17.「孫子」第八章・九変篇/1

 孫子によれば、地形による戦いの原則があります。これをまとめて「九変」と言います。文字通り戦場のパターンを九つに分けて、それに応じた戦いをさせる(戦い方を変える)方法です。


 まず、高いところにいる敵は避けるべし、と言います。

 なぜなら、上からの攻撃は位置を利用した投石、飛び道具などの攻撃がより効果的に働くからです。

 丘を背にした敵も避けるべし、と言います。

 背後から襲いかかれる心配がなく、前に集中していれば良いから、平坦な陣地にいるよりも強力な攻撃が可能になるからです。

 追い込まれた敵や物資の足りない相手も避けるべし、と言います。

 「窮鼠猫を噛む」のたとえの如く、彼らは生き残るために必死になるからです。


 同じように。

「険しい場所にいる敵は攻めてはならぬ(どこに伏兵がいるか分かったものではないから)」

「明らかに挑発してくる敵は相手にしてはならぬ(確実にこちらを殲滅させるための準備を整え、誘いだそうとしているので)」

「母国に帰ろうとしている敵は追撃してはならぬ(戦っても利益を得ること少なく、また彼らは故郷に帰りたいあまりに必死になって戦うから)」

「包囲したら、どこかに逃げ道を作っておけ(完全に封じると自棄(やけ)になって無茶な戦い方をするから、こちらへ確実に損害が出る。どこかに逃げ道を作っておけば、一目散にそちらに逃れようとする。どちらを追撃すれば損害が出にくいか、ということ)」

「進退窮まった相手は、できることなら相手にしないこと(生き残ろうと皆勇猛果敢に戦い、こちらに想定外の損害が出る)」

などのパターンを決めています。


 以上九つ、これらは戦いの基本のようなものです。

 原則にそむく戦いはできるだけ避けた方が無難です。


◇◇◇


 道には、通れそうでも通ってはいけない場所があります。

 同様に、敵軍にも攻撃してはいけない相手がいます。

 城も、攻めてはならない城というものがありますし、土地にも、収奪してはいけない場所というものがあります。

 これらと同じように避けるべきが、「拜命してはいけない命令を受けてはならない」というものです。たとえば進軍すべきを退却せよと命令したり、逆に追撃すべき状況を、あえて軍を引け、みたいな(戦場の機微が分かっていない)君主(文官)の命令などです。


 これら戦闘の原則を守らなければいけないのは、地形ごとの戦い方で下手に戦いを仕掛けた結果、酷い目にあった先人たちがいるからです。ゆえに、少しでも戦争が上手になりたいのであれば、こうして培われた経験に沿うことこそが肝要です。


 そうでなければ、たとえ地形を知っていても「地の利」を得ることはできません。

 そして、実際に地形に沿った戦い方をして「なぜ先人たちはそういう知恵を培ったのか」を本質的に理解していないと、なぜ通ってはいけない道があるのか、なぜ攻撃してはいけない敵がいるのか、などを理解できず、いたずらに軍を消耗させて兵士たちを動揺させてしまいます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る