第21話 あの日の真相

 達哉たつやは懸命にその記憶を探る。しかし、その一端すらつかめそうにない。


「こうちゃん。それ、本当なの?」


 弘大こうだいを疑うわけではないが、達哉にはどうにも信じられなかった。


「うん。間違いないよ。自分でも不思議なんだけど、今さっきあった出来事みたいに鮮明に思い出せる。忘れてたのが嘘みたいだよ」


 弘大の話を聞いても雅臣まさおみは何も言葉を発しない。驚きっぱなしの達哉とは違う。仮に弘大の話に心当たりがあったとしたら、何かしらの発言があるはずだ。

 紗雪さゆきも同じように心当たりはないようで、何も思い出していないように思えた。


 つまり、弘大の記憶以外に、弘大の発言を裏付けるものはない。けれど、弘大の訴えるような感覚に思い当たる節がある達哉は、ひとまず弘大の話を全面的に受け入れようと決める。


「分かった。こうちゃんを信じるよ。俺にとって、そのキーホルダーはものすごく大切なものだったんだね? だから、それを盗んだ猫を汗だくになりながら必死で追いかけた。それで、その猫を追いかけてこうちゃんの家まで行った俺は、そのあとどうしたの?」


「それで、たっちゃんは俺に一緒に猫を追いかけるように頼んだんだよ。俺はもちろんオッケーして、一緒に猫を追いかけた。追いかけると猫はまさくんの家、さっちゃんの家って順番に逃げて行って、結局みんなでその猫を追いかけることになったんだよ。そして、最後に行きついたのが、秘密基地ここってわけ。今思い返せば、まるでみんなを秘密基地ここに連れてきたがってたみたいだった」


 今さっきあった出来事みたいに思い出せると言った割には、どこか遠い思い出を懐かしんでいる風だった。


 唐突に「あっ……」と紗雪が嘆息する。


「さっちゃん……?」


 全員が声を合わせて紗雪を覗き込んだ。

 少しだけ呆然としていた紗雪だったが、すぐに意識を取り戻す。しかし、浮かない表情をしていた。


「ごめん……。私も思い出した……」


 紗雪はそれだけ言うと押し黙ってしまった。その様子から紗雪が思い出した内容が、あまりいい思い出ではないことが分かる。


「あの日、私は亜紗美あさみとうちで遊んでたんだよ。ちょうどお昼頃だよね。たっちゃん、まさくん、こうちゃんがそろってうちに来たの。確かに猫を追いかけてるって言ってた。たっちゃんの大事なキーホルダーを猫が盗んだからって」


 紗雪の口調は自然と早口になる。興奮しているのもあるだろうが、それ以上に嫌なものを早く吐き出してしまいたいという気持ちが強かった。


「やっぱり、そうだよね。じゃあ、そのあとのことも……もう思い出した?」


 深刻で、少し怖い顔をした弘大は、紗雪を思いやるように優しく尋ねた。表情と口調にギャップがあるが、そのギャップこそが弘大の胸にある複雑な感情を的確に表現している。


「……うん。私は亜紗美に家で待ってるように言って、みんなと猫を追いかけた。今にして思えば、どうして亜紗美を置いていったんだろうね? ……まぁ、とにかく、みんなで猫を追いかけてると最終的に秘密基地ここにたどり着いたんだよ。そしたら、真凛ちゃんが首を吊ってて……それで……それで……」


 緊張が走る。

 その先に続く言葉、その結果を達哉と雅臣はまだ知らない。二人は漠然と大野真凛おおのまりんが秘密基地で首を吊ったらしいことを思い出しているに過ぎない。紗雪と弘大が語る猫の存在や、達哉の大切にしていたキーホルダーについては、何も心当たりがないままだ。


「さっちゃん。俺から話すよ。ごめんね。なんか途中からバトンタッチしちゃってた」


 紗雪はフルフルと首を振る。しかし、それ以上先を語ることはできなかった。

 弘大は紗雪の肩に優しく手を置いて、小さく「大丈夫」と呟く。そして、達哉と雅臣に向き直って口を開いた。


「俺たちは秘密基地ここで大野真凛が首を吊っているのを見つけたんだ。吊ってあまり時間が経ってなかったんだと思う。俺たちが秘密基地ここに入った瞬間、大野真理は俺たちの方を振り向いて、勝ち誇ったように笑った……ように俺には見えた」


 ふいに雅臣の脳裏にその情景、とくに大野真理の勝ち誇ったような表情が映し出される。

 ——と、何がきっかけになったのか、なんの前触れもなく、雅臣は記憶を取り戻していた。


「そうだ……。それで僕は、慌てて大野さんを下ろそうとしたんだ……」


 達哉は驚いて雅臣の顔を見る。達哉だけが、まだ記憶を取り戻せていなかった。


「そう。誰よりも先にまさくんが大野さんに駆け寄って、下ろそうとしたんだよ。でも、一人じゃどうにもできなくて、俺もすぐに加勢した」


「そうだね。私もこうちゃんに少し遅れて下ろすのを手伝ったよ。でも、たっちゃんは……」


 ゴクリと達哉の喉が鳴る。


「お、俺は……どうしたんだ?」


 震える声を抑えることができなかった。記憶は依然として戻っていないのに、感情だけが先に戻ってきたような感覚があった。あの時の達哉も今と同じように声を震わせていた。


「そのまま放っておこう……って言ったんだよ……」


 達哉の心臓が一度大きく脈を打つ。蒸し暑いはずなのに、全身にゾッとするような不快な寒気を感じた。


「それで……みんなは、どうしたんだよ……」


 最悪の事態を想定してか、当時の感情がそのまま乗り移ってか、どちらであるかは分からないが、声の震えが大きくなる。


「もちろん、反対したよ!! 死なせちゃうわけにはいかないもん!! だから、たっちゃんのことは無視して、すぐに真凛ちゃんを下ろしたよ」


 怒ったような紗雪の言葉に達哉は安堵する。やはり、大野真凛は死んだわけではなかったのだと思うと、ほっと息が零れた。しかし、紗雪の言葉はそこで終わりではなかった。


「でも、たっちゃんは引かなかった。気絶してるみたいだった真凛ちゃんを置いて、さっさと帰ろうってきかなくて……」


 声を詰まらせる紗雪に代わって、雅臣が続きを引き受ける。


「それで僕たちは、どう見ても放っておいたら大変なことになるだろう大野さんを置いて、秘密基地ここから立ち去ったんだ」


 悲しそうなその瞳は、達哉を責めているわけではない。それでも達哉は目の前が真っ白になるのを確かに感じていた。

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