第7話 いじめの記憶
「それって、昨日のリンって子が、こうちゃんをいじめてた子だってこと?」
言い出しっぺの弘大だが、その発言に自信を持っているわけではない。なんとなくそんな気がする、程度のものだった。だから、
「分からない。顔とか姿は全然思い出せないんだけど、そんな名前じゃなかったかなぁって……」
「どうだったかなぁ〜。言われてみると僕もこうちゃんの言うとおり、リンとかそんな名前だったような気はするけど……。こうちゃんに言われたことに引っ張られてるだけかもしれないし、自信はない。でも、もしそうなら、たっちゃんが会ったことがあるって言ったのもうなずけるよね?」
「……ごめん、全然思い出せない」
記憶を辿ってみても、何も引っかかりをつかめず、力なく肩を落とす。
「私も。全然思い出せないよ〜」
達哉と同じく脱力したように肩を落とす紗雪を見て、雅臣が何かを閃いたように口を開いた。
「……ていうかさ、そもそも忘れてること自体、おかしくない?」
「まさくん。それ、どういう……」
弘大が不安そうに雅臣の顔を伺う。
「あ、いや、ごめん。別にたっちゃんとさっちゃんを責めてるわけじゃないんだよ」
弘大の不安を察知した雅臣は、すぐさま言葉を改めた。
「二人とも思い出せないなんておかしいよ! って意味じゃなくてさ。こうちゃんがいじめられてたのって、僕たちにとっては、まぁまぁ大きい事だったわけじゃん?」
「まぁ、そうだね。俺たちでなんとかしようとしたけど、結局卒業まで続いたんじゃなかったかな? あれ? そういえば始まったのって、小五の夏休み……の終わり? 今くらい?」
「そうだった、そうだった!! すっかり忘れてたよ。いじめられてた俺が忘れてるってのに、細かい時期まで、たっちゃんよく覚えてたね」
弘大が他人事のように感心する。
「今たっちゃんが言うまで、僕も始まった時期とか終わった時期とか、完全に忘れてた。でも、これっておかしくない? こうちゃんの指輪のこともそうだけど、大事なことをこうも簡単に忘れてるなんてさ」
雅臣の問いかけに三人は静かにうなずく。
「いじめのことは覚えてるのに、その中身になると忘れてる。僕らにとって、こうちゃんに起こったいじめは、そんなに軽いことじゃなかったはずだよ。軽いことじゃなかったことは覚えているのに、その詳細になると誰も何も思い出せないなんて、妙だと思わない?」
「言われてみると……。そうだね。私、最初にこうちゃんからいじめのことを打ち明けてもらったときの胸を締め付けられるような感覚は、今でもしっかり思い出せるもん。でも、じゃあ誰にどんな風にいじめられてたのかってなると全然思い出せない。そこだけ記憶がすっぽり抜け落ちてるみたい……」
胸に手を当てて苦しそうにする紗雪は、やりきれないといった風に頭を振った。それに合わせて頭のリボンが揺れる。
「俺も……。誰に何をされたのか思い出せない。当事者なのに……。いじめてたのが、リンって名前の……女子だった気はするんだけど……。それも自信ない。あの時は、結構つらくって、みんなに助けを求めたはずなんだよね。つらかったのは、思い出せるんだけど……。まさくんの言うとおり、なんかおかしいね」
当時の感情が蘇った弘大は、眉をしかめて下を向く。
頼りなく落ちた弘大の肩に、達哉が優しく腕を回す。そして、そのままの姿勢で続けた。
「でも、俺たちどうして肝心なところを忘れちゃってるんだろうな」
「そこなんだよ。僕はタイムスリップと何か関係があるんじゃないかと思ってる」
鼻を伝う汗のせいでずり落ちた眼鏡をクッとあげる。子供の時以来、しばらくしていなかった眼鏡だが、昔馴染みの習慣からか、それとも姿とともに感覚まで戻ったためか、その動作に違和感はない。
「それとこれと、どう関係があるの?」
「それは……分からないけど……」
そう訊かれると雅臣は困ってしまう。その考えには、元の時代に帰りたいという願いからくる希望的観測が大いに影響していた。
「ねぇ……。私たちが、五人組だったときって……ないよね?」
唐突に紗雪が言った。三人の口から「えっ!?」という驚きの声が漏れる。
「五人組だったとき……か。たぶん、なかったと思うけど。どうして、そう思うの?」
「なんとなく……。なんか、私たち以外に誰かがいたような気がするんだよね。うっすらと思い出したっていうかさ。それが誰なのか分からないし、本当にいたのかも分からないんだけど……。ごめんね。ますます混乱させるようなこと言って」
「いや、言われてみると俺もそんな感じがするよ。さっちゃんみたいに俺たち以外に誰かがいた、とかって記憶はないんだけど。昨日からなんか物足りない感じがあってさ。今さっちゃんに言われて、そういうことかってなんか腑に落ちた」
申し訳なさそうに手を合わせる紗雪をかばうように達哉は言った。
そうは言っても、達哉の記憶では仲良し四人組だ。五人組だったことはおそらくない、と思っている。ただ、何となくもう一人自分たちにとって重要な誰かがいたような気がしている。
ここでも微妙な認識のずれがあった。
「う〜ん……。僕には、そんな記憶ないかなぁ〜。仮にそうだったとして、それが昨日のリンって子なの?」
「そこまでは……。リンはこうちゃんをいじめてたやつで、それ以外の誰かが俺たちのグループにいたって可能性もあるし……」
「リンちゃんは、五人組だって言ってたよ。私たちのグループの一員ってことじゃない? それなら昨日ここにいたのも、うなずけるよ。ただ、それならなんで私たちがそれを忘れちゃってるか……なんだけど」
「みんな、リンって子とこうちゃんに起きたいじめ以外のことで忘れてることってある? 忘れてることを自覚するのは難しいかもしれないけど、僕は……ないと思う。むしろ、色々思い出してきてるくらいだよ」
雅臣に訊かれて、三人はそれぞれ自分の記憶を探る。改めて探ってみると雅臣の言うとおり、忘れているのはリンといじめのことで、その他は記憶が鮮明になっているように感じられた。
「これは僕の完全な推論だけど、やっぱり、リンって子は、こうちゃんのいじめと関係があるってことなんじゃないかな? もしかしたら、こうちゃんの指輪も。つまり、僕たちが忘れてるのは、こうちゃんのいじめについての記憶の断片なんだよ。こうちゃんの記憶が正しければ、リンって子はいじめの主犯ってことになる。指輪はいじめの一環で盗まれたのかもしれない。そうじゃなくても、リンって子も指輪もいじめと無関係とは、僕には思えない」
雅臣の推論に三人は一様にうなずく。相変わらず記憶は定かではないが、雅臣の推論は正しいように思えた。
「それなら、リンが来たら、問い詰めてみるか」
「たっちゃん。優しくね? リンちゃんがいじめと関係があるって決まったわけじゃないんだから」
思い切りよく言う達哉を紗雪が制す。
なんとなくの目的ができて、完全に昔の仲良し四人組に戻ったような感覚があった。
四人揃えばできないことはない。そう思っていたあの頃の感覚が四人に蘇る。昔と同じように、今自分たちに降りかかっている不可思議な現象も、四人が力を合わせれば必ず解決できる。
その解決の糸口が、リンだった。
しかし、その日リンが秘密基地に現れることはなかった。
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