第3話 不思議な少女

 突然現れた少女は、困ったように小首を傾げた。その動きに合わせて、少女の首飾りについた鈴が鳴る。


「君は……。いったい、誰?」


 真っ先に尋ねたのは、達哉だった。

 小学生の姿に戻った影響なのか、それぞれが当時の役割を果たすような行動をとりつつある。

 達哉は、みんなのまとめ役でリーダー。紗雪さゆきは、癒し系のツッコミ役。弘大こうだいは、天然ボケなマスコットキャラ。雅臣まさおみは、みんなの頭脳。といった具合だ。


「あたし? あたしはリンだよ。どうしちゃったの? みんなして記憶喪失? それとも、幽霊か何かに憑依されちゃった? そっか!! お盆だもんね」


 自らをリンと名乗った少女は、一息に言葉を繋いだ。そして、一呼吸おいてから、なおも続ける。


「君は……朝川達哉あさかわたつやくん。たっちゃん、だよね? そっちのカワイイリボンの子がさっちゃんで、メガネの子がまさくん。それから、坊主頭の君はこうちゃんだよね? 大丈夫? 合ってるよね? この山で死んだ亡霊だったりしないよね?」


 リンは、「ふふふっ」と楽しそうに笑いながら、見事に四人のニックネームを言い当てる。達哉に至っては、フルネームまで知られていた。

 リンは、冗談交じりに四人を亡霊じゃないかと疑ったが、そう疑いたいのは四人の方だった。


「待って! なんでリンちゃんは、私たちのことを知ってるの?」


「なんで? って……。友達だからだよ?」


 迷いのないリンの言葉に四人は戸惑った。友達はおろか、クラスメイトや知り合いの中にも思い当たる人物がいない。四人にとって、リンは初対面の人物といって差し支えなかった。


「友達……? 君と、僕たちが?」


 自分の言葉が、もしかしたらリンのことを傷つけるかもしれない、と普段の雅臣なら気が付いただろう。しかし、今の雅臣はそんな気遣いもできないほど、動揺していた。


「そうだよ? あれ……。もしかして、違った? あたしだけが、勝手に友達って思ってた……ってこと?」


「いやいやいや、そうじゃないんだけど……。ちょっと、俺たち頭がボーッとしてるっていうか……。暑さのせいかな? ね? まさくん」


 今にも泣き出しそうなリンを見て、慌てて達哉が取り繕う。


「そうなの? みんなして熱中症? 大丈夫?」


 咄嗟の言葉を素直に信じたリンは、達哉にゆっくりと近づき、おでこに手を当てた。


「ありがとう。もう、大丈夫だよ。大丈夫なんだけど、それはそれとして、一つだけ訊いてもいいかな?」


 達哉は、慎重に言葉を選んだ。

 自分のおでこに手を当てるリンに恐怖を感じたわけではない。だが、よく分からない状況に陥った直後に現れた得体の知れない少女に、少なからず警戒心を抱いている。いきなり殺されるとか、危害を加えられるとは思っていないが、リンは何か重大な秘密を握っていると達哉は思った。


「なぁに? 改まって、どうしたの?」


 リンは、子供らしい無垢な瞳で達哉を見つめる。

 その様子が、達哉の目には何故だか嬉しそうに映った。決して自意識過剰なわけではないが、達哉には、リンが達哉に特別な好意を抱いていると感じられた。


「えっとさ、今って何年の何月何日だったっけ?」


 一つだけ、と自分で制限した上でする質問として、果たしてそれが正解なのか達哉には分からない。雅臣ほど頭が回らない達哉が、短い時間で思いついた質問だった。


 咄嗟に思いついた質問が、日付の確認だったのには訳がある。

 達哉も雅臣と同様、どうせならタイムスリップしていてほしいと思っていた。ただし、雅臣のように大企業の正社員という地位を失ってしまうくらいなら、いっそ子供時代に戻って学校にでも行くほうがマシだ、という消去法的な考えからではない。

 達哉は小学校を卒業して以来、常にあの頃に戻りたいと思いながら暮らしていた。そのため、あまり新しい人間関係を構築しようとはしなかった。その結果が、つまらない日常や、孤独につながっている。


 達哉があの頃に戻りたいと思う原点は、仲良し四人組だ。四人組の中でリーダー的ポジションに納まり、みんなをまとめていた頃の達哉は、自分でも輝いていたと思う。

 そんな仲良し四人組も、あるときを境に疎遠になっていく。達哉の後悔はそこにあった。


 ——もし、仲良し四人組が、あれからずっと続いていたなら……。


 少なくとも達哉は孤独ではなかっただろう。達哉のそばには常に三人がいて、くだらない話から真剣な話、恋の話なんかで盛り上がったり、小学生の頃には行けなかった旅行に出かけてみたり……。つまらない日常も、そんな風におそらくは楽しいものになっていたはずだ。けれども、現実はそうならなかった。


 だから、やり直すチャンスがほしかった。タイムスリップをすることでそれが叶うなら、それは達哉にとって願ったり叶ったりだ。


 そういう事情で、達哉は自分のした質問の答えを祈るような気持ちで待った。


「えっと……たっちゃん、ごめん! よく分かんない」


 しかし、リンが達哉の期待に応えることはなかった。


「えっ? 分かんないの? 今日が、西暦何年の何月何日かくらいは分かるでしょ?」


 茫然自失気味の達哉に変わって、雅臣が尋ねる。


「う〜ん……。暑いし、夏だし……八月? ……かな? あたし、夏は夏休みがあるから大好きなんだけど、暑いのは大っ嫌いなんだぁ〜」


 達哉や雅臣の真剣さが伝わっていないのか、伝わった上でわざとそうしているのか、リンは無邪気に笑った。

 これ以上訊いても無駄だと悟った雅臣も達哉と同じように肩を落とす。


「おい! みんな。ちょっと、あそこ見てみろよ!!」


 リンが現れてから、ほとんど言葉を発さなかった弘大が突然、大声で呼びかける。しかし、その姿が見当たらなかった。

 弘大は、いつの間にか秘密基地の外に出ていた。

 リンを含む四人が、弘大を追って外に出る。


「あそこ!! あそこって、たしか、でっかいマンションがあったよな?」


 弘大の指差す先を見なくても何を指しているか分かった。数年前に街のシンボルとして建てられたマンション。この街で暮らす者ならだれもが知っているそれを指しているのだろう。


「……ない……ね」


 山小屋に入ったときには確かにそこに見えたマンションが、今は喪失している。連続して起きる不可解な出来事に、紗雪は思わず口に手を当てた。


「マンション? そんなものあったっけ?」


 四人と感情を共有できていないリンは、呑気に呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る