第19話 いじめの結末

「なんとかしなきゃってどういうことだ?」


 リンから告げられた予想外の言葉に達哉たつやは面食らっていた。リンが何者であるのかを告げるのと、大野おおのをなんとかすることとの間にどんな関係があるというのか。全く見当もつかない。


大野真凛おおのまりんはね、みんなが思っているより、ずっとやっかいなの」


「やっかいって? まぁ、たしかにいじめなんてくだらないことをする子だから、ろくでもないなとは思うけど……」


 首をかしげる雅臣にリンは優しく笑いかける。自らが抱えているものを一つ達哉たちにも抱えてもらう決心をしたことで、気持ちが楽になっていた。


「うん。まさくんはさ、大野真凛のいじめが最終的にどうなったかって、覚えてる?」


 リンは当たり前のようにの話をする。いつの間にか、達哉たちのタイムスリップを受け入れていた。今更ながら達哉には、リンは最初から分かっていたのではないかとすら思える。

 もしかしたら、タイムスリップとリンは無関係ではないのかもしれない。達哉は漠然とそんなことを考えていた。


「どうだったっけなぁ。たしか中学に上がるまで続いたんだよね? こうちゃんは中学上がってから一生懸命に身体を鍛えだしたし、成長期ってこともあって、みるみる身体が大きくなっていったから、それで大野さんは太刀打ちできないと思って諦めたんじゃない? さっちゃんは? どう? 覚えてる?」


 雅臣は首をひねりながらも自分の記憶を頼りに言葉をつなぐ。最後はバトンを渡すように紗雪に尋ねた。雅臣からのバトンを受けた紗雪は、頬に人差し指を当てて考えるそぶりを見せる。


「う~んと……。はっきりとは覚えてないんだけど……。ある日、突然来なくなったんじゃなかった?」


 紗雪の言葉を聞いた達哉がハッとする。


「そうだ!! 俺、大野と同じクラスだった。中一のとき」


 何かに突き動かされるように声をあげる。


「そうだっけ? たしか中学一年生のときって、みんなクラスがバラバラになっちゃったんだよね?」


「そうだった。そうだった。そうか。たっちゃんは大野さんと同じクラスだったのか」


 紗雪と雅臣は口々にそう言って懐かしんだ。懐かしんでいる場合ではないのは分かっているが、こみあげる情動には抗えない。


「さっちゃんの言うとおり。あいつ……大野のやつは、中一の途中から学校に来なくなったんだよ」


 達哉と同様に、他の三人の記憶も徐々に蘇る。


「そうだったかもしれない……。おぼろげだけど……。たしか、中学生になってもいじめはすぐにはなくならなかったんだよね。クラスが違うのになんで? って思ったもん。でも、それも一年の夏くらいまでだった気がする。それ以降は、記憶にない」


 弘大は迷いながらも自分の記憶をみんなに伝える。そこに悲壮感はなく、淡々としている。さっきまでの虚ろな弘大が嘘のようだ。


「やっぱり? そうだよね。なんで来なくなったんだっけ……?」


 紗雪は引き続き人差し指を頬に当てながら考え込む。三人もつられて首をひねった。しばらく無言の時間が続く。リンはそんな三人を優しく見守っていた。


 沈黙を破ったのは、達哉だった。


「ここで……死のうとしたんじゃなかったか……?」


 三人が一斉に息を呑む。達哉の言葉がスイッチになって三人の記憶も蘇った。


「首吊り……」


「俺たちが見つけた……」


「今日みたいに暑い日だよ……」


 雅臣がつぶやくように言うと、弘大と紗雪がそれに続く。紗雪の目には涙が浮かんでいた。


「死んだ……んだっけ……?」


 おそるおそる発せられた雅臣の言葉に三人はぎこちなく首を振る。否定の意思表示ではない。分からないという意味だった。


「思い出せない……。死んだから、学校に来なくなった……のかな?」


「でも、死んじゃったなら、お葬式とかさ。そういうのに参加することになるんじゃないの? 特にたっちゃんは同じクラスだったんだから……」


 雅臣に尋ねられても、そこの記憶には靄がかかったままだった。

 ただ、はっきりとしているのは中学一年生の夏休み。仲良し四人組が、秘密基地に集まると、そこで大野真凛が首を吊っていた。


 自分たちがそれを見てどのような対応をしたのかは記憶の靄に隠れて、定かではない。常識的に考えれば、なんとかして助けようとしたのだろう。

 だが、首を吊っていたのが弘大をいじめていた張本人だとしても、その常識が当てはまるのだろうか。まだ精神的に未熟な中学一年生の自分たちが、果たして、冷静な判断ができたのだろうか。

 そう考えると達哉は自信がなくなってくる。


 自分たちは、大野真凛を見捨てたのではないだろうか。大野真凛が死んでしまっても構わないと思って、そのまま何もせずに秘密基地を立ち去ってしまってはいないだろうか。

 そんな不安が沸々と湧き上がった。


「葬式とかは、なかった……と思う」


 達哉は辛うじてそれだけ答える。湧き上がる不安を口にすることはできなかった。


「だよね? 私もお葬式はなかったと思う。っていうことは、死んじゃったりはしなかったんだよ。助かった……私たちはマリンちゃんを助けたんだよ! ……ね?」


 自分に言い聞かせるような紗雪の様子に達哉はまたもやハッとする。と同時に幾ばくかの安堵も覚えていた。

 達哉が口にするまでもなく紗雪も同じ不安を抱えている。きっと他の二人も。それが痛いほどよく分かった。


「そうだよね。たぶん発見したのは僕たちだ。そんな状態の大野さんを発見して、そのままにしておくわけがないよ。きっと首を吊ってから時間があまり経っていなかったとかで、無事に救命できたんじゃないかな?」


 紗雪の言葉に雅臣が続く。雅臣も同じような不安を抱えていた。とはいえ、未熟な子供だったとしても、自分がそのような非人道的なことをするとは考えられない。考えたくなかった。


「でもさ……」


 そんな達哉たちをよそに弘大だけは、少し違った反応を見せていた。言いにくそうにする弘大に、リンを含む四人が視線を送る。

 全員に注目されて少しだけうつむいた弘大だったが、すぐに意を決して顔を上げる。そして、申し訳なさそうに告げた。


「そのせいで、俺たちは疎遠になったんだよね……」


 その場の空気が凍り付く。リンの寂しそうな顔だけが、その場に起こった変化だった。

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