君ありて。 ②

ユメの家を出てしばらく歩いた。

 家に向かうのではなく、近くの公園。そこである人と待ち合わせをしていた。

 公園の入り口、その姿が見えた。

 「お待たせ、竹内くん」

 彼は見ていたスマホをポケットに入れて「今来た」と言った。

 「ブランコに座ろうか」

 彼がそう言って、ブランコへ向かった。

 「友達とは、ちゃんとさよなら出来たの?」

 「うん。出来たと思う」

 そっか、と言って彼はコンビニの袋からコーンスープを出して、私にくれた。

 「寒いね」

 しばらく沈黙が続く。しかしその沈黙も、決して嫌な沈黙ではなかった。

 心地いい沈黙に浸っていると、彼が口を開いた。

 「明日から病院に戻るんだよね?」

 「うん。もう出てこれないかも」

 暗くて彼の表情が見えないが、かすかに花をすする音だけが聞こえてきた。



 俺は結局、彼女に余計な期待を持たせただけだ。

 少しでも長く生きよう。だなんて、軽々しく言うもんじゃなかった。

 あの日、雪野の余命があと三か月だと知った時、俺は何も言ってやることが出来なかった。

 そして、彼女の最後の退院が今日で終わる。

 自分の無力さに、目がうるみ喉の奥が締め付けられ、唇を噛み締めた。

 「竹内くん」

 こぼれそうな涙をこらえ、返事をした。

 「どうした」

 「泣かないで」

 暗闇でかすかに、彼女は笑っていた。

 「竹内くんが励ましてくれなかったら、私は今日まで何も考えずに過ごしていたと思う。ユメとの最後も、こんなに大切に思ったりなんてしなかった思う」

「全部、君が教えてくれたから少しでも生きる希望が持てたんだよ」

その言葉に、目がうるむ。

「竹内くん、私の夢、聞いてくれる?」

 「聞く。教えて」

 「私の夢は、君の夢が叶うこと」

 「竹内くんが東大に入って、パイロットになる。私は見届けられないけれど竹内くんならきっと叶えてくれる。ってか、なるんだよねパイロット。だから、私の夢は私が死んでも終わらない。君に託すから」

 空を見上げ、涙が落ちないようにした。

 「任せとけ。雪野の夢、絶対叶えてみせるから。だから……」

 言葉が詰まる。こらえるのにも限界が来て、涙が溢れてきた。

 死なないで。そう言いたかった。でも、言えない。言ってはいけない。必死に笑顔を作って見せた。そして、

 「だから、天国で見守っていてね」

 彼女は笑顔で「任せとけ!」と答えた。

 その笑顔を、月明かりがかすかに照らした。

 そして俺は、どうしても今日伝えたかったことを伝えた。今日を逃したら、二度と会えない気がしたから。

 「雪野が倒れた日、俺が何かを言いかけたこと覚えているか?」

 「んー、なんだっけ?」

 まあ、覚えてないよな。あの日はそれどころじゃなかったんだから。

 俺はブランコから立ち上がった。

 「俺、雪野が好き。もうすぐいなくなるのはわかってる。でも、この気持ちは伝えておきたい」

 「竹内くん」

 彼女は俺を見上げ、立ち上がり俺を引き寄せて抱きしめる。

 「ありがとう」

 「花音……」

 俺も強く彼女を抱きしめた。

 涼の涙が彼女の髪に一粒、二粒と落とされた。

 この時、彼女からの返事は聞けなかった。

 「さようなら」

 この五文字が意味する彼女の気持ちを、俺はすぐに理解した。


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