第33話 反撃の偶像聖女

 新羅辰馬と会うことがなくなり、数日。上杉慎太郎はぼけーっと、学園中庭のテレビを見ていた。


 まだ導入されたばかりでいわゆる国営放送(N○K的な)が主流ゆえに、こちらの世界におけるバラエティやドラマや歌番組などはほとんど、なく。あまり面白いものでもないが、それでも今、シンタはなにもできないからぼーっとテレビを見ている。


 オレが親父に掛け合えば、ちったぁ変わるか? でもなぁ……。


 自分の父の妹、すなわち叔母が山内家の山内真尋やまのうち・まひろであり、覇城瀬名の実母であることはわかっている。そこにつけこむ隙はないか……と、考えるのだが、シンタは少し怖いのだった。


 おれが余計なことして、辰馬サンから余計な真似すんな、とか言われたらなぁ……立ち直れんし……。


 このあたり、非常に悩ましい。かつて辰馬に「バケモノ」と言ってしまったシンタは、表向きはともかく内心でひどく辰馬に嫌われることを恐れた。世界中の誰に嫌われてもいいから辰馬にだけは嫌われたくなく、にもかかわらず辰馬のためになにかをしようとする踏ん切りをつけることも、邪魔と思われたら怖いという思いからなかなかできない。


 そもそもシンタ……というか上杉慎太郎が新羅辰馬に出会ったきっかけはなんだったかというと、まだ蒼月館に入る前、中等学校時代にちょうどギターを買った頃だった。当時最新鋭の楽器を手に入れた……家の金ではなく、自分でバイトして買った……ものがたまらなく嬉しくてもう、いても立ってもいられずストリートに出て、弾き語り。実のところ今だってシンタの演奏も、歌も、大して上手くはなく。そこのところ一応学生エロ作家として成功している出水や、拳闘部はやめたものの辰馬を守る拳としての確かなプライドがある大輔とは大きな差がある。貴族上杉子爵家の息子という立場にありながら彼は末弟だし、根本的なところで自分に自信がない。だからこそ、ご同類で自分に信をおけていない辰馬に同種の臭いをかぎつけて、懐いたのかも知れないが。


 ともかくもシンタは夜を徹して歌いまくり、手厳しい客からはうるせー、とか、温かい人からはがんばれよ兄ちゃん、とか言われてまあまぁいい気分になっていたのだが。


 いきなり黒服の一団に囲まれた。


 シンタが歌っていた場所はいわゆる地回りの縄張りで、シンタは縄張り荒らしのふてぇ野郎、ということでとっ捕まる。あの時期に今の戦闘力があれば難を逃れたのだろうが、当時のシンタにそれはない。


 なわけで、連行されたシンタは拘束され、ボコられた。腹や顔を殴られるのはまあ、我慢できた。ナイフで脅されても父親の一睨みに比べれば怖いものでもなかったが、宝物であるギターをへし折るとか、二度と演奏できなくなるように指を砕くとか言われるともう我慢できなくなった。みっともないことだがシンタは泣きわめき媚びへつらってでも助かろうとし、それでも許されず指とギターを破壊されるその寸前で、新羅辰馬はやってきた。


「……ん、そこの、確かおれとおなじガッコのやつなんで。連れて帰るわ」


 地回り連中は30人以上いたのだが、辰馬は当時からやはり辰馬で。なんの気負いもなくそう言うとシンタの前までツカツカと歩み寄る。当時シンタにとって新羅辰馬は「女みてーなツラして、オカマかよ、クソが!」という嫉妬しっと羨望せんぼうの対象でしかなかったし、辰馬が新羅江南流という古武術道場の息子と言うことも知らなかったし、さらに言えば辰馬が魔族の血を引いているということで積極的に忌避きひすらしていた。


「帰るぞー、上杉シンタ


 このとき初めて、上杉慎太郎はシンタという名前を自分として認識した。それは単に地回りたちに本名を聞かせると面倒というたいしたこともない配慮だったのだが、シンタの中でシンタという名前は、強く胸に刻まれた。


 当然、自分達を無視する辰馬に地回りたちは「ボコボコにすんぞこのアマァ!」「元に戻らなくなるくらいヤりまくってから、娼館に売り飛ばしてやるよ!」などと咆哮したが。この詳細をわざわざ書くまでもないとは思う。まあ当然のごとくに辰馬は地回りたちを壊滅させ、ついでにその晩、地回りの元締めの屋敷に乗り込んでそこも壊滅させるという。やはり辰馬は当時から辰馬、というだけの活躍をやってのけた。


「だいじょーぶかー……て、んなわけねーな、その傷で。ちっと待て、あんまし得意じゃねーんだけど……」


 青痣あおあざだらけで顔もほとんど原形とどめないほどに腫れ上がったシンタを横たえると、辰馬は腕まくりしてやや集中。掌を中心に、全身が淡い金銀黒白きんぎんこくびゃくの光を帯びる。


「あんまし、西方の神との相性は良くないんで全治ってわけにゃあいかんと思うが……いと高き神、その名を呼ぶことを憚られる方よ、御身の民の言葉に耳を傾けたまえ。我が病のつらさに苦しむときは、どうか病を鎮めたまい、我が傷の痛みに呻くなら、どうかこの傷を塞ぎ給え。この願い、聞き届けられるのならば、我は供物と信仰を御身に捧げましょう……」


 神讃しんさんというものをシンタは初めて耳にした。神や魔族と精神をつなげて自らを神霊存在と同体化させ、奇蹟に等しい力を行使する御業。それは聖女様や、この国では齋姫いつきひめと五位の姫巫女、そして優れた資質ある女性たちのもので、男である辰馬がそれを使うことを、シンタは驚嘆のまなざしで見上げ、そして見上げたときには全ての傷や腫れや痛みがすっすり消えていた。


 その日、ひねくれ者のシンタはすっかり辰馬に魅了されはしながらも「頼んでねーよ」と逃げるように帰ったのだが。


 翌日、辰馬が学校を休む。


 その次も、その翌日も休んだ。


 さすがに気になったシンタが新羅家……中等学校時代、まだ寮生活ではなかったから……を訪れると、辰馬は真っ青な顔で病臥びょうがしていた。普段から細身の体は、そぎ落としたようにげっそりしている。


「お前、なんで?」

「あー、上杉か。いや、ほら……このまえアドナイのやろーから借力しゃくりきしただろ? あいつ、ちゃーんと供物と信仰を捧げんと怒るのな。で、今はそのぶんの代償支払い中」


 シンタには「アドナイ」も「借力」もよくわからなかったが、分かったことは辰馬が自分を助けるために、自分を犠牲にしたと言うことだ。大してよく知る相手でもない、ただの同級生のために、こんなにやせ衰えてまで。


「新羅……辰馬サン」

「あ?」

「オレ、あんたに惚れたっス! 一生ついて行きます!」

「? なに言ってんのお前……まあ、いーや。そんじゃ、よろしく頼むわ……」


・・・


 ということがあり、現在に至る訳だが。そういう大恩があって、シンタは辰馬のことを大好きだーとか、ケツ触らしてくださーい、とか、なんかやっぱりひねくれたままというか素直に「尊敬してます」とは言えない感じで好意を表現するのである。別に本当にホモなワケではない。まあ、「うちの辰馬サンほどかぁーいい人はいねーけど」と、それは本気で思っており、ヒノミヤ事変における自分の辰馬女装プロデュース、あれは最高傑作、国宝級だったと自負している。


 なのだが。


 その辰馬のピンチに駆けつける勇気が。どうしても出せずにここでこうしてテレビを見ている。新羅家の関係者が各方面からいろんな理由をつけては叩かれる姿ばかり写るのは、実にいい気分ではない。というか人間の汚さに反吐が出る。ならおめぇーらがかわりに戦えんのかよ、と。


 そのとき画面が弓に切り替わった。


「えーと、わたしはエーリカ、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア。ヴェスローディア王国の第四王女なんだけど、わけあってこの国でアイドルやってまーす、いえー♪」

「はァ!?」


 目を剥き、アゴが外れるほどに驚く。エーリカあいつ、辰馬サンがこんな大変なときにテレビとか……そんなに芸能活動大事かよ……?


 そんな義憤も、続けて登場する二人に打ち消され、ぶち壊される。


「そして、今日は特別ゲストォ! 多分みんなもよぉくご存じ、あの! ヒノミヤの齋姫様、神楽坂瑞穗かぐらざか・みずほさんと、8,9,10年前に煌玉展覧武術会こうぎょくてんらんぶじゅつかい三連覇、牢城雫ろうじょう・しずくおねーさん24才行き遅れだァ!」

「ちょ、誰が行き遅れだよー? まあ、実際そうなんだけど、やははー」

「神楽坂瑞穗と申します。どうぞ皆様、本日はよろしくお願いしますね」


開いた口がふさがらない。


 なにこれ、雫ちゃん先生までなにやってんの?


「さてそれでは。最近ちまたを騒がせている魔王復活……と、いうか、17年前の魔王戦役で先代魔王を倒した勇者様たちが不当に叩かれていますが、この国の信仰とスポーツ、二つの柱を司るご両名のご意見をお聞きしたくッ!」

「あれは……非道いと思います。そももそ現在の平和は勇者様のご活躍によるもの。それを皆さん、勇者様に魔族の血が流れているからと掌を返して叩くのは、ヒノミヤの代表として大変悲しいことだと思います」

「うんうん。っていうかあたしのプロフィール調べたことある人は知ってるからわかるんだけど、あたしってその新羅狼牙さんの弟子なんだよね~。で、実はろーがさんが初恋だったり」


 ざわざわと。二人(エーリカもまあ、ぽっと出ながら人気者と言えば人気者か)の人気者の言葉に、スタジオの人々の風向きが変わるのをシンタは見て取った。


 あー、これが狙いか……それならやっぱ、オレも!


 シンタは跳ね起き、走り出す。目指すは実家、上杉子爵家。


 ・・・


 同じ頃。


 晦日美咲つごもり・みさきに支えられた小日向こひなたゆかと、北嶺院文ほくれいいん・あやも記者たちの前で敢然と「魔王殺しの勇者」擁護の声を張り上げる。とくにゆかとしては「おにーちゃんのテキはわたしのテキー!」と、慕う辰馬とその家族をなじるマスコミどもを千切っては投げの大奮闘。子供が粋がるな、と言いたい記者も「あれは小日向の公主様だぞ……」と言われれば恐懼して黙るしかなく、それでもなお賢しく論破しようとするものは美咲からさらに冷徹で完璧な論破を喰らう。


・・・


そして、ヒノミヤでは祭主・鷺宮蒼依さぎみや・あおいが新しいご祭神を迎える遷座せんざの儀式を執り行っていた。新たな祭神として嚆矢こうしが立ったのはもちろん、サティア・エル・ファリスであり、女神への期待で一気に流れ込んでくる信仰の力はすぐさま彼女の神力となってご満悦。古代ウェルスの正式衣装であるキトンに対し「それにしても、新しい女神様の格好はやらしーなぁ」「いや、西の方ではあれが最新鋭のふぁっしょんなんだとよ」などという言葉には少々、イラッと来るが、まあ良いでしょうと寛容に。この新祭神擁立の図面を書いたのは宰相・本田馨綋ほんだ・きよつなであり、実務に関する一切を担当したのは当然、磐座穣いわくら・みのり以外になしえない。穣としてはすでに実体滅び神力の残滓ざんしがのこるだけのホノアカではあっても青髪に半乳だしの異国女神よりマシ、だとは思っているのだが、一応、辰馬はどうでもいいとしてもと同僚の瑞穂であったり、かつて魔王を討伐してくださった尊崇すべき勇者一行であったりを守るためならやぶさかではなかった……という理由付けをしないと、穣は辰馬のために動けないのだから難儀な性格である。


・・・


 それから数日。


 新羅家一門への風当たりは、何者かが恣意的にそれをやめさせたかというようにぴたりと已む。


「くそ、新羅辰馬……それに、上杉慎太郎とか言ったか、チンピラ子爵家の分際で……母様を動かすとか卑怯じゃないか!」


 ダン、と机を激しく叩き、覇城瀬名はじょう・せなは気勢を荒げる。世論に負けて日和った母・真尋まひろにいさめられた瀬名、近親者を強く愛する彼は当然、マザコンということでもあり。母から厳しく諫言かんげんされて泣く泣く、あと一歩で新羅家の命脈を絶ちきる寸前でそれを諦めるしかなかった。


 というわけで新羅家最大の危機はこうして免れたのだが。


「聖女サマー、こっち、視線こっちに!」

「はーい♪ きゃはっ♡」

「今度はこっち、ポーズつけて!」

「もぉ、要求多すぎっ♡ でも頑張っちゃう♡」


 新羅辰馬はすっかりと聖女サマ効果で名を挙げてしまい、今日も今日とて撮影会。これが終わるとサイン会であり、さらに握手会と、プラス毎日の奉仕活動(決していかがわしい意味ではない)における優秀者20名との会食会が待っている。


 ……うぇ、吐きそう……。もともとおれってこーいう性格じゃねぇんだからさー……いやもう、そろそろバレてもいいんじゃねぇかな……。


 そうは思う辰馬だが、もとの素材があまりに女装向き、というよりそのものズバリで女顔であるうえ、新羅邸女性陣総掛かりで「辰馬を最高に可愛くしよう!」と化粧を施した結果、本当にどう考えても今の新羅辰馬サンは世界一の美女であること間違いなしですどうもありがとうございました、な状態になっている。「でも、聖者様って胸ないよな……」「バッカお前、そこがいーんだろ!」などと殴り合いを始める連中も一人二人ではなかった。


 自分でバラすとなんか、変態みたいな気もするしなぁ……だれか気付け。


 と、思うものの誰一人気づかず。さらに美咲がアカツキ諜報部の総力を挙げて改竄した辰馬のプロフィール「性別:女。ただし事情により男として育てられた」の一文により、それまで辰馬を男と信じて疑わなかった連中までが辰馬を「やっぱ、新羅って女!?」と信じ込む始末。この先、辰馬が蒼月館を卒業、軍学校も出て正規の軍人になった際、身体検査の結果ようやく誤解がとけるまで、ほぼアカツキの全人口が「聖女・新羅辰馬=女」と信じることになる。まあそう言う話。


 で、いろいろ済ませて会食会の打ち上げで。


「あたし、今度軍学校の試験受けまーす! 応援してね♪」


 辰馬は心で泣きつつ、表向きめっちゃポジティブな元気少女を装うのだった。

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