19.生の旋律6
ほのかのヴァイオリンをもらい、僕はほのかの家を後にした。
夕暮れが近くなる陽の光の色合いが僕の影を長く伸ばすが、僕は特に引きずられるような思いも無く道を歩き続けた。清清しさに、足が弾むようだった。
それでふと、コンクールが終わった後の帰り道のことを僕は思い出した。
丁度今日のような天気で、夕暮れの空の下を二人して無言で歩いていた。彼女は少し足早に、僕はそれに合わせるように。俯きながらステップを踏む彼女は少し不機嫌そうで、軽く唇を尖らせていた。普段あまり表情を変えない彼女がそうしているのを見て、僕は心底悔しいんだなと感じた。
彼女は入賞出来なかった。だから僕達はそうして帰っていた。
でも僕はなぜか充実感を感じていて、ほのかにこう言ったんだ。
「おい、もっとゆっくり歩こうぜ。そうしたっていい権利が、僕らにはあるよ」
彼女はこちらを見て、それから無言でしばらく僕の瞳を覗きこむようにした後、うん、とだけ頷いた。僕は少し楽しくなって、彼女の頭を軽くぽんぽんと叩いた。彼女は少し嫌そうに頭をふるふると横に振った。
急いて歩く必要など無かったのだ。彼女も、そして僕も。
夢を描いていたって、日々は辛く苦しい。
それはきっと、そうなんだと思う。
でも歩みを止めない限り、未来はどこまでも続いている。美しさだって、いたるところに広がっている。
僕は公園の横を通り過ぎ、線路にぶつかるところで駅の方へと曲がり、再び真っ直ぐ歩き始めた。ゆっくり歩いて、陽が沈む美しい空を眺めた。綿のような雲が僕のように動き、光を浴びて温かい色を抱えていた。
まるでヴァイオリンの色みたいだなと僕は思い、胸に抱えていたケースを抱え直した。
君を奏でる 夕目 紅(ゆうめ こう) @YuumeKou
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