第22話 重たい十字架
「たっちゃん!! ちょっと……大丈夫!?」
リンの声で達哉は我に返る。気付かぬうちに床に横たわっていた。背中に感じる秘密基地の床の温度は、体温とほとんど変わらず生温かい。
その場にいる全員が、心配そうに達哉の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫!? ショック……だったよね。ごめんね、たっちゃん。まさか……あんな風になるなんて、あたしも思ってなかったの。まさか、たっちゃんが、あそこまで
達哉は、すぐには応えることができなかった。頭を整理するためにリンの言葉を無言のまま手のひらで制する。達哉の頭の中には、
——僕たちは、どう見ても放っておいたら大変なことになるだろう大野さんを置いて、
俄かには信じがたいことだった。けれど、疑う余地などないように思える。なにしろ、達哉を除く全員がそうだと言っているのだ。
記憶を取り戻せていない達哉に対して、四人がそんな悪趣味な嘘を吐く理由がない。
仲良し四人組がしたこと——達哉が三人にさせたこと——が事実であれば、とんでもないことだ。起こり得る最悪の結果を考えれば、子どもがほんの出来心でやったことではすまされない。
当時の四人にとって、心への負担は相当なものであっただろう。その時は意識していなかっただろうが、図らずも一生背負うことになる重たい十字架だ。
達哉はその重さを今現在、共有できていない。そのことが歯がゆかった。一緒に背負ったはずなのに——。自分が背負わせたものなのに——。
その重みを感じることができない
「たっちゃん、ごめんね。たっちゃんを責めようっていうわけじゃないんだ。たしかに言い出しっぺはたっちゃんだったけど、みんな心のどこかで大野さんを助けることには抵抗があったんだよ」
ようやく気が付いた達哉を見て安心すると同時に、そう言って、雅臣は眉を下げた。
「うん。たっちゃんが言い出さなくても、俺が言い出してたかもしれない。やっぱり、いじめっ子の大野を助けるって、なんか納得いかなかったし……。ましてや、当てつけみたいに俺たちのお気に入りの場所で、あんなことするなんてさ」
「それに、私たち……。放っておくことは止めなかったんだよ。真凛ちゃんを見つけたときは、それが誰なのかも良く分かってなかったし。それに、焦ってて……。縄から下ろすのは、ほとんど無意識に動いてたの。だけど、下ろしてからは結構冷静だったよ。その冷静な頭で、たっちゃんの言うことをきいたの。だから、たっちゃんだけが悪いわけじゃないよ」
労わるような表情と苦悶の表情が同居した
「それで……。大野はどうなったんだ……?」
達哉は三人の言葉には応えずに、続きを話すようにうながした。もう声は震えていない。
「うん……。大野さんは、僕たちが
代表して雅臣が答える。
達哉は、ごくりと生唾を飲み込んだ。カラカラに乾いた喉を、生暖かく粘り気の強い唾がゆっくりとおりていく。
発見された大野真凛は、どのような状態だったのか。自分で質問しておきながら、その答えを聞きたくない。複雑な心境だった。
「結論から言うと、大野さんは助かったよ」
達哉はそれを聞いて安堵した。しかし、続く雅臣の言葉が、達哉の安堵を打ち払う。
「助かりはしたけど……。重い障害が……。残ったんだよ。首吊りの結果、脳に十分な酸素が回らなかったからなのか、それとも蒸し暑いところに長時間放置されて熱中症になったからなのか。どちらかは分からないけど……」
重い障害。
具体的にどのような障害なのか、雅臣は明言を避けた。詳しく知らないということもあるが、何より自分たちのせいで引き起こされた他人の不幸を事細かに口にすることに抵抗を覚えていた。
しばらくの沈黙が、秘密基地を覆う。
口にすべき言葉が分からない。膠着状態にも似た気まずい空気が、蒸し暑い空気と相まってへばりつくように五人の肌に触れる。
「それで、大野は突然学校に来なくなったってわけか。いや、正確には来られなくなった……が、正しいのか……」
沈黙を破って口を開いたのは、達哉だった。
独り言のように漏らした達哉の言葉は、秘密基地の中を空しく漂った。すぐに反応する者はいない。
達哉以外の全員が、大野が負った障害の深刻さを知っている。
大野はあの日以来、寝たきりに近い状態となり、コミュニケーションをとることができなくなった。体のほとんどが麻痺してしまい、動かすことができず、言葉を満足に発することもできない。
達哉たちの知るところではないが、医師の所見では低酸素脳症とのことだった仮にあの日、仲良し四人組が即座に救急車を呼ぶなりして適切に対応をしていたとしても、結果は同じだったのかもしれない。
しかし、当時の達哉たちは自分たちの責任だと信じた。自分たちが、半ば未必の故意をもって深刻な状態の大野を秘密基地に放置した結果、大野は取り返しのつかない障害を負った。当時の達哉たちは、そう思わざるを得なかった。
そして、誰からともなく四人で集まることをやめた。
中学一年の夏休み。初日の出来事だった。
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