3.「孫子」第一章・始計篇/2

 現場判断、と言っても、無闇に現場へとにかく「何とかしろ」と言えば良いというものではありません。


「兵(戦争)は詭道(きどう)である」

 孫子はそう主張します。

 詭道とはだまし合い、トリックプレー、そして相手にこちらのことを暴露しない、ということです。「詭道の詭は詭弁の詭である」と言えば分かりやすいでしょうか。

 即ち、現場判断を言う場合は、このだまし合いやトリックプレーの立案実行だけを把握してもらいます。後は(後衛を含むスタッフ全員で錬った)作戦や戦いの常道に沿ったものでいいと思います。


 だまし合いで大事なのはこちらの情報をうっかり相手に与えすぎないこと。

 少なくとも現場レベルで充分攪乱できれば、良い方だと言えるのではないでしょうか。

 強力な軍を弱兵と見せかける。

 意気軒昂であってもそれを態度に表さない。

 迂廻していると見せかけて実は近道を行き、いつの間にか近づいているようにする。

 向こうが戦いたくてムキムキしてる時にはそれを誘い出して完全に叩き、その勢いを殺す。

 向こうが混乱している時にはそれに付け入って様々な有利条件を奪ってしまう。

 相手の軍の方が明らかに強いな、と思えばそれとぶつからないように努力する。

 相手の敵愾心が強い時には、あえてそれが他に別の方向へ行くようにコントロールする。

 逆に敵愾心が弱く、落ち着いている時には、挑発してかき乱し、せいぜい敵愾心を高めてやって、それを前述のように別の方向にそらす。

 向こうの消耗が低い時には、やはり右往左往させて引っ張り回して、消耗度を高くしてやる。

 軍同士、人道士の連携が強い時には、相手同士を険悪にさせたり物理的に引き剥がしたりして、とにかく分裂させるように仕向ける。


 とにかく、相手の一番突かれて欲しくない場所、相手が油断しているところ、を突いてやる。これが「現場判断」の大事な部分です。物量でぶつかるしても寡兵で切り抜けるにしても、「消耗しない一番良い方法」というのがある筈です。そういうところを、現場には判断して担ってもらいます。

 この辺はマニュアル化しようとしてもできない、孫子自身が教えたくても教えられない、「百遍あれば百一通りのやり方あり」という戦争の厄介な部分です。あらかじめこうすれば消耗しない、絶対負けない、なんて方法は現場に行かないと分からないのですから、とにかく現場には「そこ」に限って頭を使ってもらうのです。


 大事なのは「ひたすら検討すること、もうこれ以上は検討してもしょうがない」というレベルまで突き詰めること。

 勝負は作戦室の段階で決まるのだ、みたいな言い方がありますが、まさにその通りです。その段階で勝ち目が薄い、けどやってみないと分からないし、なんてのは問題外です。この段階で「勝ったな、どう考えても」と言えるほどまでに突き詰めるのが上策であると言えましょう。


「それでもやってみないと分からない部分はあるんじゃないか」

 多くの人はそう考えるでしょうし、確かに現場にしか分からない部分はあると思います。

 だけど、それすらもまず把握しとけ、現場の不安要素、敗北の可能性は限りなくゼロにしてろ、というのが、孫子の言いたいことなのです。

 「現場が頑張らないからうまく行かないんだ」というのは最悪の考え方です。頑張るのは、戦争なり作戦なりを決める者の役目です。


 そこまで突き詰めてなお不安要素が出てくるのはしょうがないでしょう。それはそれで、現場の「臨機応変」の出番となります。

 ただ、突き詰めないうちは検討段階で消化して、現場にはうっかり抛げないというのが、戦争をする、やる、できると決めた者の義務です。その義務を完全に果たさないうちに丸投げしてては、勝てる戦いも勝てなくなるでしょうね。

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