第34話 牢獄の天津甕星

「いやもー無理。あーいうのもう無理だから。もう金輪際、絶対女装とかしねーし……つーかなんでおれ、女ってことになってるかなぁ!?」


 新羅辰馬しらぎ・たつまは切なく獅子吼ししくした。大概のことでは揺るがぬ精神を培い、覇城瀬名主導の新羅家撃滅作戦に逆ねじを喰らわせた辰馬だが、代償は大きかった。偶像アイドルとしてあちこちに張り出され「きゃぴっ♡」と可愛くポーズを取る自分のポスターを見るたび、辰馬のメンタルは急速度で削られていく。いやもうホント死にたくなる。


 あの後、やたらと両親や叔母夫婦に感謝されたのには参った。なにせ自分の力だけでどうにかできたわけではないし、瑞穗や雫やエーリカや美咲やゆかやあやみのりそしてなにより上杉慎太郎のひそかな助力あってこその勝利であって、あまり恐縮されるとこちらとしてもなんというか、困る。


 しかも未だに各方面から「男装やめて女の子に戻って下さいよぉ~」という、意味不明な声がガンガンにかかるのが辰馬の精神衛生上本当に宜しくない。あまりの過負荷で吐きたくなる。


「おれぁ正真正銘、男だし、トイレにも行くしクソだってするんだよ、勘違いすんな、ばかたれ!」


 と、怒鳴っても聞く耳が持たれないほど相手は辰馬を美少女と盲信している。晦日美咲つごもり・みさきの情報操作の方が辰馬本人の申告よりはるかに説得力を持っており、どれだけ否定しようが新羅辰馬は「男として育てられた女の子」「ちょっと粗野なところもカワイイ」とか、そんな風に扱われるのが怖い。なにが怖いってそれまで蒼月館の体育で当然、男子更衣室を使っていたのが、女子更衣室に行くよう通達されたのが凄絶無比に怖い。なんでそげんことになるとや《どうしてそんなことになるんだよ》? という気分ではあるが、世論の形成というものはここでもとんでもない力を発揮していた。


「やはー、たぁくん、ホントに胸ちっちゃいよねー。さすが男の子として育てられただけある♪」

「おいコラ、ばかたれ教師」

「んー……なーにかなー? あんまりあたしに逆らわない方がよくない? もし、本当のことがバレたら……ここにいる女の子全員、敵に回すことになるよねぇ? いや、もしかしたら全員のお相手させられちゃうかも?」

「……っ、この、あんた可愛い恋人を脅す気かよ?」

「いやいや~、可愛い子はイジメ甲斐があるよねぇ~♪」

「くそ、しばくぞ……」

「あっれれぇ~、そんな態度取っちゃっていーのかなぁ~?」


 あとで泣かす。と心に決めつつ、たぶんあとでいろいろな意味で泣かされるのは辰馬なのだがとにかく、セクハラという精神凌辱を受けた辰馬の心に刻まれた傷は深い。今までも周囲に玩具おもちゃ扱いされることは多い……というよりほとんどいつでも玩具扱い……辰馬だったが、この環境になってイジられ具合が本当に、どうしようもなく酷くなり、もー大概にしてくれと言いたい。だがなにを言おうとしようと、辰馬はひたすらにいじり倒される宿命にあった。


「新羅くん……てゆーか、さんか。ごめんね、まだ男の子だと思ってた頃の癖が抜けなくて。まぁ、そりゃ。こんな可愛い女の子が、男「なんか」のわけないよねぇ」

「は……はは……そーな……」


 女子の一人……下着姿……があっけらかんと言うと、皆が一斉に「そーそー」と笑う。辰馬にしてみれば死ぬほど屈辱だったが、ここで事実をバラせば社会的に殺されるのは自分だ。ホント、たまったものではない。


「それで、結局雫ちゃん先生とか、瑞穗ちゃんとか、エーリカさんとか他にも他にも? あの関係って、やっぱり百合百合的な?」

「……、……、……」


 だから。なんて答えろと。


 辰馬は絶望と悲嘆に暮れて天を仰いだ。上には見たくもない女体がいないから助かるが、その首根っこを雫が抱きすくめる。ついでに端っこで121㎝を隠すようにして着替えていた瑞穗と、手近で化粧品がどーたらとかファッション話に花を咲かせていたエーリカをも抱き寄せて、「そりゃもー、百合百合も百合百合! たぁくん、男の子で育ってるからあっちも激しくて!」とか言ってのける。


「あ゛ァ!?」

「こらたぁくん、そんな声出さない」


 ……ホント大概しばくからな、と、思いつつも雫相手に太刀打ちできない辰馬。そして脳裏をよぎるのはその雫ですら手も足も出なかった、新魔王クズノハの側近オリエ。魔術の弓技で辰馬を圧し、短刀術では雫を圧倒。しかもあれが最終的にはラスボス前の四天王とか、そのうちの一人に過ぎないわけで、どう対処すればいいのかということになるがそんなもん、鍛錬と克己、これしかないのはいつものこと。


 つーても、もはや親父たちでも太刀打ちできないレベルの相手だもんなぁ……。


 普通の修行では、まずどうにもならない。アレとまともに戦うとしたら、まずあの男と真っ向勝負できる程度の力が必要になるだろう。アマツミカボシを降ろした、若返り状態の神月五十六こうづき・いそろく。ヒノミヤ事変においては結局、油断の隙に瑞穗のトキジク炸裂でどうにか、時間を進ませて撃破したわけだが、オリエを倒すにはまず五十六と正面切って完勝するレベルが求められる。


 なので。


「神月五十六に会えないかな」

「無理だね、それは」


 再開した緋想院蓮華洞ひそういんれんげどう十六夜蓮純いざよい・はすみにとりあえず訊いてみたら、あっさりと否定された。


「辰馬には恩もできたし、大概のことは聞いてあげたいが、彼は国家反逆罪の大逆人。私程度の権限でそうそう、会えるものではないよ」

「うーん……、そこをなんとか!」

「ならない」

「役ン立たねぇ叔父だなぁ。マジでどーにかならんの?」

「どうにか、というなら。宰相様に聞いてみるといい」

「……アレか。あの親バカ」

「宰相には息子さんがいるが、あまり優秀ではなくてね。そのせいで晦日さんへの期待と愛情がああいうことになっているらしい……私が魔王討伐から帰国した頃、バカみたいに毎日赤ん坊の彼女を見せびらかしにきたものだよ」

「筋金入りだな」

「まぁね。しかし、悪人ではない……善人でもないが、新魔王討伐のために必要とあれば、神月五十六と対戦、させてくれるかも知れない」

「あんましあのジジイに会いたくねーけど、まぁしかたねーか……行くわ」


・・・


 で、京城けいじょう柱天ちゅうてん


「だから、そう簡単に宰相様にお取り次ぎできるはずがないでしょーが!」


 門番、長船おさふねの父親の方(16年前にルーチェと最初にあった方)は、怒気すら込めて声を荒げた。ちなみに息子、言継ときつぐは先日の若手模擬戦大会以来、現在桃華帝国へまた出征中。まあ、あいつがいると瑞穗が異常に萎縮するので邪魔なだけではある。ともかく、今現在の時点で国一番のアイドルだろうが、宗教都市のもと姫巫女様だろうが、世界的アスリートだろうが、外つとつくにの姫君だろうと、門番のダイヤモンドをしのぐ意志を翻すことはできなかったのだが……。


「邪魔しますね」


 青い髪と瞳に豊かな乳房、その豊乳をキトンでくるんだ、やらしー見た目の少女がやってくるに及んで長船のダイヤモンドはパァン! と砕け散った。信仰心篤い男なのである。そんなもんホノアカに代わるアカツキの新祭神・サティア・エル・ファリス様みずからのご登壇とうだんとあれば道を空けざるを得ない。瑞穗には一礼もしなかった男は、女神の前ではぺこりぺこりと頭を下げる。


「旦那様、たまにはサティアも役に立つでしょう?」

「あー、サンキュ。この門番さん頭固すぎ……知り合いだっつーてるのにまったく耳かさんし」

「いえ、それはまあ、門番としては……大変失礼致しました!」

「いや、そら仕事に忠実なのはいいんだけどな。まぁ……いーや。そんじゃジジイに会うか……」


・・・


「ダメじゃな」

「あ゛? だから、必要なことだって……」

「そんなことはわかっとるわ! 問題はここに美咲ちゅわんまで一緒に来ておる事! 貴様まさか、あの殺人鬼と美咲ちゅわんを戦わせる気か!?」

「そりゃ、ウチの戦力の中でも上位だし」

「はははははは! 死ね小僧ォ!」


 いきなり、手筒ピストルが火を噴いた。正確無比のヘッドショット。正確無比ゆえに狙われた瞬間、回避できたが、普通ならまず頭を吹っ飛ばされている。なにするかこのジジイ。


「女というのはな、男に指示を出してどんと構えておくものよ。そして実際前戦で戦うのは、下等な男で構わんのだ。そうじゃろ、北嶺院ほくれいいんの?」

「は、はい、宰相閣下……いえ、その感覚はもう、古いかと……」


 以前なら国のトップが女尊男卑思想の持ち主と知って欣喜雀躍したであろう文だが、彼女も蒼月館卒業前後のいろいろで変わった。女尊男卑を絶対とは思えなくなり、男女同権かなぁとそんなふうにリベラルに考えられるようになったのを当時の副会長・現会長である聖女ラシケスが見たら感動で涙するかも知れない。とにもかくにも、人は変わる。


「古いも新しいもないわ! とにかく美咲ちゅわんはダメ! 美咲ちゅわん意外はどうでもいいと言いたいが、他の娘たちも危ない! というわけで、お前たち4人でなら、あわせてやるが?」

「あー……なんだ。そんなことか。うん、それでいい」

「え゛、辰馬サン、本気スか?」

「俺たちだけで、あのわけわからん相手と……?」

「流石に少し、胃が痛くなるでゴザルよぉ~……」

「いーからついてこい。さすがにおれ一人だと難しいが、お前らだっておれの信頼に足る腹心たちだろーが」


 腹心。その言葉にピクク、と三バカは耳をそばだたせる。


「腹心……そーいわれちゃあ、ねぇ……」

「まあ、やりますか。腹心だし?」

「そりゃ、主様を見捨てて腹心が逃げるわけに、いかんでゴザルからなァ~」

「つーわけだ。いくぞ」


「了解(了解です/了解でゴザル)!」


・・・


 日の当たることのない地下牢。


 日々繰り返される尋問という名の拷問。


 すでに70に近い老齢であるならば、簡単に心折れ罪を認めるのが相場。


 しかしこの老人はなお意気横溢にして覇気にあふれ、鍛え上げられた肉体は鉄鐗てっかんによる殴打すらものともしないどころか、逆に鉄鐗を打ち砕いてしまう。炯々たる眼光は獄吏を射すくめ萎縮させ、かつて神楽坂相模を追い落とし、その娘瑞穗を凌辱してヒノミヤに君臨した覇王は今なお健在であった。獄吏の方が滝汗を搔き、五十六はまったく涼しい顔でいるのだからとんでもない。


 現状、五十六に荒神・天津甕星アマツミカボシは憑いていない。憑いていれば一瞬でこの国を覆しうる。しかしそれでも自前の肉体と精神の力、神力とも魔力とも違う普通の霊力だけで、五十六は毅然たる自分を保っていた。


 しかしそれも今日まで、明日からは拷問の専門家、串刺し公といわれる男が来るとかなんとか。さすがに尻穴からとがった杭で突き刺されては、五十六だろうとどうしようもない。自白させるのが困難に過ぎ、いよいよ殺しに来た、ということか。


 まあ、構うまい。ワシは相模を倒し、瑞穗を犯して神楽坂の家を制した。それだけ果たせただけでも、十分この命に価値はあったわ……。


「というわけで、よぉ」

「? 新羅の小僧ッ子……!?」

「ま、腹心の、オレらもいるんだけど」

「雑魚はどうでもいいわ、なにをしにきた、小僧!?」

「いや、おれらの修行相手が欲しくて……あんたくらいしかおらんのだわ」


 そこで五十六は初めて、新魔王の登壇とうだんを知る。五十六とて神職にあった身であり、魔族への嫌悪は頗るに強い。


「だが、今のワシにミカボシの力はないぞ?」

「あー、借りてきた」


 荒神封じの封石を、辰馬はあっけらかんと制服の胸ポケットから取り出してみせる。


「ほう……わかっておるとは思うが……もしワシが勝てば、ミカボシを宿したワシはこんなところで大人しくはしておらんぞ?」

「だいじょーぶだろ、おれら、勝つし」

「よう言うた。なれば、寄越せ!」


 辰馬が差し出した封石を、五十六はかっさらうようにして受け取る。そしてなにか、およそこの地上にあることばとはどこか異質な神讃しんさんは、おそらくミカボシが星辰せいしんの果てより来た存在ゆえ。


 神讃が終わる。刹那。噴きあふれる神力。魔王すら威圧する霊威。かつて新羅辰馬を絶体絶命に追い詰め、魔王化状態ではなかった、とはいえ結局実力では叶わなかった相手が、そのままにここに顕現する! 老いさらばえた肉体は若く、全盛期のそれ。蓬髪は短く整い、伸び放題のあごひげはまばらな薄いものへと変わる。相変わらず、若返った状態での五十六は相当なハンサムであり、一言付け加えるなら野心的なハンサムであった。


「さぁ、始めるぞ小僧ども! なんならワシが、お前たちに代わって魔王殺しの勇者の役を担ってやっても、よいかも知れんなァ!」


白い歯を剥いて、吼える。


「望むところ! 今日ここでアンタに、本当の意味で勝つ!」


 もう、瑞穗を巡っての遺恨はない。新羅辰馬と神月五十六は、ただ純粋に力を競い合うふたりの羅刹として、互いに対峙した。

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