19.「孫子」第九章・行軍篇/1

 孫子の教えに、敵情視察と地形の把握は大切に、とあります。

 今回は状況ごとの敵情と軍の置き方について個別に述べます。


 山で戦うコツは、谷に沿って動くべし、高みを見つければ先んじて取るべし、もしもそれより高いところに敵がいたら向かい合ってはならない、ということです。高い位置というのはそれほど有利不利を分けるのです。


 川で戦うコツは、川を渡りきったらすぐさま軍隊をその川から遠ざける、というものです。川を渡った時は疲労困憊で、その状態で攻められたらひとたまりもないからです。

 他にも、相手が川を渡り始めたら、川に入れまいぞとか、あるいは全員が川に入るのを待って戦うのではなく、半分程度が川に入った時に射掛けるのが良いでしょう。そうすると、相手は連携できずに、しかも足もとが安定しないので大変に混乱します。

 また、川の上流に敵がいたら下流に陣を張ってはいけません。堰を切られて水攻めにあったりしますし、また、川の中といえどもやはり上からの攻撃には下の軍は弱いのです。


 沼沢地はさっさと通り抜けてしまいましょう。足を取られて非常に戦いにくい状態になります。仮に沼沢地の中で駐屯しなければならない状態に陥ったら、少なくともその端、森林を背にして、牧草と飲料水は確保しておくことです。


 平原にいるときは、小高い丘の前に陣張りをし(もちろん後背地に敵がいないと確認した上での話です)、ぐるりと丘に囲まれた土地では、できるだけ右手側、背中側にそれが来るようにしましょう。人は左側に動きやすいものですし、兵士の健康に良い日光が当たりやすいという理由もあります。


 このように、太古の昔から、人はこのようにして陣を張り、戦ってきました。先人たちの知恵には従うべきです。思い込みで戦っては、いけません。


◇◇◇


 軍を駐屯させるならば、低所よりも高所が良く、日向になりやすい南・東側を選び、日陰になりやすい北・西側は避けるべきです。

 これは兵士の健康を考えてのことです。

 充分な食糧や補給、飲料水のことを考えて、疫病が起こらないように配慮すべきです。こうした配慮をしない軍は、断言してもいいですが、勝てません。

 丘を背中・右手側に置くのも同じ理由です。できるだけ南や東に陣を張って、地形で太陽が隠れないようにするのです。こうすることで、地の利を得ることができます。


◇◇◇


 川の水が泡立つのは、危険信号です。上流から洪水が起こる可能性があります。渡る時には流れが落ち着くのを待って、それが治まってから渡河するように心がけましょう。


 地形に次のようなものがあれば、絶対に近づいてはいけません。確実に一方的な攻撃を受けます。


・絶澗(ぜっかん:絶壁に囲まれた細い道)

・天井(てんせい:井戸のように大きく縱穴が空いていて下に水が溜まっている場所)

・天牢(てんろう:三方が高い崖に囲まれてそれ以上進めない行き止まり)

・天羅(てんら:草木が生い茂って足を取られる天然の網)

・天陥(てんかん:いきなり足もとがくぼんでしまっている天然の落とし穴)

・天隙(てんげき:トンネルのような狭く上が塞がって通りにくい場所)


 逆に、もしもそういう地形を見つけたら、敵をおびきよせて、そういう地形に嵌まらせるべきです。仮に追い込めなくても、こちらがそうした六か所を対面に見て、敵がその地形と自軍の間に挟まれている状況に陥っているのが理想です。


 軍隊の近くにけわしい地形やため池、あるいは深くえぐれたくぼ地、アシやヨシのような水草や低いくさむらのそばでは、偵察隊を組んでそこを確認して下さい。伏兵がいる可能性があります。


 敵が近くにいるのにちっとも攻めてこないのは、地形効果があるからです。


 逆にこちらがまだ遠いのに攻撃を仕掛けてくるのは、こっちを進軍させて、その間にある罠――地形なり伏兵なり別働隊なり、どちらにしても誘い出して一方的に攻撃できそうなもの――に誘い出すためです。


 木々のざわめきは、森林を抜けて敵兵が攻めてくる合図です。地震でもないのに、風もないのに、木々がぐらぐらと揺れたら、ただちに戦闘態勢を取って下さい。


 露骨に草を重ねて怪しくしているのは、伏兵の可能性もありますが、「伏兵がここにいるぞ」と疑わせて、足止めをさせるつもりかも知れません。いずれにしてもバレバレな状況は、こちらに疑念を持たすためにやっている可能性が大です。


 鳥が慌てて逃げていくのは、伏兵がそこに隠されているからです。

 同様に、森林から慌てて動物が逃げてきたら、奇襲をまず警戒して下さい。


 地平の向こうから土けむりが大きく高く立つのは、戦車などを含む戦闘車が高速でやってくる合図です。逆に低くたれこめて立ち上らない場合は、歩兵がじりじりと迫っている状況と見ていいでしょう。

 細い土けむりは、恐らくは攻撃ではなく補給――薪などを伐採するために軍が散開している形と見ていいと思います。

 小さな土けむりがうろうろと同じところで何度も立ち上るのは、軍営、すなわち陣を張るためにたくさんの兵士が蠢いている状況です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る