第4話 手紙の差出人
「おい、おい!! これって……。俺たち、本当にタイムスリップしちまってるんじゃねぇの!?」
どこかで望んでいたこととはいえ、いざ、そうらしい現実を突きつけられると手放しでは喜べない。
自分自身の身体に起こった変化よりも、街の景観に起こった変化の方が、はるかにインパクトがあった。それまでは、どこか遊びの延長線上だった出来事が、急に現実味を帯びて四人に迫る。
達哉も
「本当に、私たち……小学生の頃に戻っちゃったの……?」
「どうやら、そうみたいだね。少なくとも、あのマンションが建つ以前に戻ってるって、考えたほうがいいと思う。僕たちが、秘密基地にいる間にマンションが取り壊されて、瓦礫まで綺麗さっぱり取り除いた上で、さらにあの頃と同じような古い住宅を立て直した……っていうのじゃない限りはね」
そんなこと魔法でも使わない限り起こるわけがない。
つまりは、雅臣なりの冗談なのだが、誰も笑わなかった。四人はすでに魔法でも使わない限り起こらないことを経験してしまっている。
「今、確実に分かってるのは、季節が夏で、ここが秘密基地だってことくらいか……?」
達哉は自分で口にしていて馬鹿らしくなった。どちらも当たり前すぎて、いちいち確認するようなことではない。肝心なことは何も分かっていないに等しい。
「たぶん、今私たちがいるのって、五年生のとき……なんだよね? 私のリボンしか根拠はないけど……。あの年の夏は、毎日のようにこのリボンをつけてたって覚えてるよ。ママに「汗でびっしょりになるんだから、たまには洗濯しなさい」って、しょっちゅう言われてたもん」
「そうとも限らないんじゃないかな。パラレルワールドってことも考えられるんじゃない? あのマンションが建ってないだけで、それ以外は俺たちが知ってるのと全く変わらない世界とか、さっちゃんがリボンを無くさないで六年生、中学生になれる世界とか……。そしたら、リボンがあったとしても、僕たちは六年生かもしれないし、中学生かもしれない」
「みんな、五年生だよっ」
真剣に議論する四人から蚊帳の外に置かれたリンが、あっさり議論に答えをだす。
「えっ!? そうなの?」
「そうだよ。ホント、みんなどうしちゃったの!? なんだか、さっきからおかしいよ? マンションとか、パラレルなんとかって何のこと? あたしだけ仲間外れみたいじゃん」
四人とはやはりどこか温度の違うリンの態度から、嘘を吐いている気配は感じられない。そもそも、嘘を吐く理由があるのかも分からない。
「そういえば、君は俺たちの友達だって言ってたよね? 俺たち同級生だっけ?」
「え~!!? そんなことまで忘れてるの!? あたしとたっちゃんは同じクラスでしょ!? まさくんとさっちゃんも同じクラス。 こうちゃんだけが違うクラスになっちゃって、残念だね。でも、クラスが離れても、五人は変わらず仲良し五人組だよって誓ったじゃん! もしかして、みんなであたしのこと、からかってる? ドッキリか何かなのかな」
リンは、信じられない、といった様子で目を見開いた。やや怒っている。
「こうちゃんだけ、別のクラス……」
小学五年生に上がるときにクラス替えがあった。そこで弘大だけが別のクラスになってしまった。
リンの言ったことは、四人の記憶と一致している。
ただ、一つを除いて。
四人の記憶の中にリンはいない。クラスが離れても変わらないと確かに誓い合ったが、それは仲良し四人組の誓いだ。
自分の記憶に確かな自信があったにも関わらず、それを直接指摘するのを達哉は、
リンに恐怖心を抱いたならば、「お前は誰だ!! お前みたいなやつ知らないぞ!!」とか「嘘つくな!! 俺たちは四人組だ!!」と突っぱねることも選択肢としてはあり得ただろう。
しかし、目の前の無垢な少女に対する恐怖心は全くない。だから、そうする気にはなれなかった。それをした結果、彼女をひどく傷つけてしまうことも容易に想像できる。
「そ、そうだったっけ? ごめん、ごめん。やっぱり。まだ暑さでどうかしてるのかも……。どうかしてるついでに。君も、手紙をもらってここに来たの? 秘密基地に集まろうって手紙なんだけど……。あれはひょっとして、君がくれたものなの?」
リンのことなど全く知らない、と直接指摘するのは躊躇われた達哉だったが、思い切って、頭に浮かんだ別の疑念をぶつけてみる。
四人が十年ぶりに秘密基地にやってきたきっかけは一通の手紙だ。当初、達哉は紗雪がくれたものだと思っていた。しかし、紗雪自身も手紙を受け取った側だと分かり、差出人は不明なままだった。
そうこうしているうちに身体は子供になり、謎の少女リンが現れ、マンションが消えて、差出人の謎は有耶無耶になってしまった。
手紙の差出人は、達哉たち四人の子供の頃のニックネームを知っていて、秘密基地に集まっていたことを知っている人物だ。よくよく考えてみると、大人にしては筆跡が幼い。
そうなると、リンはかなり怪しいのではないか、と達哉は考えた。
「手紙? なんのこと? そんなものなくたって、いつもみんなで秘密基地に集まってるじゃん」
しかし、達哉の推理はあっさり否定される。嘘を吐いている様子は、ない。
「この手紙だよ。本当にリンちゃんが書いたものじゃない?」
達哉と同じようなことを考えていたのか、紗雪が手紙を取り出してリンに渡す。受け取ったリンは、じっと手紙を眺めてから子供らしい無邪気な声で言った。
「黒猫さん。カワイイね!! あたしも猫ちゃん大好き。きっとこの手紙は、猫ちゃんが好きな子が書いたんじゃないかな?」
それから、リンは嬉しそうに猫の模様をかたどった首飾りを四人に向かって胸の前で掲げて見せた。
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