第38話 盾姫帰郷
士官学校合格。
ということで。
「うーぁー……だらー……」
新羅辰馬は、自堕落になった。
それまでの反動か疲れか、精神的にいろいろと(聖女がらみで)ストレスを課されての消耗か、士官になったから弛緩するという、洒落にもならない今の状態。見かねた雫が「えいっ♪」と自分のお尻を触らせても、「ん~……」と平気でその尻を揉み返す始末。こんなのは辰馬じゃあないと、新羅邸女性連は顔を見合わせた。
「これはどーにも重症だよー、あのたぁくんが、お尻触らせても悲鳴ひとつあげないって!」
「いえ……そこは普通、立場が逆ではないですか? まあ、辰馬さまの性格はだいたい、把握しましたし、照れ屋さんであられるのも理解ですが……」
ソファでだらーと解けた氷菓のようになっている辰馬を目の前にして、少女たちは談合に耽る。雫の言葉に、やや呆れた返しをするのは美咲だった。
「あの子はあんなふーにみえてすこぶるまじめ、が取り柄だったんだけどねー……なんか、今のたぁくんにセクハラしても違うんだよなぁ~……」
「はは、セクハラって自覚あったんだ……。まあ、曲がりなりにも先生だもんね」
「え、と……。セクハラ、とはなんでしょう?」
渇いた笑顔のエーリカに瑞穗が、たいそう失礼ながらと質問する。応えたのはエーリカではなく、
「男の存在そのもの、と昔のわたしならそう言ったはずなんだけど……まあ……性的ないやがらせというか?」
「瑞穗の存在そのものみたいなモンよ。やたら男に媚びる肉袋ぶら下げて無防備に歩いて。特にシンタみたいのはアレ、まちがいなくあんた見てエロいこと考えてるから。少しは自重……つーかわたしに寄越しなさいよ少し!」
エーリカが猛る。ここにいないシンタにいきなり風評被害だが、まずもって実際そんなことろはあるので仕方ない。「まさかそんな、上杉さんが……」否定したくはありつつ瑞穗は少し怯えた顔になってその巨大すぎる肉塊を腕で抱えたが、それがまた肉を圧してむに、と変形させ、エーリカを逆撫でする。なまじ自分の身体に自信があるだけに、エーリカの瑞穗に対する身体コンプレックスは大きい。
あー、いやだわ、このデカ乳天然エロおっぱい。わたしが帰国して女王になったら、わたしより胸が大きい女は罰金刑にしよう……。
とか、いつもの芋ジャージ姿に包まれた自分の胸と、縦縞ニットに包まれた、その部分だけエーリカ自身の二倍近い超弩級のモノを見比べて心に決める。罰金刑で済ませるあたり、処刑と言い出さないよりまだ良心的なのかどうか、よく分からない。
「まあ、みずほちゃんのおっぱいもエーリカちゃんのも、どーでもいいんだよ。二人ともあたしよりは断然おっきいんだし。今話してる内容はどーやってたぁくんをもとに戻すか、でしょー?」
などと叫んで割って入る、トランジスタグラマーの雫。サイズはともかく、身長144㎝バスト85㎝という比率は相当に視覚的に大きいわけだが、やはり本人としては数字が欲しいらしく、珍しくやや憤然とした雰囲気。
「胸とか必要ですか?」
貧乳世界代表、美咲がぼそりと言うと、三人娘は一斉に相手に向き直り、
「あー……おしっこ……」
ぼやー、と言いつつ、のろのろと立ち上がる辰馬。おじいちゃんのような足取りで、ふらふらとリビングを抜けてトイレへと消えていく。
「辰馬って気が抜けるとあんななのね……いや、前から「おれはホントは自堕落なんだ」って言ってたからてっきりいつもの悪人ぶりたがりかと」
「まあ、昔のたぁくんは多少、あーいうところあったかなー。でもあんなおじーちゃんにはなってなかったよ?」
「まあ最近いっぱい頑張ってましたし、辰馬さま。わたしや
「て、言いながら一番我慢ができないのはあんたでしょーがえろ娘ぇ! 優等生ぶってんじゃねーわよ、アンタの部屋から毎晩あえぎ声、聞こえてんだから! 一人でするなら声を抑えなさい!」
「ぁ……ぅ……すみません……」
「まあ、そう言わないでくれますか? 彼女が後天的淫魔の質を身につけたのはヒノミヤの男衆による凌辱が原因で、彼女が自ら望んでこうなったわけではないんです」
「そーねー。磐座さんの大好きな五十六さまは
ぴき。と。
「誰がみのりんですか! そしてわたしが誰を好きになったですって!? わたしは相手が誰だろうと、敵と見なせば容赦なく殺しますよ!」
怒りにふるえ、聖杖を巫女服の袖からさっと取り出す穣。
「やってみなさいよこのエセ金髪! あんたが術を使う前にわたしの盾でその顔を凹ませてやるわ!」
「本当に……それ以上の侮辱は許しません!」
エーリカと穣、両者の間に殺気が流れる。穣も、さすがにいきなり万象支配の術式発動とはいかなかったが、かなり本気のブチ切れ寸前なのは火を見るより明らか。ストレスからか、エーリカがやたら攻撃的になっている。
と、その両者の手から聖盾と、聖杖がそれぞれ消えた。
「神楽坂さん……トキジクを……?」
「……瑞穗!? あんた……!」
二人の得物を手に、瑞穗は申し訳なさげに頭を下げる。
「申し訳ありません。ですが喧嘩はだめです、こういう状況、ストレスがたまるのもわかりますが、絶対に仲間内で喧嘩なんかしちゃダメです!」
時間をわずかに止めた、その反動で荒く肩で息しながら、瑞穗はそう言って二人を諫める。三者の視線が交錯し、にらみ合いになり、不断なら真っ先に目を逸らす瑞穗が、今日は一歩も退かない。結局穣が折れ、エーリカもしぶしぶ矛を収めた。
「まあ、なんてゆーか? たつまがアレだってのが一番悪いのよ!」
「そうですね。それは同意です。仮にもヒノミヤと五十六さまを打破した男が、あのていたらくでは」
今度は一転、意気投合したエーリカと穣は、口々に辰馬の悪口を語り合う。理想を追いすぎ、メンタル弱すぎ、口が悪い、他人に甘すぎ、自分に厳しすぎ、顔立ち可愛すぎ……言ってるうちに貶していたはずが褒めていることに気づき、二人はバツ悪げに視線を逸らした。
「まあ、新羅には多少、いいところもある、とは認めます。ええ。別にだからどうこうというのは、絶対に! ないですが」
「あーはいはい。そーいうツンデレ詐欺いいから。さっさと素直になっちゃいなさいよアンタ……」
「わたしは素直で正直です!」
「すごいなぁ……ホント筋金入りのツンデレ。これで天才とか……(笑」
・・・
「ふー……出すモン出してすっとしたし、寝るか……って」
トイレから戻ってきた辰馬が見たものは修羅の巷……というかキャットファイト。エーリカと穣が取っ組み合い、罵り合いつつ大げんか。さすがにエーリカも神術の使えない状態の穣に本気の殴打を加えるほど大人げなくはないが、それでもかなり一方的にイジメているのは変わりない。ヴェスローディアから流れてきて2年、エーリカがここまで不安定というか、怒りっぽい状態なのは初めてかも知れない。
「なにやってんだ-、おまえら」
ぽー、と辰馬。なんとも事態の重さを把握していない感じの聞き方に、エーリカのボルテージはさらに上がる。
「一言、言っとくけど!」
一旦ためて。
「わたし、卒業したら国に帰るから!」
「は?」
辰馬は大きな赤い瞳を点にし。
瑞穗も驚きに手を口元にやる。美咲相手に話し込んでまたむやみと敗北感に落ち込んでいた雫も「へ!?」と大口を開け、美咲、穣、文もやはり愕然としたふうを隠せない。
「一応、貯めに貯めて100万弊、手元にあるしね! 一度国に帰って、女王になる! 伯父様とお兄様に喧嘩売って、勝ってやるわよ!」
「はあぁ!?」
辰馬のぼんやりが消えた。完全に正気付き、だからこそエーリカが本気で言っていることに疑いをはさみえない。どうやらエーリカがナイーブになっている理由は、そこにあったらしい。
「女王になったらあたしが、たつまを王様にしてやるわ! まー安心なさい、伯父様も兄様も、今のわたしの政治力の敵じゃないから。二人を食み合わせてブッ殺して、そしてわたしはヴェスローディアを獲る! そしてたつまにあげるから、まあ数年間おとなしくして待ってなさい!」
「……っぁ、えぇ? ……えー……?」
正気付きはしたが、理解の及ぶ話でもない。というか辰馬的にエーリカがヴェスローディアの正統継承者資格を保有しているなんて事は知らなかったわけだが、いつもエーリカが貧乏くさい芋ジャージ姿だろうと仕事の水着姿だろうと冒険着の戦闘用ドレスだろうと着用している額飾り《サークレット》、あれがそもそも王位継承資格の証明であり、エーリカの伯父と兄が自己の正統を証明できずに内戦を泥沼化させている原因でもある。
「ッハァ! 正直に言ったらすっきりー! まあそーいうわけだから皆さんおあいにくさま、たつまはわたしのものになります! だって皆、これより大きなプレゼント、用意できないもんねぇ~!」
意気軒昂と、少女たちを見渡すエーリカ。めっちゃ強気で尊大なことをガンガン言ってるのに、やたらと寂しそうでもあり。それが分からないような皆でもないだけに一人としてエーリカに
ただ一人。
「いやいや、待て待て。それはおかしいし」
当事者、新羅辰馬だけが口をはさむ。
「おれはここにいる全員を一人残らず幸せにしたいんだよ。なんのかんのでもう、みんなと関係もっちゃったわけだし……」
「わたしは違いますけど。勝手にひとまとめにしないでくれます!?」
いかにも不愉快げに穣が言うが。
「あーもう、じゃ、あとでお前も抱くって事で!」
「な!?」
「つーわけだからな。どうもおれは自分で思ってたより欲深らしーんだわ。だからお前一人とか、誰か一人じゃ満足できんの。いくらヴェスローディアをくれるとか、王にしてやるとかいわれてもそれはおれの望む道と違う。なのでエーリカ、おまえの言葉は本当に嬉しいけど、お断りします」
辰馬は不実な自分を認めた上で最低限誠実にそう語り、頭を下げる。
「それに、旦那様に国を差し出す程度わたしなら今すぐ一瞬だけど?」
忽然と、中空に踊る水色の神。露出度高めな白い衣にややきつめの目つき、そして黙っていてもビシビシとこちらの身を叩くように迸る神力は、紛れもなく純然たる女神のそれ。創世神グロリア・ファルの愛娘、サティア・エル・ファリス、久しぶりの出番。
「うぉわ!? サティア? 祭神の仕事は?」
「旦那様の心の声が聞こえましたので、少々幻体に任せて参りました。やはり数百万の民が一斉に主神をたたえる国、いいですね。凄い勢いで力が戻ってきますよ、ほら!」
瞬時に空間を引き裂いて、サティアは光剣を引き抜く。その巨大さが、かつてとはまったく比較にならない。
「ばか、お前……ッ!」
「どうですか旦那様ぁ~?」
どぅ! と炸裂。辰馬の障壁結界がかろうじてその威力を消し止めたものの、最盛期に迫るか凌駕する神力には恐怖と戦慄を覚える。まさか今更裏切るとも思えないが、女神の思考なんて読めるものでもない。
「というわけで。旦那様争奪戦というならわたしも。二人でアカツキの主神として君臨しましょう、旦那様?」
「するかよばかたれ! なんで争奪戦になるか! つーかおれはおれの力でちゃんと王になってみせるから、お前らこそ黙って待ってろって話!」
「……むぅ/旦那様がそう仰られるのなら……」
王女と女神はそれぞれ納得した風だが、内心納得していない風。これは十年も二十年もかけてらんねぇなぁ、さっさと出世せんと……新羅辰馬は心の中に、そう嘆息した。
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