2.「孫子」第一章・始計篇/1

 孫子は、兵は国の大事、生き死にを分かつ、国の存亡がかかる大事なこと、と言っています。ここで言う「兵」とは兵士そのもののことではなく、「兵法」という言葉にあるように、戦争そのものを指します。

 すなわち、戦争は非常に重要なものであり、国の衰亡に繋がる可能性もあるのだから、決して軽く考えるな、と主張しているわけです。


 ゆえに彼は「戦争をやってもいい五条件」というのを考えます。

 五条件とは「道」「天」「地」「将」「法」という言葉にまとめられます。

 それぞれ端的に言えば、「道」は大義名分、「天」はタイミング、「地」は地の利、「将」とは人の質、「法」とは軍隊を支配するルール、です。


 道(大義名分)は、国民の意思に寄り添う形が良いと彼は指摘します。

 なぜなら、兵士は常に国民から徴発されるものですし、最終的にコストを負担するのもまた彼らだから、というわけです。「ここで俺らが踏ん張らないと、戦わないとヤバイ」と国民に思わせるのが「道」の役目です。大義名分のない戦いがどれだけ国を、人を消耗するのは、過去にあった戦いからも明らかです。


 天(タイミング)とは、「戦いやすい季節や天気を選べ」ということです。豪雨や酷寒の中で戦うほど、消耗するのもありません。また補給ができない季節(秋口とか)にやるのも、あまり良くないとされます。

 ちなみに「天高く馬肥ゆる秋」というのは、秋深くなって雪の真冬が来る前に、充分馬を肥えさせて補給状態が整ったことを言う(ので戦うには良い季節)、なんて解釈もあるようです。


 地の利はその名の通りです。相手の陣地に深く入り込んで戦うほど良くないこともありません。なぜなら有利不利はかなり地形によりますし(この辺は章を立てて後述します)、もしかすると向こうは万全の状態で待っているかも知れない――なんてことは普通にあるからです。

 なので向こうの地理や通行を確認するのは大事ですし、戦い方を決める地形の把握はもっと大切、と孫子は言います。


 「将」は将軍の質ですね。あるいは兵士を率いる者全般を指すので、必ずしも将軍位にいなくても構わず、実際に作戦を与えられ、それを遂行する役割を与えられた前線の責任者、と言い換えることも可能です。

 そういった者にはできるだけうまく戦わせろ、変にいろいろ考えさせて邪魔をするな、と彼は言っています。

 実際に、将軍レベルにある者は戦略レベルで状況を変えるので、この辺りで適当な人物を当たらせるわけにはいきません。


 法(軍隊を支配するルール)は、それを決めて徹底化するかどうかです。そのまま「軍法」という言葉があるので、そちらの方が分かりやすいでしょうか。

 徹底化しておかないと現場が暴走して良くないことになります。

 また将軍・国王自らがそれを堂々と破ると、やはり現場に示しがつきません。その辺りで例外はなしだよ、こと処罰に関しては、というのがこの項目です。


 これらの五項目――大義名分、タイミング、地の利、将の質、軍法に関しては、分かっているようなふりをして実はその本質、大事さを分かってないのが往々にしてあるというのが普通です。

 「自分はそこをよく理解している」と思っていても、うっかり、とか、自信過剰、とかみたいなことはよくあります。


 ですが、あえて疑問形をつけずに、はっきり言います。

 これらを把握している者が勝つ。

 把握してない、理解してない者は負ける。

 少なくとも孫子はそう断言しています。


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