第18話 やり残したこと
「リン。お前は一体誰なんだよ」
「俺は、てっきりお前が大野なんだと思ってた。でも、違うんだろ? お前のことを大野だって決めつけて、怒鳴ったのは悪かったと思ってるよ。足りないと言うのなら、お前の気が済むまで何度だって謝る。でも……」
リンは達哉の言葉を黙って聞いている。時折、うなずいたり首を振ったりすることはあるものの、声を発することはない。
「でも、お前が大野じゃないとなると……。じゃあ、お前は誰なんだ? 申し訳ないけど、俺はお前のことを……知らないんだ。思い出せていないだけなのかもしれないけど……。みんなはどう? 何か思い出した?」
達哉はゆっくりと三人の顔を見回す。反応はそれぞれだが、いずれも否定的だった。仲良し四人組のうちで、リンのことを知っている者——覚えている者、思い出した者はいない。
「なぁ……。これって、どういうことなんだ? このとおり、みんなお前のことを知らないんだよ。……なら、お前は……誰なんだ?」
最初こそリンを問い詰めるような口調だったが、最終的には独り言のようになっていく。だが、達哉に責めるつもりはないし、問い詰めるつもりもない。ただ、抱く純粋な疑問だった。
みんなの反応を受けてもなお、リンは黙っていた。
自らが仲良し五人組だと豪語するその仲間から「お前のことを知らない」とはっきり言われたにも関わらず、動揺した様子はない。
もっとも、それは当初から変わらないことだ。リンは自分が四人の記憶の中にいないことをさほど気に留めていない。けれど、このときはどこか諦めたような寂しげな表情をしていた。
「リンちゃん……。お願い。なにか言ってよ……」
縋るような
それでも黙ったままのリンに四人がかける言葉を失うと短い沈黙が訪れた。そこでようやくリンが口を開く。
「みんな、ごめんね……」
眉尻を下げてぎこちなく笑った。無理して笑っているのは明らかだった。
「あたしは仲良し五人組だと思ってるよ。でも、みんなが覚えてないのも知ってる。最初から。だから、みんなが四人組だって言い張るのは全然気にしてないの。けど……みんなは気になるよね……。そりゃそうだ。ごめんね……」
そう言ってリンはペコリと頭を下げる。それにつられて首飾りの鈴がリンッと鳴った。
「本当にごめんね。でも今は……教えられない。そのときが来たら必ず教えるから……。そのときまで待ってもらえないかな?」
リンの顔には、やはりぎこちない笑顔が浮かんでいる。
「そのときっていつなんだよ! 何をそんなにもったいぶる必要があるんだ? 覚えてないだけで、俺たちとリンは仲間だってことなのか? それに……その顔。そんな顔をするくらいなら、いっそ全部話しちまえよ!!」
達哉自身も驚くほどリンに対する想いが口をついてあふれ出す。いくらリンに迫っても無駄だと分かっているのに、自分ではどうすることもできなかった。そんな達哉を
「たっちゃん……。無理強いは、やめよう。僕も気になることはたくさんあるし、自分の記憶が失われてるんだとしたらもどかしい。けど……。ひとまずのところ、リンちゃんへの誤解は解けたんだ。今はそれでよしとしようよ」
雅臣の隣で
「でも……。じゃあ、せめて。せめて、なんで今言えないのかだけでも教えてくれよ」
制止を受けてもなお食い下がる達哉を雅臣はそれ以上止めることができなかった。
達哉がリンに抱いていた疑念は、もう完全に晴れている。
達哉としても、リンを追い詰めるつもりは毛頭ない。ただ、どこかひっかかるもどかしさが胸の中にたしかにあった。「リンのことを思い出さなければならない」そんな強迫観念にも似た感覚がたしかにある。
それが達哉を焦らせていた。
「たのむ……。たのむよ……。リン……」
「たっちゃん……」
今にも泣きだしそうな達哉を見て、紗雪は口元を抑える。なぜ泣き出しそうなのか。達哉自身もよく分かっていない。
紗雪も、リンは自分にとって特別な存在のように思えていた。ただ、それが具体的にどう大切で、なぜ大切なのかが分からない。大切だと思う気持ちだけが、持ち手を失った風船のように紗雪の心の中を漂っている。その紐がどこにつながっているのか、紗雪自身にも分からない。それは、雅臣にも弘大にも同じようにある感覚だった。
「そんな顔しないで、たっちゃん。みんなも」
リンは努めて明るく振舞おうと、少しばかり不釣り合いな声を出す。
「分かったよ。どうして今言えないのか。それは伝えるね」
うつむき気味だった達哉の顔が勢いよく上がる。
「本当か!?」
リンは一度深くうなずいた。
「それはね、やり残したことがあるから」
「やり残したこと……?」
リンの言葉に四人が揃って反応する。
「うん。このままじゃ、結局同じになっちゃう。それじゃ、意味がないの」
「どういう意味? やり残したことって、何なの?」
雅臣が尋ねると、リンは両手の拳をぎゅっと握りしめる。そして、一度大きく深呼吸をした。それから、意を決して四人に告げる。
「大野真凛。あたしは……あたしたちは、あの子をなんとかしなきゃいけない」
声に合わせて笑った顔は、さっきまでよりはいくらかマシになっていた。
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