第35話 魔人の慈悲
ビシッ!
拳、交錯。
拳速ではやや辰馬、しかし拳技の練りは明らかに、五十六に分があった。
このジジイ、やっぱ強えぇ……。
そう思わざるを得ない。なにが凄いと言って
そして、わずかでも間が離れれば。
「ぬぅん!」
必殺の空間削撃。これが、とっくに魔王化している今の辰馬の障壁結界、それを簡単に突き抜ける威力。はっきり言って
まあ、勝てれば、なのだが。
「お前らぼけーっと見てんな! おれだけ戦わせてどーすんだ!」
「いや、でも……」
「レベル違いすぎるっつーか……」
「正直、足手まといにしかならんでゴザルよ~……」
「んなことねーから安心しろ! お前らは十分、強い!」
辰馬ががなるようにして吼えると、大輔たちも意を決して戦線に参加。大輔は大砲の如き「虎食み」の一撃を、シンタは砕波の紫電一閃。出水は足下に
しかし注意力を一瞬、逸らすには十分。
辰馬が踏み込む。
まずは右フック、これは軽くいなされる。いなされるのは織り込み済みで、相手が受けたそこを起点に次の打撃を乗せる。左ストレート。五十六は首を軽く傾けて回避。辰馬は打ち込んだ腕を鉄槌にして、横凪ぎに払いさらに頭部狙い。辟易した五十六は固い額でそれを受け止めつつ、膝蹴りで辰馬との間を離そうとするが、これこそ辰馬の狙い。
とびだした膝を抱え込むようにして、素速く関節を決め、横倒しに倒れ込みながら膝をねじり上げる。わかりやすくプロレス技で言うならばDDD。ただこの国のプロレス界にまだそんな技の使い手はいないので、まあ辰馬の独創ということになる。先日の
一撃で膝を破壊……の筈であり、まず五十六が怪物であってもこれは必殺、のつもりだったが。
「なかなかやる。だが、ワシの本職を忘れて貰っては困るな……」
ぽぅ、と淡く暖かな光。異界からの神の力を借りた、瞬時にして絶無の治癒。ヒノミヤ神官長+荒神にとって、即死でなければまずほとんどの傷は傷にあたらない。しかも拷問に対して見せた痛みへの耐性からして、痛みによる集中力の低下もほとんど見込めないという完璧ぶり。この壁を越えるのはあまりにも難しい。
「まぁ、そーでないと困る。あんまし簡単に勝てちゃあ修行にならんし」
「ほぅ。そうか……ではこれも、修行だ!」
五十六は
辰馬も魔王の霊威を全開にする。12枚の光の羽根は
しかしこのとき、流石に五十六の集中は辰馬のみに向いており。
三バカたちの動向に気づくということがなかった。
「うらぁ!」
シーフの得意技、物陰からの
それだけで終わらない。わずかにかしいだ五十六を、巨大な
さらに、出水の「八卦石陣」。
「ボコボコにしたるぁあ!」
「打ち抜けえぇっ!」
嵐のような乱打。まさか五十六も出水程度の術者に石化などと言う超高等魔術が使えると思っていなかったから、完全に油断があった。そしてこの二人の打撃力! 一発一発の重さなら、新羅辰馬に負けていない。
面白い。
ヌン、と気合いを込めるや、あっさり石化が解ける。それでもやはり肉体へのダメージは蓄積させれているし、二度も再生の時間を待ってやるほど、辰馬たちはお人好しではない。天桜を抜いて7首大蛇を切り伏せた辰馬も、対五十六に躍りかかる!
それを、空間削撃をまとった腕でパァリング《受け》の五十六。あまりに鮮やかな手並み。そしてまとうものがものだけに、打ち込んだ辰馬たちの腕が逆に、血しぶきを上げることになる。
「っ……!」
「お前たちの中で治癒魔術の使い手は、お前一人か……それもさして得意ではない。となるとこれで勝敗、決したか?」
「ばかたれ、この程度……って……」
虚勢を張って立つも、ふらつく。おもに手首……動脈からの大量失血だ。この時点ですでに意識も命も危ない。しかも治癒術を使う時間は与えてもらえないっぽい。状況は非常に、分が悪いと言わざるを得ない。
ばさ、と。
制服の袖を切って束にし、手首に巻き付ける。即席の包帯。本物の包帯ほどの止血力はどうあってものぞめないが、仕方ない。ないよりはマシ。
辰馬がやるのを見て、大輔とシンタも同じように服を裂き、傷に巻く。出水だけは直接戦闘型でないために傷を受けておらず、その必要がないが。
今、出水は慚愧の念に駆られている。自分がちゃんと、敷かれたレール通りの人生を送って神官としての修行を続けていれば、ここで辰馬たちの傷を癒やせるのにと。
だが今それを言っても詮無きこと。とにかく手持ちの戦力で戦うしかなく、それは辰馬の好きな将棋とおなじ事だ。不利なら不利なりの戦い方をするまで。
とはいえ……実力上手の相手からああいう戦い方をされるとな……。
五十六はまったく油断も慢心もしていない。どう戦えば確実に辰馬たちを追い詰め、確実に倒せるか。それを冷静冷徹に考え抜き、着実に最適解を選択している。対する辰馬はどうかというと、最適解を導く「観自在法」これがあるはずなのになかなか、上手く働いてくれていない。いや、むしろ最適解の行動を取った上でこの実力差か。
「どーします、新羅さん?」
「もうこーなったらどんな命令でも聞くッスよ、
「確かに、死ぬらなら
「ちょい待て、考える。30秒、どーにか時間稼いでくれ、頼んだ!」
辰馬が頭を下げる。それに三人は一瞬、あっけにとられ、そして破顔する。
「辰馬サンに頭下げられちゃーねぇ……気張るか!」
「「応ッ!」」
三人は一斉、五十六へと挑みかかる。蹴散らされ、蹴散らされても、泥臭くしぶとく執念深く、ひたすらに食い下がる。
その間、辰馬は頭をフル回転させる。いつもの兵法練談なら2分だが、今回はそれを30秒でやる必要がある。それも、素人の辰馬が。
まず、五十六の武器は空間削撃と
30秒でここまで考えると、天才ではない辰馬はかなり疲れる。しかし予測したとおりならば、五十六は空間削撃という力を破らせることで辰馬たちに新しい戦い方を教えようとしていることになる。
それなら応えなくてはなるまい。いつも使い慣れたものではない、初めてバイパスをつなぐ神が相手であり、しかも辰馬が魔王という、神に仇なす存在であるがゆえにつなぐのは難しいが、それでもやるしかない。
「
長い
五十六が、薄くフ、と笑った……ような気がした。
だがここは問い詰める場ではない。辰馬が、珍しく無構えではなく構えを取る。新羅江南流の入門者が最初に教わる構え。辰馬のレベルに達せばもはや構えは動きの自由性を阻害するものでしかないが、今の、失血激しい辰馬には無構えから鋭敏に、が不可能……それともう一つ言うのなら、敬意を表するという意味もあり、あえて構えた。
「来い、小僧!」
「そろそろ退場しろや、ジジイ!」
打撃の応酬。速力もキレも落ちている辰馬に、五十六はなお余力十分。なにせ力のひとつを封殺されただけでしかない、まだまだ十分に力はある、が。
その足に腰に、出水と大輔とシンタが組み付く。まるでラグビーのスクラムのように。
「漢同士の一騎打ちに、水を差すな!」
弾き飛ばす。弾き飛ばしたからこそ良かった。巻き込まないで済む。そして弾き飛ばした瞬間に出来た隙が、また絶妙によく。
「嵐とともに来たれ、
辰馬の最大火力、天衝く
「ほらな。大輔もシンタも出水も……お前らがいたから勝てるんだよ」
この言葉は大輔たちにとって、辰馬の想像力ではおよそ想像も付かない福音を与えた。神力も魔力も使えない、霊力使いとしてはかなり限界近く鍛えはしたものの、瑞穗や雫太刀に比べいつだって足手まといだと自分を卑下していいた彼らにとって、本人から「お前たちはおれの大事な仲間なんだよ」と言ってもらえたのだ、それは感動もする。
「……大した……ものだ……」
「アンタもな。……手加減してくれて、どーも」
「さて? なんのことか……」
「なら、それでいーや。そんじゃーな」
「ああ。まい会いに来るがいい。そのときワシがまだ、生きておればな……」
「あー……そんじゃ、今度磐座連れてくるわ」
「穣か……あの娘には、大層負担を負わせた。幼少期に仕込んだ暗示のせいでワシを盲愛するよう仕込んでな……今にして思えば、あの娘にはほかの生き方もあったろうに」
「ま、今更だな。たぶん本人、そんなに恨んでないし。問題ねーわ」
「なら、よいが……」
そうして、辰馬たちは地下から上がり、宰相の間に戻り、女性陣から歓呼で迎えられるのだが。
「今の先頭で破壊した城の修繕費、とりあえず1000000
宰相・
「いや、だって。勝たにゃいかんかったし?」
「関係ないな。これでも安めの設定なんじゃ」
「ジジイてめー、おれと
「か、関係ないわァ! とにかく、来月までに100万弊、耳を揃えて持ってこい!」
どうやら半分図星らしいが、まかることはなさそうだった。100万ねぇ~……大変だ。辰馬はその困難を思い、深く深く、
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