第34話 牢獄の天津甕星
「いやもー無理。あーいうのもう無理だから。もう金輪際、絶対女装とかしねーし……つーかなんでおれ、女ってことになってるかなぁ!?」
あの後、やたらと両親や叔母夫婦に感謝されたのには参った。なにせ自分の力だけでどうにかできたわけではないし、瑞穗や雫やエーリカや美咲やゆかや
しかも未だに各方面から「男装やめて女の子に戻って下さいよぉ~」という、意味不明な声がガンガンにかかるのが辰馬の精神衛生上本当に宜しくない。あまりの過負荷で吐きたくなる。
「おれぁ正真正銘、男だし、トイレにも行くしクソだってするんだよ、勘違いすんな、ばかたれ!」
と、怒鳴っても聞く耳が持たれないほど相手は辰馬を美少女と盲信している。
「やはー、たぁくん、ホントに胸ちっちゃいよねー。さすが男の子として育てられただけある♪」
「おいコラ、ばかたれ教師」
「んー……なーにかなー? あんまりあたしに逆らわない方がよくない? もし、本当のことがバレたら……ここにいる女の子全員、敵に回すことになるよねぇ? いや、もしかしたら全員のお相手させられちゃうかも?」
「……っ、この、あんた可愛い恋人を脅す気かよ?」
「いやいや~、可愛い子はイジメ甲斐があるよねぇ~♪」
「くそ、しばくぞ……」
「あっれれぇ~、そんな態度取っちゃっていーのかなぁ~?」
あとで泣かす。と心に決めつつ、たぶんあとでいろいろな意味で泣かされるのは辰馬なのだがとにかく、セクハラという精神凌辱を受けた辰馬の心に刻まれた傷は深い。今までも周囲に
「新羅くん……てゆーか、さんか。ごめんね、まだ男の子だと思ってた頃の癖が抜けなくて。まぁ、そりゃ。こんな可愛い女の子が、男「なんか」のわけないよねぇ」
「は……はは……そーな……」
女子の一人……下着姿……があっけらかんと言うと、皆が一斉に「そーそー」と笑う。辰馬にしてみれば死ぬほど屈辱だったが、ここで事実をバラせば社会的に殺されるのは自分だ。ホント、たまったものではない。
「それで、結局雫ちゃん先生とか、瑞穗ちゃんとか、エーリカさんとか他にも他にも? あの関係って、やっぱり百合百合的な?」
「……、……、……」
だから。なんて答えろと。
辰馬は絶望と悲嘆に暮れて天を仰いだ。上には見たくもない女体がいないから助かるが、その首根っこを雫が抱きすくめる。ついでに端っこで121㎝を隠すようにして着替えていた瑞穗と、手近で化粧品がどーたらとかファッション話に花を咲かせていたエーリカをも抱き寄せて、「そりゃもー、百合百合も百合百合! たぁくん、男の子で育ってるからあっちも激しくて!」とか言ってのける。
「あ゛ァ!?」
「こらたぁくん、そんな声出さない」
……ホント大概しばくからな、と、思いつつも雫相手に太刀打ちできない辰馬。そして脳裏をよぎるのはその雫ですら手も足も出なかった、新魔王クズノハの側近オリエ。魔術の弓技で辰馬を圧し、短刀術では雫を圧倒。しかもあれが最終的にはラスボス前の四天王とか、そのうちの一人に過ぎないわけで、どう対処すればいいのかということになるがそんなもん、鍛錬と克己、これしかないのはいつものこと。
つーても、もはや親父たちでも太刀打ちできないレベルの相手だもんなぁ……。
普通の修行では、まずどうにもならない。アレとまともに戦うとしたら、まずあの男と真っ向勝負できる程度の力が必要になるだろう。アマツミカボシを降ろした、若返り状態の
なので。
「神月五十六に会えないかな」
「無理だね、それは」
再開した
「辰馬には恩もできたし、大概のことは聞いてあげたいが、彼は国家反逆罪の大逆人。私程度の権限でそうそう、会えるものではないよ」
「うーん……、そこをなんとか!」
「ならない」
「役ン立たねぇ叔父だなぁ。マジでどーにかならんの?」
「どうにか、というなら。宰相様に聞いてみるといい」
「……アレか。あの親バカ」
「宰相には息子さんがいるが、あまり優秀ではなくてね。そのせいで晦日さんへの期待と愛情がああいうことになっているらしい……私が魔王討伐から帰国した頃、バカみたいに毎日赤ん坊の彼女を見せびらかしにきたものだよ」
「筋金入りだな」
「まぁね。しかし、悪人ではない……善人でもないが、新魔王討伐のために必要とあれば、神月五十六と対戦、させてくれるかも知れない」
「あんましあのジジイに会いたくねーけど、まぁしかたねーか……行くわ」
・・・
で、
「だから、そう簡単に宰相様にお取り次ぎできるはずがないでしょーが!」
門番、
「邪魔しますね」
青い髪と瞳に豊かな乳房、その豊乳をキトンでくるんだ、やらしー見た目の少女がやってくるに及んで長船のダイヤモンドはパァン! と砕け散った。信仰心篤い男なのである。そんなもんホノアカに代わるアカツキの新祭神・サティア・エル・ファリス様みずからのご
「旦那様、たまにはサティアも役に立つでしょう?」
「あー、サンキュ。この門番さん頭固すぎ……知り合いだっつーてるのにまったく耳かさんし」
「いえ、それはまあ、門番としては……大変失礼致しました!」
「いや、そら仕事に忠実なのはいいんだけどな。まぁ……いーや。そんじゃジジイに会うか……」
・・・
「ダメじゃな」
「あ゛? だから、必要なことだって……」
「そんなことはわかっとるわ! 問題はここに美咲ちゅわんまで一緒に来ておる事! 貴様まさか、あの殺人鬼と美咲ちゅわんを戦わせる気か!?」
「そりゃ、ウチの戦力の中でも上位だし」
「はははははは! 死ね小僧ォ!」
いきなり、
「女というのはな、男に指示を出してどんと構えておくものよ。そして実際前戦で戦うのは、下等な男で構わんのだ。そうじゃろ、
「は、はい、宰相閣下……いえ、その感覚はもう、古いかと……」
以前なら国のトップが女尊男卑思想の持ち主と知って欣喜雀躍したであろう文だが、彼女も蒼月館卒業前後のいろいろで変わった。女尊男卑を絶対とは思えなくなり、男女同権かなぁとそんなふうにリベラルに考えられるようになったのを当時の副会長・現会長である聖女ラシケスが見たら感動で涙するかも知れない。とにもかくにも、人は変わる。
「古いも新しいもないわ! とにかく美咲ちゅわんはダメ! 美咲ちゅわん意外はどうでもいいと言いたいが、他の娘たちも危ない! というわけで、お前たち4人でなら、あわせてやるが?」
「あー……なんだ。そんなことか。うん、それでいい」
「え゛、辰馬サン、本気スか?」
「俺たちだけで、あのわけわからん相手と……?」
「流石に少し、胃が痛くなるでゴザルよぉ~……」
「いーからついてこい。さすがにおれ一人だと難しいが、お前らだっておれの信頼に足る腹心たちだろーが」
腹心。その言葉にピクク、と三バカは耳を
「腹心……そーいわれちゃあ、ねぇ……」
「まあ、やりますか。腹心だし?」
「そりゃ、主様を見捨てて腹心が逃げるわけに、いかんでゴザルからなァ~」
「つーわけだ。いくぞ」
「了解(了解です/了解でゴザル)!」
・・・
日の当たることのない地下牢。
日々繰り返される尋問という名の拷問。
すでに70に近い老齢であるならば、簡単に心折れ罪を認めるのが相場。
しかしこの老人はなお意気横溢にして覇気にあふれ、鍛え上げられた肉体は
現状、五十六に荒神・
しかしそれも今日まで、明日からは拷問の専門家、串刺し公といわれる男が来るとかなんとか。さすがに尻穴からとがった杭で突き刺されては、五十六だろうとどうしようもない。自白させるのが困難に過ぎ、いよいよ殺しに来た、ということか。
まあ、構うまい。ワシは相模を倒し、瑞穗を犯して神楽坂の家を制した。それだけ果たせただけでも、十分この命に価値はあったわ……。
「というわけで、よぉ」
「? 新羅の小僧ッ子……!?」
「ま、腹心の、オレらもいるんだけど」
「雑魚はどうでもいいわ、なにをしにきた、小僧!?」
「いや、おれらの修行相手が欲しくて……あんたくらいしかおらんのだわ」
そこで五十六は初めて、新魔王の
「だが、今のワシにミカボシの力はないぞ?」
「あー、借りてきた」
荒神封じの封石を、辰馬はあっけらかんと制服の胸ポケットから取り出してみせる。
「ほう……わかっておるとは思うが……もしワシが勝てば、ミカボシを宿したワシはこんなところで大人しくはしておらんぞ?」
「だいじょーぶだろ、おれら、勝つし」
「よう言うた。なれば、寄越せ!」
辰馬が差し出した封石を、五十六はかっさらうようにして受け取る。そしてなにか、およそこの地上にあることばとはどこか異質な
神讃が終わる。刹那。噴きあふれる神力。魔王すら威圧する霊威。かつて新羅辰馬を絶体絶命に追い詰め、魔王化状態ではなかった、とはいえ結局実力では叶わなかった相手が、そのままにここに顕現する! 老いさらばえた肉体は若く、全盛期のそれ。蓬髪は短く整い、伸び放題のあごひげはまばらな薄いものへと変わる。相変わらず、若返った状態での五十六は相当なハンサムであり、一言付け加えるなら野心的なハンサムであった。
「さぁ、始めるぞ小僧ども! なんならワシが、お前たちに代わって魔王殺しの勇者の役を担ってやっても、よいかも知れんなァ!」
白い歯を剥いて、吼える。
「望むところ! 今日ここでアンタに、本当の意味で勝つ!」
もう、瑞穗を巡っての遺恨はない。新羅辰馬と神月五十六は、ただ純粋に力を競い合うふたりの羅刹として、互いに対峙した。
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