優しい罪人

歩く屍

第1話 優しい罪人

 私はマルメス・アークナー。農業をしている老い先短い爺だ。田舎のイグリットという村で暮らしている。


 農作物の世話をして、日に日に成長していく野菜たちを見るたび、こいつらが成長していく様を見るのが生きがいとなっていた。


 何年この仕事をしているのだろうか。50年? 60年? 年を重ねるごとに記憶力が無くなってきているのが嫌でも分かる。


 もういつ死んでもおかしくないかもしれない。せめて、この野菜たちが出荷されるのを見てあの世に行きたいものだ。


 今日も元気に畑を耕し、野菜の為に体を動かす。


 天気が良く、日差しが眩しい。


 こんな平和な毎日が、いつまでも続いてほしいと願う。


 しかし、そんなことを思っている最中、事件が起こった。


「誰か! うちの子を知りませんか?」

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

「依頼で雇われている冒険者の方ですね! お願いします! うちの子を助けてください!」


 騒ぎの方向へ足を運ぶと、この村の周りを守ってくれている冒険者の1人に、入ってはいけない森に入った子供の母親が助けを求めていた。


「すまないが、それは……」


 それは無理な話だった。ここの村は昔、魔王と戦った勇者が宿に困っていて泊まりに来てくれた有名な地であり、近くの森で勇者が魔王を封印した場所でもある。


 近づけば結界魔法により探知され、魔王を復活させようとした罪で処刑されることになるだろう。

 たとえ、女や子供であろうとも。


「そんな! お願いです! どうか、どうか……」


 神に祈りを捧げるように、手を合わせて子供の無事を願う母親を見て、私は前に出る。


「その子はいつ森に入った?」

「ついさっきです。もしあの子に何かあったら私……」

「私が見てこよう。連れて戻ればいいんだな?」


 希望の光に見えたのか、私の足元にしがみつき願う。


 私は森に入り、子供を探した。一度探すのを止め、目を瞑る。集中して気配を探っていくと、微かに人の気配がし、その気配のした方向へと急いで向かう。


 生い茂る草や木々を避けて進むと、人影が3人あった。その中に、恐らくあの母親の息子らしき子供もいた。その子を無理やり抱え、襲い掛かってきた二人組から逃げる。


「た、助けてくれてありがとう。おじちゃん」

「なあに、このくらい。まだ若いもんには負けんわ」


 不安がらないよう、結構足腰に負担があることを隠しながら話す。


「妹の病気が早く治ってほしくて、ここにある薬草を採ってこようとしただけなんだ!」

「そうだったのか。だが、家で待っているお母さんを心配させたらいけねえ。送ってやるから、帰ったら心配させてごめんなさいと謝るんだぞ?」


 子供は素直に、ごめんなさいと涙目になる。頭を2、3回ほど頭をなでてからこの森からの脱走を試みる。


 しかし、どうやらすでに遅かったようだ。


「そこまでだ! ここへの侵入は禁じられている。大人しく投降しろ。変な真似はしない方がいいぞ? こちらは人数を増やして5人。下手に動けば、刃と魔法であの世いきだ」


 私は子供を後ろに庇いながら、真の姿を晒す。


「話は聞いた。ここへ入ったら、女だろうが子供だろうが死刑なんだろ?」

「お前は……。勇者!? マルメス・アークナーだと! そんなばかな!? 魔王を封印した500年前の存在がなぜここに!」


 勇者マルメス。魔王による時空魔法の反動により私は歳をとるのが遅い。封印した後、変装と魔法を駆使して姿を隠してあの時姿を消した。


 魔王を倒す為に戦ってくれた仲間の骸を、今でも忘れたことはない。


「そんなことはどうでもいい。この子供は処刑されてしまうのか! どうなんだ!」

「ああ。知らずに入ったのか知らないが、魔王復活に繋がりそうな者は全て処刑だ」

「分かった。しかし、どうかここは私の命だけにしてもらえないか? ここに入ってしまったのは私も同じだ。どうだろうか?」

「国王様に判断を委ねる。そこで大人しくしていろ。ま、結果は変わらないと思うがな」


 しかし、この騎士たちの考えはひっくり返り、子供は見逃す代わりに私を国民の前で打ち首の刑にすることで話は丸く収まった。


 死刑日当日、台に上がり首がすっぽり収まる台に首を置く。


 ここで、あの時助けた子供がこの場にやってきた。


「待ってよ! その人は悪くない! だから殺さないで!」


 その言葉はとても嬉しいものだったが、彼に伝える。


「ここまで来て止めようとし、妹の病気を治そうと行動した勇気ある少年よ。私は戦う日々に疲れ果て、死ぬ機会を与えてもらった。どうか、私という存在の最後を、見届けてはもらえないだろうか」


 涙を流す彼は最後に言葉を残す。私の目を見て察してくれたのだろうか。


「だったら僕が強くなって、勇者になる! おじちゃんのようなカッコいい勇者に!」

「ありがとう……。これで安心して逝ける」


 最後の言葉とともに、私は首を落とされ死んだ。あの子に勇者の最後を見せたのは残酷だったのは事実だが、それでも未来ある子供に何かを伝えられたのなら私がここまで生きた意味はあったのだろう。


 せめて、あの子が幸せな未来を歩んでいくのを願って僕は仲間の元へと行こう。


『ただいま……皆……』




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