両親が実の兄妹の義妹に「兄さんを産みたい」と無理難題を迫られた

しゆの

第1話

萌恵もえにバブみを感じたからオギャっていい?」

「は、はあ……」


 ゴールデンウィーク最終日の朝、朝食を食べるためにリビングに来た相川愛翔あいかわあいとが朝食の準備をしている水色のワンピースの上に白いエプロンを身に付けた妹の萌恵に話しかけると、何とも曖昧な返事を彼女はした。


 両親が海外出張で不在なために萌恵が家事を担当しているためか、話しかけられても調理を止めようとしない。


「せめて日本語で話してもらえませんか? 兄さんの言葉は意味不明です」


 どうせオタク用語か何かなんですよね、と呟いた萌恵は、一度もこちらを見ずに調理を続ける。


 漫画やアニメが大好きなため、愛翔はたまにオタク用語を使うのだ。


 オタク用語は一般人には分かりづらいことがあるため、アニメとかを趣味にしていないと分からないだろう。


「バブみとか前はオタクの間で使われてたけど、今ではアイドルや女優相手にも使われるぞ」

「そうですか。意味は不明です……というかどうでもいいですけど」


 キッチンで調理をしている萌恵の表情は伺えないが、冷えきった声だけで本当に興味がないのが分かった。


 ある程度アニメが好きであったとしても、オタク用語に興味がない人だっているだろう。


「見た目はアニメから飛び出してきたようなのにね」


 腰まで伸びたサラサラな青みがかった薄い紫色の髪、長いまつ毛にアメジスト色の大きな瞳、シミ一つ見られない透けるような白い肌といい、まるで二次元から飛び出してきたと錯覚させる容姿だ。


 アニメのキャラみたい容姿なのにはもちろん原因があり、両親が血の繋がった兄妹だからだ。


 血の繋がりがある者同士の子供は極稀にではあるが、髪や瞳の色が普通とは違って産まれてくるらしい。


 血縁関係である兄妹では結婚出来ないため、萌恵の母親は当時バツイチで子持ち、幼馴染みでもある愛翔の父親と結婚した。


 つまり萌恵の母親は重度のブラコンだったというわけだ。


 その話を聞いた時は現実で愛し合う兄妹がいるのに驚いた記憶が今でも鮮明に残っている。


 ちなみに血の繋がりがある萌恵の父親も、今は他の女性と結婚して幸せに暮らしているらしい。


 萌恵とは血の繋がりがないので、髪は黒、瞳は茶髪と愛翔の容姿どこにでもいるような日本人だ。


「見た目がそうだからって私がオタク用語を知っているわけではありませんよ」

「バブみとは年下の女性に母性を感じることで、オギャるとはオギャアオギャアと赤ちゃんみたいに甘えることを言う」


 先月に高校生となった萌恵からは母性が溢れるようになってきたため、愛翔は一つ歳が下の妹に甘えてみたくなった。


 男性が女性に母性を感じる要因の一つとなる胸が少し大きくなったからなのだが。


「そうですか。お皿に盛り付けるので運んでもらっていいですか」

「オギャりたいのに手伝うとでも?」


 赤ちゃんに手伝うことなど出来はしないし、手伝うことなどしたくないため、愛翔はオギャアオギャア、と泣いてみる。


 端かた見たらヤバい奴だろうが、バブみを感じて甘えたくなったから仕方ない。


「後で甘えていいから手伝ってください。それと赤ちゃんみたいになくのはキモいですよ」


 甘えさせないで泣きまくっている兄さんを見るのは嫌ですので、とお茶碗にご飯を盛り付けながら言われた。


 流石に泣きまくっては大人げないため、愛翔は「分かった」と頷いてキッチンに向かう。


 白米、焼き鮭、ほうれん草のお浸し、味噌汁を萌恵と一緒にテーブルまで運んでいく。


 二人して「いただみます」と言ってご飯を食べた。


☆ ☆ ☆


「早速、オギャろう」


 朝ご飯を食べて片付けが終わった後、愛翔はリビングのソファーに座っている萌恵の隣に腰かけた。


 隣に座っているだけなのに、女性特有の甘い匂いが鼻腔を刺激する。


「約束してしまったのですし、仕方ないですね」


 やれやれ、といった感じで両手を広げてきた萌恵に、愛翔は「オギャア」と言って抱きつく。


 甘い匂いとむにゅう、という柔らかい感触が本能に直接襲いかかってくる。


「いちいちオギャアとか言わなくていいです」

「普通に抱きついたらオギャるじゃないし」


 あくまで赤ちゃんのように甘えるからこそオギャると言うのであって、普通に甘えたら単なる兄妹のイチャイチャだ。


「でも、子供みたいに甘えてくる兄さんは、その……可愛い、です」

「オギャるしかない。オギャアァァァ」

「あ……ちょ……」


 我慢出来なくなってしまい、頬を赤くしてデレた萌恵の胸に顔を埋めさせる。


 少し動かしただけでむにゅむにゅ、と形を変える柔らかい胸は面白い。


「何ででしょう? こう……今の兄さんは尊いです。赤ちゃんになって私のお腹に入ってから出てきてくれません?」

「無理だから」


 どうやったら女性のお腹の中に入れるくらいに小さくなれるのか分からないし、そもそも現代の科学では不可能だ。


 でも、そう思ってしまうくらいに母性が刺激されてしまったのだろう。


 萌恵は赤ちゃんの動画とか見ているくらいだし、赤ちゃんのように甘えてくる人が好きなのかもしれない。


 つまりは何も出来ないダメ人間に母性が刺激されてしまうということだ。


 先ほどは赤ちゃんみたいに甘えてくるのはキモい、と言っていたのに、実際に甘えられただけでこうなるのは凄い心境の変化だ。


 ただ、他の人が赤ちゃんのように甘えてきても、今の萌恵みたいにはならないだろう。


 むしろオギャりたいと言われた時点で通報しているかもしれない。


「大人を赤ちゃんにする薬が開発されないですかね。中身じゃなくて見た目が」

「赤ちゃんになったって女性のお腹の中に入るの無理でしょ」


 ボケじゃなくて本気で言っていそうな萌恵に冷静なツッコミを入れる。


「そうでした。受精卵になる薬ですね」


 そんな薬は未来永劫作られないだろうが、面倒なのでツッコミはしないことにした。


 確かに体外受精させて女性の身体の中に入れて育てて出産させる方法はある。


「大人を受精卵にする薬が出来たら毎年兄さんに飲ませるのですが……そうなれば毎年兄さんを産めます」

「俺は嫌だよ。毎年だったら萌恵にオギャれない」

「そうでした。じゃあ一回、一回だけお願いします」


 存在しない薬を飲ませようと妄想しているであろう萌恵に、愛翔はどうしていいか分かららず困惑した。


 母性を感じた妹に甘えたくなるシスコンだという自覚はあったのだが、流石のシスコンも妹に自分を出産してもらおうとは思わない。


 兄妹じゃなくて親子になってしまうのだから。


 でも、愛翔は甘えるのを止めようとは思えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る