第20話 達哉の大切なもの

 達哉たつやには、弘大こうだいの発した言葉の意味が分からなかった。そのため、無表情のまま硬直してしまう。しかし、それも最初だけで、徐々に熱湯をかけられた氷が融けるがごとく、その意味を理解していく。


 ——大野真凛おおのまりんが秘密基地で首を吊ったことが、仲良し四人組の関係を実質的に終わらせた。


 弘大が言ったことはそういうことだ。


 達哉はもちろん、紗雪さゆき雅臣まさおみも、弘大の言葉を即座に否定することができなかった。どういう経緯でその結果に行きついたのかは依然として不明だが、疎遠になったのは事実だ。なんとなく、中学一年生の夏を境にそうなってしまったという薄っすらとした記憶もある。


「こうちゃんは、もう全部思い出したの?」


 そんな中、リンだけは一人すべての事情を知っているかのように振舞っていた。その顔に寂しそうな表情をたたえたまま。達哉たちが記憶を取り戻すことを嫌っているようにすら思える。


「うん。たぶん、思い出せた。あ、でも……」


「なに? いいよ。言っても」


 言いにくそうにする弘大にリンは助け船を出す。


「ありがとう。その……。リンちゃんのことはやっぱり思い出せてない。ごめん……」


 弘大は申し訳なさそうに顔をゆがめて頭を下げた。対するリンは、どこか安堵したように笑いかける。


「大丈夫だよ。それじゃあ、こうちゃん。みんなに話してあげて。あのとき、秘密基地ここで、なにがあったのかを」


「分かった。俺、頭悪いから、ちゃんと説明できるか分からないけど……。おかしいところはその都度訊いてくれていいから」


 弘大の目を真っ直ぐに見つめるリンに、弘大は真っ直ぐ答えた。ほかの三人も真剣な眼差しを弘大に向ける。それを受け止めて、弘大は一度深呼吸をしてから語り始めた。


「あの日は、今日と逆で夏休みが始まった日だったんだよ。暑さは今日とそんなに変わらなかったと思う。同じように蒸し暑かった。中学に上がってからは、秘密基地ここに集まる機会も減ってたよね?」


 もうすでに達哉たちが思い出しているであろう部分も、自分の記憶を確かめるように丁寧に語る。それぞれがうなずいてそれに応えた。


「だから、あの日も別に秘密基地ここに集まる予定はなかったんだよ。だけど、俺たちは集まった」


「うん。たぶんそうなんだろうね。だからこそ、僕たちは、大野真凛を発見できたわけだし……」


 弘大の言葉に合わせて、雅臣まさおみは自分の記憶を確認するように合いの手をいれる。


「そう。それじゃあ、もともと集まる予定じゃなかったのに、なんで俺たちは秘密基地ここに集まったんだろうね? なんでだと思う?」


 答えが分かっているのか、リンははなから答えるそぶりを見せない。ほかの三人はそれぞれが自分の記憶を探るが、答えを見つけられそうになかった。少しの間、三人に時間を与えてから弘大は話を続ける。


「猫がね。猫が、俺たちをここに連れてきたんだよ」


「猫!? ごめん。全然、意味が分からない。猫が俺たちをここに連れてきた?」


 達哉は思わず大きな声をあげる。それまで頭の中を占めていた大野真凛の首吊りと、弘大が口にした猫がどうにも結びつかなかった。


「猫……って、あの『にゃおん』って鳴く猫ちゃんのことだよね?」


「それ以外にないと思うけど……」


 達哉と同じように戸惑った紗雪が若干間抜けなことを言うと、雅臣がすかさず突っ込むように指摘する。緊張感を失ったわけではないのだが、突然発せられた猫というワードが、少しだけ場の雰囲気を和ませていた。

 そんな三人の様子をリンは微笑ましく、弘大は真剣に見守っている。


「続き……いいかな?」


 弘大が焦れたように確認すると、三人は慌てて首を縦に振る。


「突然、言われてもピンとこないよね? でも、ふざけてるわけじゃないんだよ。俺たちはあの日、猫に連れられて秘密基地ここまで来たんだ」


 至って真剣な様子の弘大を見て、三人は表情を引き締める。


「順を追って話すね? 始まりは、たっちゃんだよ」


 思いがけず名前が挙がって、達哉は少しだけ身じろぎする。


「俺っ!? 全然心当たりがないけど……」


「しょうがないよ。俺だって、ついさっきまで記憶になかったし。こんな話をされても、すぐには信じられなかったと思う。でも、本当のことなんだ。あの日、たっちゃんは、ものすごく慌てた様子で俺の家まで来たんだよ」


 本当に心当たりがないため、そう言われても達哉は首をかしげてしまう。


「どうして、俺はそんなに慌ててたの?」


「猫がたっちゃんの大切なものを盗んで逃げたから。だから、たっちゃんは必死で猫を追いかけてたんだよ。汗だくになりながらね。俺の家を選んで来たっていうよりは、猫が逃げた先にたまたま俺の家があったってことだね」


 何に反応して身体を震わせたのか、リンの首飾りがリンッと鳴った。

 達哉は「はぁ……」と納得がいったのかいかないのか分からない曖昧な返事で応える。弘大の話の中で一つひっかかるものがあるとすれば、「たっちゃんの大切なもの」だった。猫に盗まれたからといって追いかけまわすほど大切だったのであろうそれに達哉は心当たりがない。

 なぜだか尋ねずにはいられなかった。


「話の途中だけど、こうちゃん。質問いい?」


「もちろん。なに?」


「その俺の大切なものって……なんだったの?」


 達哉はおそるおそる尋ねる。それが何かのカギになっている。漠然とそんな予感がしていた。


「たっちゃん。本当に覚えてない? キーホルダーだよ。これくらいの……ちょうどリンちゃんの首飾りに付いてるみたいな鈴が付いたキーホルダー」


 弘大が親指と人差し指を使って作ったのは、一円玉ほどの大きさの輪っかだった。

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