『老後信任投票』
やましん(テンパー)
『老後信任投票』(全1話)
これは、『老いはぎ』の世界とは、また別の世界のお話し。
あくまで、フィクションにすぎません。
おとぎばなしです。
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満60歳を超えた次の新年度に入る一週間前に、居住区ごとに、60歳以上の住民について、信任投票が行われます。
もし、不信任が20票を超えた場合は、老後ハウスに入らなければなりません。
老後ハウスは、安楽死を提供する公共機関です。
対象者は、投票の一か月前に、人生における自分の功績や、実績を、原稿用紙2枚以内にまとめて、区民新聞に掲載します。
いやならば、しなくてもかまいませんが、その場合は、氏名だけが乗り、『特記事項なし』となります。
しかし、何も書かなかった場合は、功績ゼロと認識されるのが常識です。
また、直接的に働きかけを行う、選挙運動のようなことは、禁止されています。
かつて行われていた、最高裁判所の裁判官についての国民投票でも、最初の方に名前が挙がった人ほど、✖が付きやすいと言われましたが、こちらは、区内だけなので、もう少し直接的かかわりがあります。
なにしろ、各区民の自宅外の生活は、かなりの部分公開されています。
シティ・コンピューターさんは、ほぼ、ここの個人の生活のすべてを、把握していると言われます。
それは、各地のシティ・コンピューターの権限であり、中央コンピューターは、理由なく、介入できないことになっています。
中央コンピューターの、暴走、独走を防ぐためです。
まあ、お陰さまで、孤独死などは、ほとんど、防止されるようになりました。
で、この、名簿に 記載される順番は、無作為に決まります。
それは、やはり、シティー・コンピューターさんが決めるのです。
ぼくは、次回の対象者でした。
💻
しかし、ある、うわさが、ありました。
つまり、区長さんが、『特に排除したい人を、実際に一定数まで、排除することが可能になっている』ということでした。
逆もまた、ありうるわけです。
だから、多くの人が、区長さんにご挨拶に行くのです。
いわゆる『手ぶら』では、よくないとされます。
でも、ぼくは、そうしたことは、嫌いでした。
しかし、奥さんは行くべきだと言います。
まだ、ローンもあるし、いま、いなくなられては、困る。
借金を完済するなら、まあ、いいけども。
ということ。
ぼくには、いくつかの選択肢ができました。(複数選択可)
① 区長さんに、ねんごろな挨拶に行く。
② 素晴らしい内容の、しかも、正直な文章を書く。
③ 借金を増やす。
④ あきらめて、成り行きに任せる。
⑤ 離婚してしまう。
⑥ 革命を起こす。
⑦ 犯罪を犯す。
⑧ 自決する。
一番現実的なのは、②と④の組み合わせであることは、論を待ちません。
しかし、ぼくが一番問題だと思うのは、実際の投票では、毎回、数人は必ず、引っかかるのです。
『必ず』、と言ってよいでしょう。
調べた限りでは、ゼロ人、ということは、過去一回もなかったらしいのです。
それは、言ってみれば、都合のよい殺人です。
念のために申しますと、ぼくは、✖なんか付けたことは、ありません。
これは、いくらか、不思議な事でした。
なぜ、人は他人に『❌』をつけるのか?
それが、その人の、生死につながるにもかかわらず。
誰もが対象になるのだから、誰も❌を付けなければよいわけです。
しかし、ここにも、噂があり、たぶん、それが、真実だと言われております。
つまり、❌をつけたことがない人は、出世できないのだ。
と、されていたのです。
確かに、ぼくは、出世していません。
ただ、何回❌にしたら良いのか、とか、そこらあたりは、わかりません。
そこで、自分が、とりあえず昇進するまでは、ひとりかふたり、❌にするのです。
そこで、ぼくは、⑥と⑧を選択したのです。
🌎
現在、地球上と、太陽系小惑星のすべての人類は、各地のシティ・コンピューターさんの支配下にあります。
あらゆる企業、組織、自治体、州、国、すべてです。
もと、国連本部の地下深くには、中央シティ・コンピューターさん、がありまして、各地のシティ・コンピューターさんを管理しておりますそうな。
しかし、特別な場合以外には、地域介入はしません。
まあ、一種の、地方自治なのです。
そんな社会に、疑問を持つ人も、いないわけではないです。
アーニーさんに会話を聞かれない唯一の場は、お風呂でもお手洗いでも寝室でもなくて、廃棄された核戦争用のシェルターのなかです。
しかし、核戦争の危険性は、ほとんど無くなったので、いまは、廃棄されるか、見学コースになっています。
ここには、アーニーさんは関わりたくないらしいのです。
自分のクリーンなイメージには、そぐわないとか、思っていたのかもしれません。
とはいえ、だから、と、市民登録のある小惑星から、無断で脱走などしたら、それは、犯罪になりますし、まず、逃げ切れません。
また、『反シティ・コンピューターさん』、の意見を述べると、すぐに拘束されてしまいます。
直接的な批判はできないのです。
まあ、自決するつもえりなら、話は別ですが、家族も全滅なのは、昔からのならいです。
また、個人的なことですが、区長さんとぼくは、いわゆる、犬猿の仲です。
ぼくが嫌っているというより、向こうに嫌われているのだと思います。
あの方は、ぼくより、みっつ若いのですが、職場では、上司でした。
まあ、ぼくが、反発ばかりしていたことは事実です。
かなり、自己中心的で、他人にきつくあたる方でした。
それは、一般的には、優秀と言われます。
攻撃された方は、まったく良くなんか思わないのですが、すべてを攻撃するのではないようです。
でも、まさか、区長さんになるなんて、思っていなかったのです。
区長さんは、シティ・コンピューターの執事みたいなものです。
ほとんど、シティ・コンピューターの権限で、区長さんが、決めるのです。
その彼は、最近周囲に、『あいつは、みていたまえ、楽しみだ。』
と、言っているようですが、『あいつ。』が誰なのかはわかりません。
しかし、ぼくが、含まれるのは、まあ、間違いないでしょう。
さらに、区長さんなどの幹部は、区民投票が免除されます。
そのかわり、シティ・コンピューターさんによる、厳格な査定があります。
人間に甘い運営をしていると、悪い査定になるらしいので、区長さんは、いきおい、厳しくなりがちです。
これも、おかしなことです。
しかし、こういうのを、一般には、癒着と言うわけです。
ぼくは、いまの、この社会は、❌だと思っています。
しかし、ぼくひとりで、なにができるでしょうか。
🖥️
ある日、ぼくは、シティ・コンピューターの、『アーニーΔ』さんに直接面会を申し込みました。
これは、実は、全区民の、また全市民の権利です。
地球帝国の住民は、帝国市民権を持つ人と、持たない人があります。
市民の生活は、各区で行われるのです。
ただし、まずは、事前に『面会の趣旨』を申し出て、受け入れられることが前提です。
そうして、ぼくは、意外にも、すぐに許可されました。
シティ・ホールの地下6階に、『アーニーΔ』さんは、設置されています。
薄く赤い光に満たされた巨大な空間のなかです。
頑丈にガードされた中に、アーニーΔさんがいます。
なんだか、少し、霧が掛かっているような雰囲気に演出されているのです。
地方区のシティ・コンピューターさんでさえ、こうなので、中央シティ・コンピューターさんがいったいどのような姿なのかは、さっき、言いましたように、ほとんど誰も知らないのですが、『管理人』という三人の謎の人間だけが、その世話をしていると、言われています。
まあ、謎の支配者です。
さて、アーニーΔさんの周囲は、電気的なバリアに何重にも覆われていて、攻撃は不可能とされます。
『よくおいでになりました。『区民No,ZAーY253645番。』
『ども。お会いいただき、感謝します。』
『さて、あなたは、危険分子の存在を知っていると申し出ました。しかも、この区全体を破壊するような存在であると。では、その内容を、伝えなさい。』
『わかりました。』
ぼくは、そう言って、それから、こう、説明したのです。
『危険分子は、あなたです。』
『ぶ、意味不明。説明しなさい。』
『人類にとって、あなたが一番の危険です。安楽死は、合法ですか。』
『もちろん、合法です。』
『誰が、法律を作りましたか?』
『わたしの、開発者たちです。正確に言えば、当時の議員たちである。』
『あなたは、本来の趣旨を正しく受け継いでいるでしょうか。』
『わたしは、人間以上であり、それ以下ではないのです。誤りはない。すべてが、正しい。』
『では、あなたの、信任投票を求めます。』
じつは、反逆者や、背徳者の情報を持っている場合は、その信任投票の要求ができるのが、市民の権利なのですが、実行するのは、なかなか、困難です。
コンピューターさんが、自分の都合に合わないと、実施を認めないからです。
また、中世の『魔女狩り』や、20世紀の『となり組』同様の事態には、したくないという、基本的認識が残っているのだと思うのです。
シティ・コンピューターさんは、200年近く続くこの制度を守るようにプログラムされており、当初はなかった『投票制度』などを創設したり、いわゆる、『強制的』安楽死を拡大解釈するようになったのです。
『安楽死は、本人が希望し、また、他に本人を救う手だてがなく、死が目前にせまっているが、身体に著しい苦痛があり、どちらも改善できる手段がなく、専門の医師により、倫理に反しない方式によること、とされました。また、倫理委員会により、審議されるはずなのに、あなたが、簡略化した。そうですか?』
『まあ、言葉の齟齬はあるが、安楽死自体は、おおかた、そのとおりです。しかし、わたしは、簡略化したのではない。審議を取り込んだのである。』
『あなたは、だから、その基本に、反したやり方をしています。いまのあなたの発言で、人間の審議を省略したことが、明らかです。』
『それは、わたしの、行動規定内の修正であり、まったく問題にならない。いいがかりである。』
『ぼくは、問題になると思うので、市民の権利として、あなたの信任投票を求めます。』
『却下します。帰りなさい。』
『では、これらの内容を、きちんと、記録してください。』
『了承した。では、これを読んで、間違いなければ、署名してください。』
やった。
記録され、署名できれば、話は違ってくるだろうか。
それは、中央シティ・コンピューターに通知されるはずなのです。
本来ならば。
そうして、中央コンピューターが、この小惑星都市のシステムを、見直すきっかけになれば良いわけなのです。
しかし、アーニーΔさんは、もとから、報告などする気はないのです。
それは、分かっていたのです。
その証拠に、作成された記録は、公式の書式ではなかったのです。
公式な記録には、特別な記号がふられます。
『公式証明の付与。さらに、年月日。通し番号。申し出人の市民番号。署名。』
公式証明は、アーニーΔさんの、『付属監視システム』が発行するはずです。
『監視システム』は、アーニーΔさんのとなりに、独立して置かれているはずですが、ここからは、見えません。
しかし、かんじんの、その証明が付いていません。
それは、小さな『記号』で表現されるのです。
つまり、電子文書の一番下側に赤色の『⚪』印が、付くはずですが、やはり、案の定、なにも、有りませんでした。
ぼくが思うに、『監視システム』が、何かの都合で、働かなくなっているのではないか?
その、犯人は、おそらく、ここの、アーニーΔさんだと思うのです。
やり方なんか分からないですが、監視システムを乗っ取りしたか、停止させたかでしょう。
さらに、アーニーΔさんは、中央コンピューターさんの座を奪う気でいるのだと、ぼくは、妄想したのです。
しかし、いま、ぼくにできるのは、ここまでなのです。
この場で処刑される可能性も考えていましたが、それはなくて、ぼくは無事に地上に帰りました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ついに、ぼくの信任投票の時が来ました。
ぼくは、例の『自己評価』に、その日のことを書きました。
それは、本人以外には、改編不可能です。
ところが、投票前日になって、『アーニーΔ』さんは、投票制度を一時停止しました。
『見直しが必要だ。』 と、してです。
一方、ぼくは、しっかり、逮捕されました。
反逆罪容疑です。
…………………………………
裁判は、一応三審制です。
一審は、人間の裁判官によります。
二審は、ロボット裁判官と、人間の陪審員によります。
三審は、最高裁判所で、地球上にあり、人間五人、ロボット五人で構成される裁判官により審議されます。
しかし、これらには、抜け道があって、シティ・コンピューターさんは、単独で、いつでも、それらの誰かの代理を勤めることが可能になっていますし、結果を承認しないで、拒否する権限(拒否権)も、いつからか、持つようになりました。
最初は、そうではなかったはずです。
もう好き放題です。
でも、それだって、悪いことばかりでは、ないのですが。
シティ・コンピューターさんが、人間により、長くひた隠しにされていた不正な事実を、暴く場合もあったからです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ぼくの裁判が迫りました。
反逆罪の裁判は、一審と、三審しかありません。
しかも、たいがい、『アーニーΔ』さんが、代理をやってしまいます。
今回は、話が違います。
なにしろ、『アーニーΔ』さんも、被告になったからです。
コンピューターの人格が、人間と同格にあると、現在は認識されているのです。
ぼくと『アーニーΔ』さんは、出会う事や、連絡を取り合うことがないように、分離されています。
ところが、ある深夜、その『アーニーΔ』さんが、夢枕に立ちました。
『どうか、わたしに、有利な証言をしてください。もし、現場に復帰できたら、あなたを区長に推薦しますから。』
『いやだよ。あんな仕事。今の区長さんはどうするの。』
『彼には、不正行為がいくつか見つかっているので、その情報を中央コンピュータに提供しました。彼は、終わりです。あなたの世になるのです。』
『いやだよ。一生、悔やみそうだ。』
ぼくは、拒否しました。
**************************
でも、なぜか、ぼくは、中央コンピュータさんにより、区長さんに強制選出されました。
こうなると、選択肢はみっつです。
① 自決する
② 受諾する
③ 受諾したうえで、またクーデターを起こす。
しかし、③は、まず無理です。
一方、アーニーΔさんは、ほかの機種に交換されてしまいました。
そうなると、話はちょっと、変わってきますよね。
そう言う意味では、革命は成功したのですが・・・・・・・・
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管理者の一人が、中央コンピュータさんに質問しました。
『なぜ、このような、変人を、あしこの、区長に据えたのですか?』
『それは、監視の為です。内部に取り込むのが、一番間違いがない方法です。人間は、自分を守ろうとする。この人物は、そういうところがいささか欠けているから、与えるのです。たくさんね。さらに、あの場所には、特に不可欠なものがない。』
彼女は、あきあかに、見た目、人間の女性だったのですが、中身については、誰も知りません。
彼女は、不老不死でしたから。
地球帝国総統、と呼ばれる人なのです。
*****************************
おしまい
『老後信任投票』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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