最終章 最期は君を……

 病院へ戻ってから、私は確実に弱っていくのがわかった。

 もう何日も食べていない。

 久しぶりに屋上に出た。

 二月の冷たい風が弱った体に染みてくる。

 灰色の空を見上げ、あの日から会っていない二人の顔を思い出す。

 「元気にしてるかな」

 すると、羽のような軽やかな雪が舞い降りる。

 最後の雪を両手ですくい、体に取り込むように包んで溶かした。

 

 意識がもうろうとしてきた。母が何かを言っているが、私の耳には届かなかった。

 目を閉じて浮かんできたのは、彼との最後の日だった。

 「雪野が好き」

 竹内くん。私、覚えているよ。君が言いかけていたこと。

 でも、あの時言ったら私が壊れてしまうと思ったんだよね。

――結局そのあと泣きついたけど。

私の夢、君の夢が叶うことって言ったけど、あれは半分本当で半分嘘。

もう半分の本当は、出来るのなら、君の夢を見届けたかった。

ねえ竹内くん、一回くらい会いに来てくれてもよかったんじゃない?

まあ、それもきっと、あの日の私の気持ちを感じ取ってくれた、君の優しさだよね。

 ……花音。 

一度だけ、名前で呼んでくれたね。

優しく落とされた竹内くん声は、私だけに向けた特別なものに感じて、とっても嬉しかった。

 勉強で忙しいかもしれないけれど、時々でいいの。時々でいいから、私と過ごした時間を思い出して……。

 花音の目から、一粒涙が流れ落ちた。

     

 涼。私も好き。大好き。


 三月五日。雪野花音は最期にあの日の返事をして、息を引き取った。


 花音が亡くなったことを、朝のホームルームで聞かされた。

 「三組の、雪野花音という生徒が昨日、がんで亡くなったそうだ。関わりのあった生徒は辛いだろうが、しっかりと受け止めて前に進んでくれ」

 先生の言葉に、悲しみの声を上げる生徒はいなかった。

 ホームルームが終わり、トイレに行って泣いた。

 わかってはいたが、いざその時が来ると辛い。

 一度くらいは、彼女が嫌がっていたとしてもお見舞いに行くべきだったと、後悔をした。

 顔を洗い、トイレを出ると健太が壁にもたれかかって待っていた。

 「お前が中で泣いてるだろうから、誰も入れないようにしといたぜ」

 そう言って健太はバシッと俺の背中を叩いた。

 「頑張れ」

 今度は健太に励まされた。

 頑張る。花音の夢、花音との約束を叶えるために。


 涼は無事、東京大学に合格した。

スーツに着替え入学式が行われる日本武道館へと向かった。

 途中、花音と話した公園に目をやると桜の花が満開だった。

 風が吹き、桜の花びらがゆらゆらと舞い、近づいてくる。

 両手くっつけ、一枚の花がをキャッチした。

 まるで、花音が「入学おめでとう」と言ってくれているようだった。

 春の空を見上げて呟いた。

 「四年後、そこを飛ぶからね」

 そうして涼は走り出した。花音に託された夢を胸に抱きしめて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君がいた時間を僕は忘れない 汐川ヒロマサ @shiokawahiromasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ