69、いつも通り周りを困らせていた
「そうだ、馬は!」
イリルの声にはっとして一緒に駆け寄ると、倒れた馬たちはもう動かなかった。私がもう少し早く来れたら犠牲になることはなかったのかもしれない。唇を噛む。
「自分を責めないで、クリスティナ」
イリルが私の目を見つめて言った。
「ひとまず修道院に行こう」
「……そうね」
王笏を抱えて、私たちは修道院に移動した。
防風林を越えて、再び修道院の扉を叩いた。パウラ様が心配そうに迎えてくれる。
「まあ、クリスティナ様! ご無事ですか? そちらの方は? 血が」
私が紹介するより早く、イリルは言った。
「イリル・ダーマット・カスラーンだ。突然のことで申し訳ない。クリスティナを休ませてもらえないか」
「カスラーン……もしかして、イリル殿下……?! え? 大変! すぐに手当を!」
「大丈夫だ、私に怪我はない。むさ苦しい格好ですまないが、クリスティナだけでも」
「いえ、は、はい! どうぞ殿下もこちらへ!」
そこから、私たちはそれぞれ顔と手を洗わせていただいた。それだけでもかなり回復するのを感じる。
「今、インゲルダ様をお呼びしますね。ネリーと一緒にクリスティナ様の無事をお祈りしていらっしゃったので、ご無事なのを知ったら喜びますわ」
パウラ様がそう仰って、階上に向かう。私とイリルは食堂の大きなテーブルに並んで座って待った。
私にだけ聞こえるように、イリルが優しく言う。
「祈っていてくださったんだね。もしかしてそれのおかげもあって、奴が消えるのが早かったのかな」
「ええ」
私は小さく頷く。イリルの言う通りだと思う。なのに気持ちは晴れない。
「クリスティナ?」
「ごめんなさい、なんでもないの」
そうとしか答えられない私は、傍に置いてあった王笏に視線を移した。守り石も王笏も、あれきり光らない。
と、足音がした。インゲルダ様とネリー様が下りてきたのだ。
ーーきちんとお礼を言わなきゃ。
インゲルダ様がいらっしゃったら、お礼を述べてこれを返さなくては。当然だ。目的は達成したのだから。でも本当に?
「クリスティナ様、ようこそご無事で」
インゲルダ様は柔和な微笑みを浮かべた。
私とイリルは立ち上がって、お辞儀した。
「この度はお世話になりーー」
「インゲルダ様!」
あろうことか私は、イリルの言葉を遮った。堪えきれなかったのだ。
「クリスティナ?」
咎めるよりも心配そうにイリルは私を見つめる。私は王笏を抱えてインゲルダ様に懇願した。
「お願いします! もう少しだけ、あと少しだけ王笏をお貸しください!」
ネリー様とパウラ様が困ったように顔を見合わせた。わかっている。本当は持ち出すこともできないものだ。私はそれでも言い募る。
「ですが」
「国王陛下にお見せしたいのです」
「陛下に……?」
それを聞いたイリルが言い添える。
「私からも頼む」
インゲルダ様は少し考えてから頷いた。
「わかりました」
私は目を見開いた。
「本当ですか?! ありがとうございます」
「ですが約束してください。目的を果たしたら必ずそれを持って戻ってきてくださると」
「はい!」
修道院で一晩休ませてもらってから、私とイリルは宮廷に戻った。
‡
ドゥリスコル伯爵と呼ばれた人物が黒い霧になって消えたのと同時刻。
「陛下? 陛下!」
「……ここは?」
どんな治療も効果がなかったオトゥール1世が目を覚ました。王妃ルイザが駆け寄る。
「お医者様を早く!」
しかし、喜ばしいニュースばかりではなかった。
「きゃあ、奥様!」
「奥様、しっかりしてください!」
ギャラハー伯爵邸の離れでギャラハー伯爵夫人が突然倒れたのだ。ギャラハー伯爵夫人だけではない、
「ポリー? ポリーどうしたの?」
オトゥール1世の世話をしているポリーという侍女も、リネンを運んでいる最中、やはり突然倒れて動かなくなった。
しかし。
「クリスティナが戻ってきたんだろ? イリル殿下と。それでなぜ私とミュリエルが謹慎しなくてはならないのだ?」
「レイナン殿下の仰せでして……」
「では殿下から直接伺いたい」
「それはさすがに……」
「なぜだ?!」
公爵家当主、オーウィン・ティアニー・オフラハーティはいつも通り、周りを困らせていた。
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