時を超える秘密基地

宇目埜めう

第1話 あの頃、みんなで集まったあの場所

 朝川達哉あさかわたつやは、十年ぶりにその場所に立っていた。その手には、一枚の手紙が握られている。



『たっちゃんへ


 久しぶりに集まらない? いつものみんなで、童心に帰って、あの頃みたいに夏を楽しもうとは思わない? だから、この度、みんなに集合をかけます。

 八月十八日の十八時。あの頃、みんなで集まったあの場所で、みんなのことを待っています』



 可愛らしい黒猫のキャラクターがあしらわれた封筒には、差出人の記載がなかった。きっと、砂塚紗雪すなづかさゆきが寄越したものだろうと達哉は予想した。


 とは、達哉と紗雪、それに戸倉弘大とくらこうだいと、藤森雅臣ふじもりまさおみを加えた、仲良し四人組のことを指していると思われた。


 中学生の頃以来、自然と疎遠になってしまっているため、今もと呼称できるかは微妙なところだ。最後に四人で集まったのは、中学一年の夏の日まで遡る。


 達哉の記憶によれば、紗雪は、街の美容室で見習いをしているはずだ。一度、「髪を切りに来ない?」と誘われたが、「行く」と返事をしたっきり行かずじまいになっている。


 達哉は、今更こんなガキみたいなものを寄越すなんてどういうつもりだ? と呆れる反面、どこかワクワクしていた。


 近頃の達哉の日常は、非常につまらないものだった。

 中学を卒業したのち、それなりの高校に進学して、それなりの大学に入学した。その大学で、留年してしまったため、達哉は今も学生だ。

 それまでも、友達の多いタイプではなかった達哉だが、留年したことによって、本格的に大学で孤立してしまっていた。大学とバイト先、そして、自宅を行き来する毎日だ。


 紗雪からの思いがけない手紙は、そんなつまらない日常に変化をもたらすように思えた。


『あの頃、みんなで集まったあの場所』は、街が一望できる小高い山の頂上付近にある。そこには、古ぼけた山小屋があった。達哉たち四人は、それを勝手に『秘密基地』と呼んで、小学生の頃から溜まり場にしていた。


 秘密基地は、十年が経った今も、あの頃と変わらずにそのままの姿でそこにあった。年月の経過を感じさせない。もっとも、元々朽ちかけていたから、変化があるとしたら壊れてなくなっているか、取り壊されているかのどちらかだっただろう。


 達哉は、あの頃と変わらない姿の秘密基地を見て、懐かしさを感じた。一人ノスタルジーに浸っていると、達也の背後から声がした。


「あれ? ひょっとして……たっちゃん? やっぱ、たっちゃんのとこにも来てたんだな」


 来てたと言うのはもちろん、あの手紙のことだろう。達哉が振り返ると、浅黒く日に焼けた丸太のように太い腕をぶら下げた男が立っている。戸倉弘大だ。


「あ、こうちゃん? てことは、こうちゃんも手紙、見て来たんだね」


「まぁな。ガキ臭えとは思ったんだけどよ。なんか懐かしくって」


「分かる。俺も今まさに懐かしさに浸ってたところ。ほら、見てよ。あの頃と何にも変わってないの」


「だな。こえ〜くらいにあの頃のままだな」


 久しぶりに会ったにも関わらず、違和感なくコミュニケーションが取れたことに達哉は少なからず、安堵した。

 達哉のコミュケーション能力が、特別低いと言うことはないのだが、目の前の弘大はあの頃の印象とかなり変わっている。

 あの頃の弘大は、どちらかと言うと引っ込み思案でいじめられっ子だった。目の前の男にその面影はない。見た目も言葉遣いも様変わりしている。

 達哉が風の噂で聞いたところによると、弘大は高校を出てすぐに大工になったらしい。話には聞いていたが、目の前にするとその変化に驚く。


「とりあえず、ここで野郎二人して、立っててもしょうがねぇし、入ろうぜ」


「そうだね。中も変わってないのかな?」


「入ってみりゃ分かるだろ」


 そう言って、弘大は躊躇なく扉を開ける。今にも壊れてしまいそうな扉は、達哉の不安をよそに滞りなく開いた。


「あっ!! たっちゃんにこうちゃん!! やっぱり来た。だから、来るって言ったじゃん。はい、まさくんの負けね。あとでジュース一本だからねっ」


「たっちゃんあたりは、来ないかと思ったんだけど……来るか。……って、僕も来てるから人のことは言えないけど」


 扉を開くなり男女の声が聞こえる。砂塚紗雪と藤森雅臣だ。二人は達哉や弘大よりも先に来ていて、賭けのようなことをしていた。


「久しぶりだな! 二人とも」


「そう言うこうちゃんは、だいぶ変わっちゃったね〜。イッカついもん!! もう誰かにイジメられて、私たちに助けられる!! なんてことは、なさそうだね」


「まぁな。なんなら、俺がお前らを助ける側だな」


 豪快に笑いながら、ボディビルダーのようなポーズで自慢の筋肉を見せる。


「そんなことよりよぉ。あの手紙。さっちゃんが、出したんだろ? さっちゃんの誘いだから来たけどよ、今更、秘密基地に集まってどうするんだ?」


「それなんだけどさ……」


 真っ先に反応したのは雅臣だった。


「僕もてっきりさっちゃんからの手紙だと思って来てみたんだけど、違うみたいなんだ。さっちゃんも僕らと同じように手紙をもらって、今こうしてここにいるらしい」


「おい、マジかよ」


 訊かれた紗雪は、困ったような顔で頷いた。

 弘大はそれを確認すると、今度は達也の方を振り返る。その目は「まさか、お前があんなカワイイ封筒で……?」と訝しんでいた。


「いや、俺もさっちゃんからの手紙だと思って来たんだけど……。つまり、俺も差出人じゃない」


 差出人ではない達哉は、即座に弘大の予想を否定する。


「それじゃあ……誰が……?」


 四人が、同じ疑問を共有した時、秘密基地が大きく揺れた。地震かと思った四人は、それぞれが身を守る体制をとる。大きな地震であれば、こんなボロボロの山小屋などひとたまりもない。


 しかし、その揺れは地震によるものとは異なっていた。体感する揺れと、四人の目に映る山小屋の壁面のブレが釣り合わない。揺れが収まるのと反比例するように、四人の視界が視界がどんどんブレていく。


 視界のブレがひときわ激しくなった時、四人の耳に一度だけチリンと鳴るのが聞こえた。


「え……? えぇっ!? ちょっとっ!! さっちゃん! こうちゃん! それに、まさくんも!! どうしちゃったの? 三人とも、その姿。まるで……子供だよ!! 俺……夢でも見てるの…?」


 真っ先に声をあげたのは、達哉だった。


「そう言うたっちゃんだって、まるで子供だよ」


 いつも冷静な雅臣が、いくらか上ずった声で答える。


 達哉は、確かめるように自分の手を眺めた。それだけでは判断できずにおもむろに窓ガラスに向かう。


 そこに映ったのは、小学生の頃の達哉の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る