第2話 タイムスリップ
四人は、代わる代わる確かめるように窓ガラスの前に立った。
長いこと風雨にさらされたであろう窓ガラスは、白く曇っていて、そこに映るものすべてを薄い
「おい、マジかよ!! 俺の筋肉どこ行っちまったんだ!?」
一番変化が大きかった
小学生の頃の弘大は、背が低く、色白で、吹けば飛んでしまいそうな体つきをしていた。目の前の窓ガラスに映る弘大は、まさにその頃の弘大だ。さっきまでの色黒でイッカつい弘大とは、似ても似つかない。
「私は、そのこうちゃんの方が、こうちゃんって感じがして、馴染みがあるんだけどなぁ〜」
そう言う
「こうして見ると、まさくんは、あんまり変わってなかったんだね」
「たしかに! まさくんは、子供のころから秀才って感じで、勉強もできたもんなぁ。さすがは、俺らの頭脳」
「いや、こうちゃん! それ見た目と全く関係ない情報だよ!」
すかさず、紗雪がビシッと手の甲で叩くふりをしてツッコミを入れる。
「そんな呑気なこと言ってる場合なのかな? 俺たちって、実際どうなっちゃってるわけ? 今の状況って結構、大問題なんじゃない? しっかり考えなくていいのかな? みんな俺と違って、仕事……あるでしょ?」
あっという間に状況を受け入れ始めている紗雪と弘大をよそに、
「確かにな……。みんなどう見ても小学生の頃の姿になってる。五年? 六年? それくらいか? ちゃんと大人に戻れる……よな? 僕、明日も仕事だよ」
達哉に近い感覚を持っているのは、
「うん。それも、もちろんそうなんだけど……。何か大事なことを忘れてる気がするんだよね」
「大事なこと……? なんのこ……」
「あぁっ!!」
雅臣の思考を遮るように紗雪が、大声をあげる。
「このリボンのついたヘアバンド!! 五年生に上がった時に、おばあちゃんに買ってもらったものだよ。それで、五年生の冬休みに無くしちゃって……。いっぱい泣いたなぁ。……だから、私たち、今、五年生になってるんじゃない!?」
なるほど。言われてみれば紗雪の付けているヘアバンドには見覚えがある、と三人は納得した。それなりに思い入れのあるアクセサリーだったらしく、「可愛い? 可愛い?」としつこく迫られたことを三人は鮮明に覚えている。購入時期と紛失時期の記憶も一応は信用できる。
「てことは、俺たち小学五年生の身体になっちゃった……ってことだよね?」
「身体だけなのかな……?」
雅臣の言葉に達哉は息を呑む。紗雪と弘大は言葉の意味が分からず、そろって仲良く首をかしげていた。意味が伝わらなかった二人のために雅臣が説明する。
「つまりね、僕たちはタイムスリップをしたんじゃないかってこと」
「タイムスリップって……。またまたぁ~。まさくんったら、ご冗談を。アニメじゃないんだから、そんなことあるわけないじゃん!」
「そうだぞ!! まさくんにしては、珍しく非現実的なことを言うじゃねぇかよ。俺たち四人の頭脳なんだから、しっかりしてくれよ」
思いっきり茶化す二人とは対照的に、達哉も雅臣も表情を崩さない。真剣そのものだ。そんな二人に、紗雪と弘大もただ事ではないと悟り、次第に真剣な表情に変わる。
「非現実的なことならもう起こってるよ。現に今、俺たちは子供のころの姿に戻ってる」
達哉の言葉がとどめになって、四人を包むの空気が本格的に真剣なものになった。
それにも関わらず、達哉は「こんな空気感だったなぁ」と、どこか懐かしいものを覚えた。それは、四人の真剣な空気感と小学五年生という時期の二つが重なることで思い出されるものだった。
紗雪の言葉にもあったように、弘大はいじめにあっていた。そのいじめが始まったのが、ちょうど四人が小学五年生の頃だ。
弘大を含む四人は協力して、いじめを無くそうと尽力したのだが上手くいかず、結局、小学校を卒業するまでいじめが止むことはなかった。
あの頃、問題解決のために幾度となく開いた作戦会議の空気感が、今まさに四人が作っている空気感と似ていた。
「タイムスリップって、実際に起こるの?」
どこか無邪気な紗雪の声からは、緊張感を感じない。しかし、本人はいたって真剣だ。
「未来に行くことはできるけど、過去に行くことはできないって言われてるよね。……で、僕らがタイムスリップしたのだとしたら、過去に……だよね。普通は起こりえないことなんじゃないかな? けど、それを言ったら大人の身体が、急に子供になるなんてことも起こりえないことだけど……」
「じゃあ、てことは、本当にタイムスリップしてたら、それって大発見なんじゃねぇの?」
「大発見だろうけど、理論を説明できないし、そんなことよりも元に戻りたいよ。僕は」
やや興奮気味の弘大をいなすように雅臣は淡々と告げた。
雅臣には、元に戻りたいと強く思う理由がある。雅臣は、地獄のような就職活動の末にようやく手に入れた、大企業の正社員という地位が心配なのだ。
タイムスリップしているかどうかは未確定だが、身体が子供になってしまったことは疑いようがない。明日の朝までこのままだった場合を考えると、雅臣はめまいを覚えた。いっそ、タイムスリップしていてほしいとすら思う。
四人は今一度、確認するように窓ガラスの前に並んで立った。いくら見直しても、曇った窓に映るその見た目は、やはり小学生だ。
——と、突然、並んだ四人の後ろから声がした。
「ちょっと、ちょっと!! みんな、急にどうしちゃったの!? そんなに驚いちゃって」
不鮮明すぎる窓ガラスでは、その姿をしっかりと確認することができない。故に、四人は一斉に振り返った。そこには、四人と同じくらいの年頃の少女が立っていた。
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