第8話 戻った指輪
翌日も、四人は秘密基地に集まっていた。秘密基地以外にリンと会える場所を、四人は知らない。
「よく考えたらさ、私たちが子供になっちゃった日。あの日の最後に、「また、秘密基地に集まろう」って言い出したのってリンちゃんだったよね?」
少しだけ頬を膨らまして、
「そうだったっけ? 確か、たっちゃんがおかしなこと言ってるって心配そうにしてて、六時の鐘が鳴ったから帰って休んだほうがいいって言ったんじゃなかった?」
「そうそう。それでその後に「また明日ここに集まろうね」って。それなのにっ!! 来ないってどういうこと?」
本気で怒っているわけではないが、紗雪は腰に手を当てて怒ったポーズを見せる。肝心のリンがいないため、それを見せられるのは怒られる筋合いのない三人だ。
「それで……。今日は、来るのかな?」
弘大の心中は、穏やかではない。弘大の中では、いじめの主犯はリンで決まりつつある。
考えれば考えるほど、自分をいじめていたのは、リンという名前の女の子だったとしか思えなかった。そう思えば思うほど、リンのことが恐ろしく思えてくる。鍛えられた肉体を失ってしまったせいなのか、弘大は気持ちまで萎んでしまっていた。
「どうだろうな。俺は、だんだんリンって存在が、幻だったんじゃないかって思えてきたよ」
弘大の不安を察して、
うっすらと、どこかで会ったことがあるような気がするのだが、それは強く言い聞かせれば気のせいになってしまうほど脆い記憶だった。それに、達哉以外の三人は誰もリンのことを知らない。三対一の構図に達哉は自身の記憶を信じられずにいた。
「たっちゃぁん!! だぁれが、幻だってぇっ!?」
と、突然大きな声が四人の耳に届く。
一斉に声のする方を見ると、そこにはリンが腰に手を当てて仁王立ちしていた。少しだけ跳ねた身体の動きに合わせて、首飾りの鈴がリンッと自己紹介をするように鳴る。
「うわぁっ!! い、いつからそこにいたのぉ!?」
「ついさっきだよ。なに? こうちゃん。そのオバケでも見たみたいな声は」
リンの一番近くにいた弘大は、情けないほど大きな悲鳴をあげて後ずさった。弘大を庇うように、達哉がリンと弘大の間に立つ。それにすがるようにして、弘大は達哉の後ろに完全に隠れてしまった。
「ちょっと、ちょっと……。本気で怖がってるの……?」
弘大のあまりの怖がり方に、ふざけていたリンの声が真剣なものに変わる。その表情には困惑と心配が入り混じっている。
「ちょっと……。ショック……。あたしって、そんなに怖いかなぁ~……」
「リンちゃん自身が怖いっていうより、突然後ろに人が立ってたから怖かったんじゃないかな? そうだよね? こうちゃん」
「ごめん、ごめん。ちょっと驚かそうとは思ったけど、まさかそこまで怖がるとは思わなかったよ。そうだ!! こうちゃん、これ」
気を取り直すようにそう言ってリンが取り出したのは、弘大の指輪だった。
「「「あっ!!」」」
弘大を除く三人の声が、短く響く。弘大だけは、その指輪を見ていよいよ怯えてしまい、達哉の服のすそをギュッと握ったまま顔を伏せてしまった。
「その指輪……こうちゃんの。リンちゃん、それどうしたの? まさか……」
——盗ったの? と続くはずの
「う~んと……。……えっとね…………えっとぉ……拾った」
恐る恐る尋ねる雅臣に、リンは不自然なくらい長考したのち、それを誤魔化すようにあっけらかんと答えた。
「……いや、絶対に嘘だろ? なんでそんな嘘吐くんだよ」
「嘘じゃないもんっ!! 本当の本当に拾ったんだよ!!」
「じゃあ、どうしてそんなに考えたわけ? 拾ったならすぐに答えられるはずじゃん」
「ちょっと忘れてただけだよぉ! みんなだって、あたしのこと忘れてるくせに……。じゃあ、たっちゃんも、さっちゃんも、あたしのこと思い出したの!?」
矢継ぎ早にリンを責め立てる達哉と紗雪は、一瞬言葉に詰まる。
心のどこかにリンを覚えていないということに対する罪悪感があった。リンが自分たちにとってどういう存在だったのか、いい存在なのか悪い存在なのか、いまだに分からない。そのどちらであっても、一個人を完全に忘れてしまっていることへの純粋な罪悪感がある。
「それは……」
「ごめん……」
「まだ、思い出せないんだね……。そのうち思い出してくれれば、別にいいけどさ」
「それで、リンちゃんはその指輪、どこで拾ったの?」
冷静な雅臣は、さらにリンを追及する。
「もう、忘れたよ!! どこだっていいじゃん。とにかく、指輪はこうちゃんに返すよ」
リンはゆっくりと弘大に近づいていく。その気配を感じた弘大は、達哉の背中から半分顔を出すようにしてリンを見た。リンは弘大と目が合うと優しく笑いかけ、手を出すように促す。
「はい、こうちゃん。もう無くしちゃダメなんだからね? 大事なものなんでしょ? ちゃんと持ってなきゃ」
「う、うん……。ありがとう」
「どういたしまして」
怯えながらも礼を言う弘大に、リンはもう一度優しく笑いかけた。それでもやはり弘大の目には、リンが何か恐ろしいもののように映っていた。
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