「ひみつ……?」
「そ、そう、秘密。お前に教える筋合いないし……」
「え~、いじわるぅ~。ねぇねぇ。ちょっとだけ時間、いいかなぁ?」
警戒心から冷淡な口調となった達哉に対して、大野は少しも怯まない。達哉の懐に入り込むようにして、両手を合わせる。お願いのポーズらしい。
「時間? なんだよ。俺、いそいで……。あ、いや、まぁ……ちょっとくらいならいいいけど……。なんだ?」
最初はすぐにその場を離れようと考えた達哉だったが、その考えを発言中に改める。目の前の大野真凛は、リンによればなんとかしなければならない相手だ。そのためには、大野のことを知る必要があるのではないかと思った。
達哉は、大野真凛のパーソナルなことを何一つ知らない。
「ホントぉ? 嬉しいなぁ~。そんなに時間はかからないはずだから。ちょっと渡したいものがあるだけなの」
「渡したい、もの……?」
「うん。なんだと思う?」
大野真凛はいたずらっぽく笑う。その顔が達哉にはなんだか恐ろしいものに思えた。ゾクリッと冷たいものが背筋を這う。
「わ、分かるわけないだろ。なんなんだよ」
強い口調になった。恐怖心を悟られたくなかった。達哉の内心を知ってか知らずか、大野真凛は細い糸で釣り上げているかのようにゆっくりと口角を上げる。
「うふふふふ。嬉しいなぁ~。浅川くんとこんな風にお話ししたのって、初めてだよねぇ? 同じクラスになったこともないし……。だから、今、真凛はとっても幸せ~。こんなことなら、もっと早く勇気を出して話しかけたらよかったよ。あ、話したこと、あったかぁ。でも、そのとき真凛は、フラれてるんだよねぇ~」
「おい、くだらないこと言ってないで、早く用件をすませてくれよ」
放っておけばいつまでも一人で達哉への想いを語り続けていそうな大野真凛を強い言葉で制する。大野真凛は、そんな達哉の強い言葉にも全く動じることなく、ニヤリと怪しげに笑った。
「そうだね。浅川くん、急いでるんだもんね。それじゃあ、これ。受け取ってね」
そう言って大野真凛が差し出したのは、一封の封筒だった。拒否権はないとばかりに達哉の手のひらにそれをねじ込む。
「今はまだ開けないでね。目の前で読まれると恥ずかしいから……。じゃあね。また、お話ししてねぇ~」
達哉が封筒を受け取ると大野真凛はその場から去って行った。
達哉の手に残された封筒には、可愛らしい黒猫のキャラクターがあしらわれていた。
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