第2話

「……俺はいつまでやっていればいいのかな?」


 朝ご飯を食べ終わった後から、愛翔はずっと萌恵にくっついていた。


 時計を見ていないので正確な時間は分からないが、体感時間でおよそ二時間程度このままだ。


「いつまででもいいんですよ。兄さんは私に甘えるのがお仕事です」


 よしよし、と萌恵に撫でられた頭が気持ち良く、離れようと思わない。


(恐るべし萌恵のバブみ)


 受精卵になった兄をお腹の中で育てて産みたいというド変態発言をした萌恵に甘えてしまうのは、それほどまでに彼女の母性が凄いということだ。


 もし本当に幼児化、受精卵になる薬が出来たとしたら、間違いなく萌恵は愛翔に薬を飲ませようとするだろう。


 勉強や運動など何事もクールにそつなくこなす萌恵が兄に甘えられただけでこんな風になるなんて完全に予想外だったが、どうせ薬なんて開発されないから思う存分甘えさせてもらうだけだ。


 ただ、オギャるなんて言わずに普通に甘えさせてもらえば良かったな、と少しだけ後悔はした。


 普通に甘えられただけであれば、萌恵も兄さんを産みたいなんてことは言わなかっただろう。


 でも、オギャるじゃなかったらここまで甘えさせてくれなかったかもしれなかったので、少し難しいところでもある。


「兄さんは離れちゃダメです」


 ギュー、と腕と足を愛翔の背中に回してきた萌恵は、どうしても離れてほしくないらしい。


 先ほどより密着度が増したため、萌恵の甘い匂いや柔らかい感触がさらに伝わってくる。


「女の子がワンピースで足を開くものじゃないよ」

「兄さん相手にはいいんです」


 絶対に離さないといった想い込められているくらいの勢いで力を入れられて抱き締められた。


 兄さん相手には、と言ったということは、他の人にはダメなのだろう。


「兄さん、プラシーボ効果って知ってますか?」

「突然だな。実際には効果がないのにも関わらず、思い込みで効果が現れることでしょ」


 以前見たアニメで主人公が治験のバイトをするシーンがあり、実は効果が一切ない薬を飲まされていたから知っている。


「兄さんがラムネを受精卵になる薬だと強く思い込めばなりませんか?」

「なるかあぁ」


 抱き締められながらツッコミを入れてしまった。


 確かにプラシーボ効果は実験で効果があったりするらしいが、思い込みで受精卵になるなど聞いたこともない。


 そもそも思い込みで見た目が変わるのであれば、プラシーボ効果がある薬が発売されて周りは美男、美女ばかりになるだろう。


 というか愛翔自身は思い込みが激しい性格をしていない。


「兄さんならいけます」

「いけないよ」


 何を根拠に言っているのか全く分からないし、プラシーボ効果はあくまで精神的な効果なようなので、見た目に変化が現れるわけではないのだ。


 いつもの萌恵ならすぐ分かりそうなものだが、甘えられてバカになって基本的なことも分からなくなっているのかもしれない。


「ダメですか……やはり誰かが作ってくれるのを期待するしかないですね」


 本気で残念そうな声を出す萌恵に、愛翔はこの妹どうしよ? と本気で心配になった。


 甘えられて母性本能が刺激されたのは仕方ないにしても、普通は甘えてきた本人を産みたいと言わない。


 兄の子供を産みたいであればまだ理解出来なくもないが、流石の愛翔も兄を産みたいと言われてどうしていいか分からないのだ。


「ならプラシーボ効果で中身を幼児化させましょう」

「……は?」


 せめて日本語で言ってほしい、と心の中で思ってしまったほど、愛翔は萌恵の言葉が理解出来なかった。


 いや、日本語だって分かっているものの、どう解釈していいか分からない、と言った方が正しいのかもしれない。


「もう……甘えん坊な兄さんはお馬鹿さんなんですから」


 仕方ない兄さんですね、と頭を撫でられた。


 バカはお前じゃね? とツッコミをいれたいが、今の萌恵には何を言っても無駄だろう。


 確実に兄を産みたい、幼児化されたいなどと思っていそうなのだから。


「普通に俺の子供を産むのじゃダメなの?」

「一度兄さんを産んだ後に兄さんの子供を産みたいと思っていますよ」


 何百年と生きられたとしても無理なことだろう。


「大好きな兄さんを産んで、大好きな兄さんの子供を産むのが私の夢になりました」


 無理難題な夢を言われ、本当にどうしていいか分からなくなる。


「俺のこと好き?」

「大好きですよ。血の繋がりがある兄妹を親に持っていても何もなく接してくれますし」


 本当にそう思っているかのような優しい声だった。


 小学生の時に血の繋がりがある兄妹が親だというのがクラスメイトに知られ、変だと言われ続けたそうだ。


 兄妹で結婚しないというのは小学校低学年くらいから分かるだろうし、それが原因でクラスメイトから避けられたらしい。


 でも、愛翔は話を聞いた時に驚きはしたけれど、せっかく妹が出来から仲良くしたいと思った。


 それが萌恵に好意を抱かれるきっかけになったのだろう。


 ツンな態度になる時があるのは、好意の裏返しということだ。


 完全に好きになったのは今朝甘えてからだろうが。


「俺が萌恵から産まれてくるのは無理だけど、将来萌恵を妊娠させることは出来るから」

「あ……」


 優しく手のひらで萌恵の頬に当てると、彼女は甘い声を出した。


「俺も萌恵が好きだから」


 元々好意がある状態でこんなに甘えることが出来たため、本気で好きになってもおかしくない。


 兄を産みたいというおかしな言葉を口にはするも、何とか抑えることは可能だろう。


「しょうがないですね。兄さんが私を好きなのは分かりきっていますし、薬が出来るまでは兄さんの子供を産むので我慢しますよ」


 そんな薬が出来ることはないだろうし、おかしな言動は聞き流せばいい。


「で、でも……兄さんが私を好きなのを証明するために……その……キスをしてくだ、さい」

「キス?」

「はい。私はファーストキスですよ」


 喜んで、と口にした愛翔は、頬を赤くしている萌恵の顔に自分の顔を近づけていく。


「んん……」


 唇と唇が触れ合うキスをした。

 萌恵の唇柔らかくて熱く、甘い匂いもあって愛翔の本能が今までにないくらいに刺激される。


「母さんが実の兄妹で愛し合ったんだし、義理の兄妹の俺たちが愛し合っても文句は言われないよね」

「はい。沢山愛し合いましょう。そして将来は兄さんを産みます」


 絶対に無理だろ、と思いつつ、愛翔は再び萌恵にキスをした。

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両親が実の兄妹の義妹に「兄さんを産みたい」と無理難題を迫られた しゆの @shiyuno

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