第24話 兵は詭道なり
盤上模擬戦はほぼ将棋に近いと言っていい。3人1チーム、リーダーが「将軍」、残る二人は「軍師」あるいは「参謀」として献言することを許されるが、直接に盤面を動かす権限はない。そして互いに盤上に
2回戦まで圧倒的突破力を見せた辰馬たちヒノミヤaチーム(主催国なので2チーム存在)だったが、
互いに攻めを凌ぎ、巧みに罠へと誘引し、さらに罠を奇策で返し、その当意即妙千変万化なること互いに食み合う竜と虎。とくにレンナートは不細工デブでただのヤラレキャラという予想を大きく上回り、むしろ盤面の推移は
「なるほど、川を避けて森に近づいたところで、伏兵。なかなか上手い」
「冷静ぶってますが、相当ピンチなんじゃないですかぁ? そちらの手はもうだいたい、看破し切っていますからねぇ……。
「そうだな……だが、所詮というなら所詮、浅いのはそちらだ」
凌雲は
「……な!?」
「兵は
静かに、滔々と、凌雲は謳うように兵法書の一節を言い上げる。勝っているにもかかわらず負けていると見せかけ、敵を驕らせ、備えなき本陣を直撃する。まさに『兵は詭道』の本道をやってのけた。
そしていきなり、まるで天兵が川を越えてきたかのような事態に、レンナートは声を詰まらせる。完璧なまでの王手詰み。喉元に匕首をつきつけられたようなもので、ことここに至ってはどうしようもない……が、簡単に降参の白旗を揚げるのは、レンナート・バーネルのクーベルシュルトの次代を担うプライドが許さない。彼とても一国の代表であり、簡単に負けることは国の威信に賭けて許されていなかった。
かくてレンナートは陣地一帯を焼き討ち、焦土戦術と徹底したゲリラ戦法を駆使して、凌雲を苦しめる。その技量は相当のもので、かつて世界を席巻した草原の王、ウガスティアのアミール・ナーディル(現在のラース・イラ南方と、クールマ・ガルバ北部から起こり世界を席巻した草原国家の王。天才的軍略家で、騎兵の衝撃力は速力×重量ということに最初に着目した。新羅辰馬の尊敬する歴史人物であるがそれは天才的軍人であるというよりむしろ将棋が好きだった、という同好ゆえだったりする。彼に息子が生まれたとき、ちょうど将棋を指していたナーディルは「シャー・ルフ(王手)と呟き、それが皇子の名前になったという言い伝えがあるくらいで、辰馬がしばしば勝利確信の際にシャー・ルフと叫ぶのはここにあやかる)のが派遣した大軍を三度にわたり大破した、南クールマ・ガルパの小国クルクシェートラのチャン・ドゥン・トゥエ将軍のそれにも匹敵する。
正兵の凌雲に、奇兵のレンナート。レンナートはかなりに凌雲を苦しめたものの、やはり状況を覆すには2手3手足りない。形勢決してなお数十分の間、両者は戦い続けたが、ついにレンナートはうなだれ、投了を告げる。
「負けました」
「ああ。驚かされた。なかなかのものだったよ、西方の兵法と侮っていたなら、負けていたかも知れない」
「ご謙遜。あなたまだ、本気を見せていないでしょう? 見せたくない相手がいる、というわけですか……」
「まあ、な。一見ただの
「確かに、そういう所はありますな……だが、わたしに勝った以上、あなたには勝っていただかなくては困る」
「むろん、負けるつもりはないが。まずあちらの3回戦か……」
・
・・
・・・
というわけで。
新羅辰馬、3回戦。
相手はヴェスローディアの、ディートリヒ・フォン・サガンおよび軍師二人。凌雲やレンナートほどではないが、これもなかなか、油断できそうにはない相手。そもそも辰馬は兵法初心者であり、まず独力では勝てない自分を弁えている。瑞穗と穣に頼るつもり満々だし、そもそもそれが許されるルールなので問題ない。
そのはずなのだが。
辰馬が適当に兵符を配置していくと、「へぇ……」と穣が呟き、瑞穗も「はぁ……」と詠嘆した。「……?」辰馬は二人のもとヒノミヤ巫女に怪訝な顔をするのだが、ほとんど直感だけでの兵の配置が、攻撃的な傾きはあるにせよまず、理想的になっていることに驚かれる。これで兵学初心者と言うのだから信じられないところだ。
伏符も置いていく。わかりやすいところにあちこち見え見えの伏兵を置き、それを敵が避けたところで、本命の毒針を突き立てるような配置。これもまた、初心者のやりようではない。辰馬の普段の性格における善良さとはうらはらに、とんでもなく悪辣でえげつない罠の仕掛けだった。
こうして始まった第3試合。ディートリヒはバカではないが、それゆえにやはり伏兵と悟ると嘲笑ってそれを避ける。そして避けたところには、辰馬がさらに隠した本命の伏兵が牙を剥き、そこから逃げればまた先に伏兵、さらに逃げてもそこにも伏兵と、果てしない連鎖で敵を食い尽くすすさまじさ。
「十面埋伏……」
「まさか、初心者の新羅がこんな真似をやってのけるなんて……」
瑞穗と穣の視線が、やや潤んだ感じに熱い。軍師役の二人が、ほとんど口を差し挟む用がなかった。なんか知らんが自分が適当にやった布陣で油断できないはずの相手に完勝した辰馬、これでいーのかねぇ、と思いつつ、4回戦出場。
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・・
・・・
「やはり、彼が勝ち上がったか……」
戚凌雲は呟き、賓客用に出された茶の味に顔をしかめる。本場・桃華帝国の人間としては、アカツキのまずい茶に納得いかない。
といって、彼は上流階級の出身というわけでもないのだが。もともと寒門……乞食とまでは行かないがあまり富裕ではない桃華帝国の、庶民の子である。才のある子弟を集め教育を施す、
「それにしても……十面埋伏とは恐れ入る。やはりただの凡庸とは違うらしい」
とりあえずは茶を飲み干して、凌雲はそう独りごちた。
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