35、お揃いのブレスレット

「何よそれ。そんなもの知らないわ」


ミュリエルは無駄な抵抗を試みる。


「駄目よ、もう何もかもわかっているの。あなたが指示して隠させたのでしょう?」


もう少し時間がかかるかと思っていたが、トーマスは意外と早く実行犯を見つけ出した。


あの後、明らかに様子がおかしいメイドを見つけて、話を聞いたのだ。ターニャというその若いメイドはすぐに認めて謝った。


彼女が言うには、それは偶然の出来事だった。手紙を運ぶフットマンがうっかり転んだところ、この招待状だけが拾い忘れられた。


ターニャはすぐに届けようとしたのだが、運悪く通りがかったミュリエルにこっそり隠しておくように命令されたのだ。


「自分のところに隠しておかなかったのはなぜ?」


言われるまま言うことを聞いたターニャだが、朝の私の話を聞いてクビにされるかもしれないと、かなり怯えていたようだ。そこをトーマスが見つけた。


「罪を着せようとしたの?」


重ねて聞くと、


「違うわ」


ミュリエルは諦めたように呟いた。


「ただの時間稼ぎよ。私の部屋を調べられても何も出てこないように、あのメイドに預かっていてもらったのよ。こんな悪戯、すぐにバレると思っていたわ」


そして、ミュリエルは上目遣いで私を見た。


「お願い、お姉様、許して。ほんの出来心だったの」


私はこめかみを指で押さえた。

本気で言っているのだろうか?

まさか。


「出来心だからって許されるとは思わないでね」


私は深いため息をついた。


「メイドには辞めてもらうわ」


そんな、と呟くミュリエルに冷ややかに言い放つ。


「自分が巻き込んでおいて、その言いぐさは何? もしこれが重要な手紙だったらどうするの? 大変なことになっていたかもしれないのよ」


ミュリエルはキッとなって言い返した。


「オコンネル公爵家のリザ様からでしょ、どうせお茶会の招待状か何かじゃない」

「中を見たの?」

「そんなことはしてないわ。でも、大体わかるわ。あの人、お姉様の誕生会に来ていなかったじゃない。だからそのお詫びと、改めてお茶会に招待したか何かでしょう」


胸を張るミュリエルに、呆れた声が出る。


「偉そうに言うことでもないわよ」


それにしても、ミュリエルが私の誕生会の招待客まで把握していたことは驚きだ。

だが、もちろんそれを褒めるつもりもない。


「ミュリエル」


私は眉を寄せて、険しい目で彼女を見た。


「もっと自覚を持ちなさい。あなたは公爵家の令嬢なのよ。わがままや甘えがいつまでも通じると思ったら大間違いよ」


ミュリエルは、少しだけ怯えたように目を伏せた。こんな大事になるとは思っていなかったのだろうか。それにしては、反省の色が見られない。しかし。


「このことはお父様にも伝えます」


そういうと、ぱっと顔を上げた。


「お父様はどうせ何も言わないわ」


父は自分の味方だと思っているのだ。


「だとしたら、あなたはとても不幸よ」

「何それ! 嫉妬?」


私は静かに首を振った。


「ミュリエル、よく聞きなさい。一度だけしか言わないわ」

「な、何よ」

「あなたは私のもの、なんでも欲しいんでしょ?」


ミュリエルの目が戸惑うように開かれる。その通りだけど、「今回」はまだそこまではっきり明言していないことだからだ。


「全部欲しいんでしょう?」


だけど、私は畳み掛ける。


「ずるいって思ってるんでしょう?」

「そうよ……」


ミュリエルは私を睨みつけた。


「そう思ってるわよ! それの何が悪いのよ! だってずるいじゃない! 生まれたときからここにいて! お父様にも毎日会えたんでしょう? いいものたくさん手にしていたんでしょう?!」

「同じことを私も言うわ」


私はゆっくり繰り返す。


「——それの何が悪いのよ?」

「……開き直るつもり?」

「いいえ、言葉通りの意味よ。それの何が悪いの? だからと言ってあなたにあげなきゃいけないわけないわ。私のものは私のものよ。それに、ミュリエル」


私は心から言った。


「あなたには受け取る器がないわ。本気で欲しいなら、それを受け取れる器を持つ人間になりなさい。まだまだ、欲しいものを手にする端からこぼれ落としていってるわよ」

「ひどい……」


ミュリエルは目に涙を溜めて、そう呟いた。

とても儚げな様子だ。

だけど私は惑わされない。


「家庭教師を追い出すのはもうやめなさい。自分で自分の首を絞めるだけってことがなぜわからないの?」

「だって、あの人たち、私とお姉様を比べるのよ!」

「だからってお茶をかけるのは間違っているわ」

「お姉様が悪いのよ!」

「私が? どうして?」

「お姉様がいなくなってから、この家はめちゃくちゃなのよ」

「うまくいかないのは自分のせいよ」

「もう! ほらまた! 偉そうに!」

「とにかく、周りの言うことを聞きなさい。欲しいものを受け取れる器を自分で作りなさい」

「結局は勉強しろってことでしょ」

「当たり前じゃない……これ」


私はそばにいたルシーンに目で合図して、小さな袋をふたつテーブルの上に置いた。


「お土産よ。ひとつはお兄様から。歴史と数学の本ですって」

「は?」

「お兄様なりにミュリエルのために選んでいたわ。もうひとつは私から……ブレスレットなの」


フレイア様やリザ様ともお揃いのブレスレットだ。


「お兄様とあなたと私、全部同じ色にしたの。薄い紫」


たまたまその色のビーズが余っていたのもあるが、作っている間、私は少し楽しかった。


「三人でお揃いのものを身につけるなんて初めてじゃない? 気に入ると——」


ばん!


予想はしていたが、ミュリエルはそれらの包みを床に投げつけた。


「いらないわ! こんなもの」


私は立ち上がった。


「帰ります。ルシーン」

「はい」

「どこ行くの? 宮廷? 残念ね! どこにも行けないわよ!」


背後からミュリエルの声が飛んでくる。


「お父様が言っていたもの! もう二度と屋敷から出さないって! いい気味よ」


私は振り返ってミュリエルを見る。


「な、何」

「お父様に毎日会えてないわよ」

「え?」

「さっき言ったでしょう? 生まれたときからここにいて、お父様にも毎日会えたんでしょうって」

「言ったけど、それが何よ」


私は一気に捲し立てる。いつも悲しそうな顔をしたお母様を思い浮かべながら。


「お父様なんか、全然家にいなかったわ。家にいても私やお兄様を怒鳴ってばっかりだった。まだあなたやエヴァ様の方が、優しくしてもらった思い出が多いんじゃないかしら」


ミュリエルは戸惑った顔をしている。


「そんなこと……だって、お父様はうちにもほとんどこなかったわ。だからここにいたんでしょう? アルバニーナ様がどこにもいかないように命令してたんでしょう?」


なるほど、と思いながら私は言う。


「じゃあ、他の女の人のところにいたでしょうね。今だって、たくさんいるのよ。お父様のそばにいる女の人は」

「嘘でしょう?」

「信じるか信じないかは、任せるわ。私だって、知りたくはなかったけど、そういうことを教えてくれる人がたくさんいるの。いずれ社交界に出たらあなたもわかることよ」

「何それ何それ信じない! お姉様の嘘つき」

「なんでもいいわ」


この件に関しては、確かにどうでもよかった。


「余計なことを言ったわね。でもミュリエル」

「……なに」

「自分の目を疑うことも大切よ」





それが私が家に戻って二日目の出来事だった。


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