第13話 紗雪と弘大
達哉は、始業式の間中、
私語が厳禁され、ボケッと突っ立っていることが許された始業式は、何かを考えるには好都合だった。多少蒸し暑いのと、お経のように一定のリズムで発せられる校長の演説が邪魔ではあったが、思考に没頭するとすぐに気にならなくなった。
弘大の様子は明らかにおかしかった。
引っ込み思案で、大人しい性格の弘大ではあるが、それは仲良し四人組がいないところでの話だ。仲良し四人組の前では、冗談も言うし明るく笑う。他の三人がいないところで大人しくしていても、三人と合流すれば、パッと表情を明るくするのが通常だった。
しかし、さっきの弘大は、三人の姿を目にしても、声を耳にしても、笑うこともなく暗い表情のままだった。
そして、何よりも弘大は、
だが、紗雪は違う。紗雪は、間違いなく仲良し四人組の一人で、その中でも弘大が一番心を許している相手だった。
だから、弘大が紗雪を無視することなど絶対にありえない。
絶対にありえないのだが、達哉は、そんな弘大の姿にうっすらと見覚えがあった。
思考の海の中から、一つのかけらを見つけ出す。
それは小学生のころの記憶。
小学生のころ、弘大が紗雪を露骨に避けた時期があった。ある日突然、弘大は紗雪と口を利かなくなったのだ。
紗雪がいつもどおり、冗談を交じえて話しかけても下を向いて応えない。かと思えば、達哉や
今朝の弘大は、あのときの弘大を思い起こさせる。もっとほかに思い出せることはないか。達哉は、更に深いところまで意識を潜らせた。
あのときは、何が原因だっただろうか。そもそもあれほど紗雪に懐いていた弘大が、紗雪を避けなければならない理由とはなにか。
あのころはまだ小学生だったから、あまり意識したことがなかった。しかし、今にして思えば、年齢がもっと上だったなら紗雪と弘大は付き合っていたかもしれない。二人はそれほど仲が良かった。
主に、弘大の方が紗雪に思いを寄せていたような気配はあったが、紗雪の方も……おそらくは……。そこまで考えたところで、唐突に昨夜の
『兄貴ぃ~、ひょとして、大野さんに告られたんじゃなぁ~い?』
瞬間的に達哉は息をのんだ。そして、その反動で今度は声を出す。
「そうだ。だからこうちゃんは、さっちゃんを避けたんだ……」
思わず出た声に、前後左右の数人が一斉に達哉に視線を送る。小声で「わりぃ」と謝ると元の景色にもどった。幸い先生の耳までは届かなかったようだ。
一度思い出してみると、何故忘れていたのか不思議でならなかった。
達哉は、はっきりと思い出す。弘大をいじめていたのは、達哉に告白した女子——夏菜子の言葉を信じるなら、大野だ。
いじめのきっかけは、ほんの些細なこと。大野が仲良し四人組に入りたいと言うのを達哉たちが断ったことだった。
断った理由に、はっきりしたものがあったわけではない。四人でいるのが心地よかったから。そこに新たな仲間を加えるのは抵抗があった。とか、その程度のものだった。
あとになって思い返してみると、当の大野の方も仲良し五人組になりたかったというよりは、達哉に近づきたかっただけなのだと思われる。
仲良し五人組になるのを断られた大野は、分かりやすく逆恨みをした。
その中で一番ターゲットにしやすかったのが、気が弱く、仲良し四人組の中では一人だけクラスが違う、そして運悪く大野と同じクラスにいた弘大だった。大野は達哉たちの知らないところで徐々に弘大の心を削った。そうすることで自分の言うことを聞くように調教していった。
実のところ大野が一番排除したかったのは、紗雪だ。達哉と紗雪は、恋愛関係にあったわけではないのだが、大野はいつも達哉と仲良くしていた紗雪に激しく嫉妬していた。嫉妬の炎を燃やした大野は、自分の支配下に置いた弘大を使って、紗雪を排除しようとしたのだ。
その一環が「紗雪と口を利くな」だった。そんなことで紗雪を排除したり、仲良し四人組の絆が瓦解することなどないのだが、大野はそれでうまくいくと本気で信じていた。
その結果、どうなったのだろう……と達哉は思考を巡らす。しかし、肝心の結末を思い出すことはできなかった。
弘大が紗雪を避けていた期間は、それほど長くなかったように思う。……ということは、比較的簡単に解決したのだろうか。
……そのときの自分たちは、弘大がいじめられていることに気づいていたのだろうか。ふいにそんな疑問が浮かんだ。
もう一つ、大きな疑問がある。大野とは誰なのだろう、という根本的な疑問だ。
夏菜子のおかげで、達哉に想いを寄せる女子の名前だということは分かった。
達哉はモテるタイプではない。むしろ、モテないタイプだ。雅臣は女の子からの人気もあって、よく告白をされていたが、達哉はその一度きりだった。
夏菜子は、達也がリンの名前を呟くのを聞いて大野の名前を出した。
そして、リンは達哉たちにはその記憶がないにも関わらず、自分を含めた仲良し五人組だという。
また、リンは無くなった弘大の指輪を持って現れた。リンが弘大の指輪を盗んだのではないだろうか。それは、弘大をいじめる序章だったのではないだろうか。
大野とは、リンの苗字なのではないだろうか。
じわりと達哉の頭を侵食するようにそんな考えが次々に浮かぶ。
達哉は、始業式が終わるとすぐに、雅臣と紗雪の二人に近づいた。そして、リンに悟られないよう、放課後、自分の家に集まるように小声で告げた。
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