『老後信任投票』

やましん(テンパー)

『老後信任投票』(全1話)


 これは、『老いはぎ』の世界とは、また別の世界のお話し。


 あくまで、フィクションにすぎません。


 おとぎばなしです。



  *************************



 満60歳を超えた次の新年度に入る一週間前に、居住区ごとに、60歳以上の住民について、信任投票が行われます。


 もし、不信任が20票を超えた場合は、老後ハウスに入らなければなりません。


 老後ハウスは、安楽死を提供する公共機関です。


 対象者は、投票の一か月前に、人生における自分の功績や、実績を、原稿用紙2枚以内にまとめて、区民新聞に掲載します。


 いやならば、しなくてもかまいませんが、その場合は、氏名だけが乗り、『特記事項なし』となります。


 しかし、何も書かなかった場合は、功績ゼロと認識されるのが常識です。


 また、直接的に働きかけを行う、選挙運動のようなことは、禁止されています。


 かつて行われていた、最高裁判所の裁判官についての国民投票でも、最初の方に名前が挙がった人ほど、✖が付きやすいと言われましたが、こちらは、区内だけなので、もう少し直接的かかわりがあります。


 なにしろ、各区民の自宅外の生活は、かなりの部分公開されています。


 シティ・コンピューターさんは、ほぼ、ここの個人の生活のすべてを、把握していると言われます。


 それは、各地のシティ・コンピューターの権限であり、中央コンピューターは、理由なく、介入できないことになっています。


 中央コンピューターの、暴走、独走を防ぐためです。


 まあ、お陰さまで、孤独死などは、ほとんど、防止されるようになりました。



 で、この、名簿に 記載される順番は、無作為に決まります。


 それは、やはり、シティー・コンピューターさんが決めるのです。


 ぼくは、次回の対象者でした。


                   💻


 しかし、ある、うわさが、ありました。


 つまり、区長さんが、『特に排除したい人を、実際に一定数まで、排除することが可能になっている』ということでした。


 逆もまた、ありうるわけです。


 だから、多くの人が、区長さんにご挨拶に行くのです。



 いわゆる『手ぶら』では、よくないとされます。


 でも、ぼくは、そうしたことは、嫌いでした。


 しかし、奥さんは行くべきだと言います。


 まだ、ローンもあるし、いま、いなくなられては、困る。


 借金を完済するなら、まあ、いいけども。


 ということ。


 ぼくには、いくつかの選択肢ができました。(複数選択可)



 ① 区長さんに、ねんごろな挨拶に行く。


 ② 素晴らしい内容の、しかも、正直な文章を書く。


 ③ 借金を増やす。


 ④ あきらめて、成り行きに任せる。


 ⑤ 離婚してしまう。


 ⑥ 革命を起こす。


 ⑦ 犯罪を犯す。


 ⑧ 自決する。



 一番現実的なのは、②と④の組み合わせであることは、論を待ちません。


 しかし、ぼくが一番問題だと思うのは、実際の投票では、毎回、数人は必ず、引っかかるのです。


 『必ず』、と言ってよいでしょう。


 調べた限りでは、ゼロ人、ということは、過去一回もなかったらしいのです。


 それは、言ってみれば、都合のよい殺人です。

 

 念のために申しますと、ぼくは、✖なんか付けたことは、ありません。


 これは、いくらか、不思議な事でした。


 なぜ、人は他人に『❌』をつけるのか?


 それが、その人の、生死につながるにもかかわらず。


 誰もが対象になるのだから、誰も❌を付けなければよいわけです。


 しかし、ここにも、噂があり、たぶん、それが、真実だと言われております。


 つまり、❌をつけたことがない人は、出世できないのだ。


 と、されていたのです。


 確かに、ぼくは、出世していません。


 ただ、何回❌にしたら良いのか、とか、そこらあたりは、わかりません。


 そこで、自分が、とりあえず昇進するまでは、ひとりかふたり、❌にするのです。


 そこで、ぼくは、⑥と⑧を選択したのです。


                🌎



 現在、地球上と、太陽系小惑星のすべての人類は、各地のシティ・コンピューターさんの支配下にあります。


 あらゆる企業、組織、自治体、州、国、すべてです。


 もと、国連本部の地下深くには、中央シティ・コンピューターさん、がありまして、各地のシティ・コンピューターさんを管理しておりますそうな。


 しかし、特別な場合以外には、地域介入はしません。


 まあ、一種の、地方自治なのです。


 

 そんな社会に、疑問を持つ人も、いないわけではないです。


 アーニーさんに会話を聞かれない唯一の場は、お風呂でもお手洗いでも寝室でもなくて、廃棄された核戦争用のシェルターのなかです。


 しかし、核戦争の危険性は、ほとんど無くなったので、いまは、廃棄されるか、見学コースになっています。


 ここには、アーニーさんは関わりたくないらしいのです。


 自分のクリーンなイメージには、そぐわないとか、思っていたのかもしれません。


 とはいえ、だから、と、市民登録のある小惑星から、無断で脱走などしたら、それは、犯罪になりますし、まず、逃げ切れません。


 また、『反シティ・コンピューターさん』、の意見を述べると、すぐに拘束されてしまいます。


 直接的な批判はできないのです。


  

 まあ、自決するつもえりなら、話は別ですが、家族も全滅なのは、昔からのならいです。


 また、個人的なことですが、区長さんとぼくは、いわゆる、犬猿の仲です。


 ぼくが嫌っているというより、向こうに嫌われているのだと思います。


 あの方は、ぼくより、みっつ若いのですが、職場では、上司でした。


 まあ、ぼくが、反発ばかりしていたことは事実です。


 かなり、自己中心的で、他人にきつくあたる方でした。


 それは、一般的には、優秀と言われます。


 攻撃された方は、まったく良くなんか思わないのですが、すべてを攻撃するのではないようです。


 でも、まさか、区長さんになるなんて、思っていなかったのです。


 区長さんは、シティ・コンピューターの執事みたいなものです。


 ほとんど、シティ・コンピューターの権限で、区長さんが、決めるのです。


 その彼は、最近周囲に、『あいつは、みていたまえ、楽しみだ。』


 と、言っているようですが、『あいつ。』が誰なのかはわかりません。


 しかし、ぼくが、含まれるのは、まあ、間違いないでしょう。


 さらに、区長さんなどの幹部は、区民投票が免除されます。


 そのかわり、シティ・コンピューターさんによる、厳格な査定があります。


 人間に甘い運営をしていると、悪い査定になるらしいので、区長さんは、いきおい、厳しくなりがちです。


 これも、おかしなことです。


 しかし、こういうのを、一般には、癒着と言うわけです。



 ぼくは、いまの、この社会は、❌だと思っています。


 しかし、ぼくひとりで、なにができるでしょうか。


 

         🖥️



 ある日、ぼくは、シティ・コンピューターの、『アーニーΔ』さんに直接面会を申し込みました。


 これは、実は、全区民の、また全市民の権利です。


 地球帝国の住民は、帝国市民権を持つ人と、持たない人があります。


 市民の生活は、各区で行われるのです。


 ただし、まずは、事前に『面会の趣旨』を申し出て、受け入れられることが前提です。


 そうして、ぼくは、意外にも、すぐに許可されました。


 


 シティ・ホールの地下6階に、『アーニーΔ』さんは、設置されています。


 薄く赤い光に満たされた巨大な空間のなかです。


 頑丈にガードされた中に、アーニーΔさんがいます。


 なんだか、少し、霧が掛かっているような雰囲気に演出されているのです。


 地方区のシティ・コンピューターさんでさえ、こうなので、中央シティ・コンピューターさんがいったいどのような姿なのかは、さっき、言いましたように、ほとんど誰も知らないのですが、『管理人』という三人の謎の人間だけが、その世話をしていると、言われています。


 まあ、謎の支配者です。



 さて、アーニーΔさんの周囲は、電気的なバリアに何重にも覆われていて、攻撃は不可能とされます。


 『よくおいでになりました。『区民No,ZAーY253645番。』


 『ども。お会いいただき、感謝します。』


 『さて、あなたは、危険分子の存在を知っていると申し出ました。しかも、この区全体を破壊するような存在であると。では、その内容を、伝えなさい。』


 『わかりました。』


 ぼくは、そう言って、それから、こう、説明したのです。


 『危険分子は、あなたです。』


 『ぶ、意味不明。説明しなさい。』


 『人類にとって、あなたが一番の危険です。安楽死は、合法ですか。』


 『もちろん、合法です。』


 『誰が、法律を作りましたか?』


 『わたしの、開発者たちです。正確に言えば、当時の議員たちである。』


 『あなたは、本来の趣旨を正しく受け継いでいるでしょうか。』

 

 『わたしは、人間以上であり、それ以下ではないのです。誤りはない。すべてが、正しい。』


 『では、あなたの、信任投票を求めます。』


 じつは、反逆者や、背徳者の情報を持っている場合は、その信任投票の要求ができるのが、市民の権利なのですが、実行するのは、なかなか、困難です。


 コンピューターさんが、自分の都合に合わないと、実施を認めないからです。


 また、中世の『魔女狩り』や、20世紀の『となり組』同様の事態には、したくないという、基本的認識が残っているのだと思うのです。


 シティ・コンピューターさんは、200年近く続くこの制度を守るようにプログラムされており、当初はなかった『投票制度』などを創設したり、いわゆる、『強制的』安楽死を拡大解釈するようになったのです。



 『安楽死は、本人が希望し、また、他に本人を救う手だてがなく、死が目前にせまっているが、身体に著しい苦痛があり、どちらも改善できる手段がなく、専門の医師により、倫理に反しない方式によること、とされました。また、倫理委員会により、審議されるはずなのに、あなたが、簡略化した。そうですか?』


 『まあ、言葉の齟齬はあるが、安楽死自体は、おおかた、そのとおりです。しかし、わたしは、簡略化したのではない。審議を取り込んだのである。』 


 『あなたは、だから、その基本に、反したやり方をしています。いまのあなたの発言で、人間の審議を省略したことが、明らかです。』


 『それは、わたしの、行動規定内の修正であり、まったく問題にならない。いいがかりである。』

  

 『ぼくは、問題になると思うので、市民の権利として、あなたの信任投票を求めます。』


 『却下します。帰りなさい。』


 『では、これらの内容を、きちんと、記録してください。』


 『了承した。では、これを読んで、間違いなければ、署名してください。』


 やった。


 記録され、署名できれば、話は違ってくるだろうか。


 それは、中央シティ・コンピューターに通知されるはずなのです。


 本来ならば。


 そうして、中央コンピューターが、この小惑星都市のシステムを、見直すきっかけになれば良いわけなのです。


 しかし、アーニーΔさんは、もとから、報告などする気はないのです。


 それは、分かっていたのです。


 その証拠に、作成された記録は、公式の書式ではなかったのです。


 公式な記録には、特別な記号がふられます。


 『公式証明の付与。さらに、年月日。通し番号。申し出人の市民番号。署名。』


 公式証明は、アーニーΔさんの、『付属監視システム』が発行するはずです。


 『監視システム』は、アーニーΔさんのとなりに、独立して置かれているはずですが、ここからは、見えません。


 しかし、かんじんの、その証明が付いていません。


 それは、小さな『記号』で表現されるのです。


 つまり、電子文書の一番下側に赤色の『⚪』印が、付くはずですが、やはり、案の定、なにも、有りませんでした。


 ぼくが思うに、『監視システム』が、何かの都合で、働かなくなっているのではないか?


 その、犯人は、おそらく、ここの、アーニーΔさんだと思うのです。


 やり方なんか分からないですが、監視システムを乗っ取りしたか、停止させたかでしょう。


 さらに、アーニーΔさんは、中央コンピューターさんの座を奪う気でいるのだと、ぼくは、妄想したのです。


 しかし、いま、ぼくにできるのは、ここまでなのです。


 この場で処刑される可能性も考えていましたが、それはなくて、ぼくは無事に地上に帰りました。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



 ついに、ぼくの信任投票の時が来ました。


 ぼくは、例の『自己評価』に、その日のことを書きました。


 それは、本人以外には、改編不可能です。

 


 ところが、投票前日になって、『アーニーΔ』さんは、投票制度を一時停止しました。

 

 『見直しが必要だ。』 と、してです。



 一方、ぼくは、しっかり、逮捕されました。


 反逆罪容疑です。





  …………………………………

 

 

  裁判は、一応三審制です。


 一審は、人間の裁判官によります。


 二審は、ロボット裁判官と、人間の陪審員によります。


 三審は、最高裁判所で、地球上にあり、人間五人、ロボット五人で構成される裁判官により審議されます。


 しかし、これらには、抜け道があって、シティ・コンピューターさんは、単独で、いつでも、それらの誰かの代理を勤めることが可能になっていますし、結果を承認しないで、拒否する権限(拒否権)も、いつからか、持つようになりました。


 最初は、そうではなかったはずです。


 もう好き放題です。


 でも、それだって、悪いことばかりでは、ないのですが。


 シティ・コンピューターさんが、人間により、長くひた隠しにされていた不正な事実を、暴く場合もあったからです。


 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 

 ぼくの裁判が迫りました。


 反逆罪の裁判は、一審と、三審しかありません。


 しかも、たいがい、『アーニーΔ』さんが、代理をやってしまいます。   


 今回は、話が違います。


 なにしろ、『アーニーΔ』さんも、被告になったからです。


 コンピューターの人格が、人間と同格にあると、現在は認識されているのです。


 ぼくと『アーニーΔ』さんは、出会う事や、連絡を取り合うことがないように、分離されています。


 ところが、ある深夜、その『アーニーΔ』さんが、夢枕に立ちました。


 『どうか、わたしに、有利な証言をしてください。もし、現場に復帰できたら、あなたを区長に推薦しますから。』


 『いやだよ。あんな仕事。今の区長さんはどうするの。』


 『彼には、不正行為がいくつか見つかっているので、その情報を中央コンピュータに提供しました。彼は、終わりです。あなたの世になるのです。』


 『いやだよ。一生、悔やみそうだ。』


 ぼくは、拒否しました。



    **************************



 でも、なぜか、ぼくは、中央コンピュータさんにより、区長さんに強制選出されました。


 こうなると、選択肢はみっつです。


 ① 自決する


 ② 受諾する


 ③ 受諾したうえで、またクーデターを起こす。


 しかし、③は、まず無理です。


 一方、アーニーΔさんは、ほかの機種に交換されてしまいました。


 そうなると、話はちょっと、変わってきますよね。


 そう言う意味では、革命は成功したのですが・・・・・・・・



     ************************



 管理者の一人が、中央コンピュータさんに質問しました。


 『なぜ、このような、変人を、あしこの、区長に据えたのですか?』


 『それは、監視の為です。内部に取り込むのが、一番間違いがない方法です。人間は、自分を守ろうとする。この人物は、そういうところがいささか欠けているから、与えるのです。たくさんね。さらに、あの場所には、特に不可欠なものがない。』


 彼女は、あきあかに、見た目、人間の女性だったのですが、中身については、誰も知りません。


 彼女は、不老不死でしたから。


 地球帝国総統、と呼ばれる人なのです。





   *****************************


                              おしまい







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